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19 黄金のフェニックス

 石の城塞。


 フェニーチェ法国が、シンマ王国の端に作り上げた拠点基地は、まさにそう呼ぶに相応しい威容だった。

 人の住まわぬ僻地――雷州に、ぐるりと囲み建てられた石の壁。それは高く大きく。シンマ中央にある王都もスッポリと入りそうな規模だった。


 僕たちはシンマ製の木造船に乗ったまま、拠点基地に設えられた港に着岸することができた。

 港には、かつて僕が沈めた軍艦と同じものがいくつも並んでいて、しかもそれらは確実に、僕が王都で沈めた数よりも多かった。

 そんな軍艦に取り囲まれて、シンマ王国最大級であるはずの僕らの木造船は、やけにこじんまりとした印象になってしまった。


「中心都市ではなく、国外に建てた前線基地でこの規模か……!」


 建築、造船の技量が、シンマ王国を遥かに上回っていることが一目でわかった。


「……け、気圧されてはダメよユキムラ。毅然と、シンマ王国人の誇りを持って相対していくのよ……!」


 と、僕の隣でクロユリ姫が声を震わせていた。

 彼女だけではない、シンマ船には僕たちの他にも船を動かすための船員はもちろん、様々な専門的助言を行うための文官、それらを護衛するための兵士など多くの人々が同行していた。

 皆全員、フェニーチェの技術力に圧倒されていた。


「どうだ未開人。我がフェニーチェ法国の魔法技術が作り出せし文明の極致は?」


 突如、聞き慣れぬ声が船着き場に響き渡った。若い女性の声。こちらを威圧する程に気品に満ちた声。

 唐突に現れた新人物に、僕たちの視線が集まる。


「お前たち未開人の頭では、想像することすら難しかっただろう。しかし我々は、お前たちが想像を超えることなど容易い。それがフェニーチェの誇る魔法技術だ」


 黄金の女性。

 正確には黄金に輝く髪をなびかせる若い女性だった。

 あんな髪の色は、シンマ王国においてありえない。

 つまり彼女は……。


「フェニーチェ人……!?」

「いかにも、この基地を取り仕切る者だ。名は、ルクレシェア=ボルジア=フェニーチェ」


 年のころは、僕やクロユリ姫と同じくらい。

 その若さ。しかも女性でありながらこの基地の指揮を任されているというのか。

 黄金に輝く髪はシンマから見て珍しいが、目を惹く部分はそれだけでない。顔だちも姿勢も当然のように美しく、隙がない。

 背筋がピンと伸びて毅然とした立ち姿。それは柳のように流麗なシンマ乙女とはまた別の趣ある美しさだった。

 まるで職人が全霊を込めて作り上げた、人工美の極致とでも言おうか。


「ねえ、ユキムラ……! あの子の名前の中にフェニーチェって。それってまさか……?」

「いいところに気づいたな。いかにも我はフェニーチェ法王アレクサンド十三世の娘。そして『凛冽の獅子』レーザの妹。その血統ゆえに基地の指揮を任されている。お前たち未開人の扱いについてもな」


 お姫様ってことか。


「凄いですねクロユリ姫。アナタと同じですよ」

「何?」


 僕たちの会話を聞いてルクレシェアが、クロユリ姫に注目する。


「シンマ王国より使者として来訪するのは、我らがモナド動力艦を沈めたヤマダ=ユキムラなるナイトだと聞いていたが。王族も同行していると言うのか?」

「ご推察の通り、わたくしは第五代シンマ国王ユキマスが息女クロユリ。許嫁であるユキムラ様に付き添ってまいりました」


 巨大な城砦や軍艦に気圧されていたクロユリ姫だが、それを悟られまいと精一杯気丈に振る舞う。


「許嫁……? フィアンセのことか。なるほどエスコートというわけだな」

「?」

「まあいい、我らフェニーチェ法国の偉大さを知る者は、一度に多い方がよかろう。早速だが、すぐにでも会談に入らさせてもらうぞ。時間は砂金よりも貴重だからな。……特に、お前ら未開人に割いてやる時間は」

「な、何よ? いちいち癇に障る言い方ね……?」


 クロユリ姫が気に障るのももっともで、あの金髪のルクレシェアから窺える僕たちへの態度は、あからさまな侮りが表れていた。

 あまりにあからさますぎて……、挑発か?


「会談には、それに相応しい場所がある。この基地に設えた貴賓室へ案内してやる。その豪華さに驚いて、王から申し付かったメッセージを忘れてしまわなければよいがな」


 と踵を返し、付いて来いと言わんばかりに歩き出すルクレシェア。

 必然、僕たちから見て背を向ける格好となった。


「………………」


 その後ろ姿。

 貞淑を美とするシンマ乙女とはまた違う、華麗と評すべき立ち姿。

 背筋を伸ばして歩幅広く、キビキビ歩くため大きな尻も弾むように揺れている。


「…………」


 その尻肉に、人差し指一本、ズムと押した。

 天国的な手応えが返ってきた。


「にゃああああああああーーーーーーーーーーーーーーッッ!?」


 それをきっかけにルクレシェアの口から張り裂けるような叫び。

 ビュンと飛び上りつつ、改めてこちらを向き直る。


「なななななな……! 貴様! 何を!」


 ルクレシェアは顔中を真っ赤にして僕を見返す。

 シンマでは見かけない青色の瞳は、最初は驚き一色だったが、段々と怒りの色を帯びてきた。


「あまりにも緊張しているものだから、ほぐしてやりたくなってね」

「何だと!?」

「こうやって交渉相手に対峙するのは初めてか?」


 その言葉は図星を突いたのだろう、ルクレシェアの表情が固まった。


「実際より大きく自分を見せようと、尻尾の毛をパンパンに膨らませたネコのようだ。自分が強いと見せつければ、相手を威圧して有利に立てるかもしれない。しかしそうやって全身の毛を逆立てていれば身を固くし、足元を掬われるぞ」

「……ッ!?」

「もっとも、どんなに身を固くしても尻だけは柔らかかったがな。魅惑的に」

「…………フンッ!!」


 ルクレシェアは悔しそうに鼻を鳴らすと、何も言い返さずに行ってしまった。


「やったわユキムラ! フェニーチェの高慢女相手に一本取ったわよ!」


 と僕の隣でクロユリ姫が嬉しそうだ。


「そんなことはないですよ。相手の緊張を解きほぐしてやったんだから、これから交渉やる者としては何やってんだって話です」


 しかし、向こうに緊張して身をこわばらせる理由なんてあるのか?

 こんな豪勢な基地を作り上げて、迎えた僕たちを充分に圧倒しているというのに。


「どうでもいいじゃない! 第一回戦はわたくしたちの勝ちよ! このままの流れであの高慢女を遠い海の向こうへ追い返しましょう!」


 僕の先に立って、進むクロユリ姫。

 すると必然的に彼女の後ろ姿が目に入る。これぞ模範的シンマ乙女と言わんばかりの静々とした歩調。その足運びで細やかに揺れる、クロユリ姫の尻。


「………………」


 思わずその尻肉にも指を突いてしまった。

 どれだけ珍しい御馳走を食べ漁っても最後は慣れた白ゴハンで締めたくなる気持ち、と言おうか。


「わきゃああああーーーーーーーーッッ!?」


 当然のように飛び上るクロユリ姫だった。

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ソードマスターは聖剣よりも手製の魔剣を使いたい
同作者の新作スタート! こちらもよければお楽しみにください!
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