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01 ユキムラ誕生

 それから王歴百年。

 ユキムラが死んでから、ちょうど百年が経った。


 その間、シンマ王国はつつがなく継続し、発展した。

 建国の祖――、影公ヤスユキは、ユキムラを殺してから名をシンマ=ヤスユキと改め、シンマ王国の初代国王の座に就いた。

 彼に従った旧風、林、火、山州の長たちも同様。譜代の家臣としてヤスユキに協力し、王国の礎を築いた。

 彼らの死後、その権力は子へと受け継がれ、子から孫へと受け継がれた。血統によって継承される王権と法理のシステムは半永久的な安定を国土にもたらす。

 戦乱のつけ入る隙のない堅固な平穏。

 平穏は時の経過の一種で、人々はその経過の中を穏やかに、満ち足りて暮らしていった。

 そして百年。

 ユキムラにとっては、死んでから百年のことだった。


             *    *    *


『――――はうあッ!?』


 この俺、ユキムラは百年ぶりに死から目覚めた。

 どうやら死と言えど永遠のものではなかった。たった百年。死が俺を消し去り続けるのは、そこまでが限界らしい。

 そして俺は生まれた。

 再び生まれた。

 この新しい父母の下に。


「やった! やった! やった! やった!」


 新しく父となった人は、まだ赤子である俺のことを抱きかかえ、病室で小躍りしていた。

 それを、ベッドに横たわる大人の女性が、呆れた表情で眺めている。


「アナタ、いくらなんでも喜びすぎではないですか? まあ、こんな年になってやっと初子を産み落とした私としては文句は言いづらいですけど。それでも、ねえ?」


 我が母。

 いまだお産の疲労が残っていて、寝台から身を起こせないでいる。

 俺を生むためにそこまで必死になってくれたのだ。感謝のしようがない。


「何を言う!? 年なんぞ関係あるか! こんな元気な子をよく生んでくれた! しかも男子だ! 世継ぎも定まってヤマダ家は無事安泰だ! でかした、でかしたぞぉー! あははははは!!」


 そして父はまだ喜んでいた。

 その小躍りっぷりに、母どころか同室の看護師や親戚も呆れ気味になっている。


「まったく……、薄給の下級武士の家で世継ぎも何もありますか。それよりもアナタ、もっと大事なことがあるでしょう?」

「んん?」

「名前です。いつまでも『この子、あの子』と呼んでいては不便極まりないでしょう。名付け役はアナタが務めると、出産の前から言い張っていたんですから。下級武士の跡取りに相応しい、慎ましい名前を付けてやってくださいませ」

「おお! もちろんだ!」


 父は、まだ赤子の俺のことを両手で抱えると、自分と同じ目線と同じ高さまで上げて、真っ直ぐに向かい合わせた。


「我が息子よ! お前の名前はとっくの昔に決めてあったわ! よく聞け、お前の名は……!」


 ユキムラ。


「今日からお前は我がヤマダ家の長男、ヤマダ=ユキムラだ!!」


 その名を聞いて、彼の妻である我が母を始め、親戚一同、看護師に至るまで、皆大いに驚き呆れた。


「アナタッ! 下級武士に相応しい慎ましい名前で、と言ったでしょう!」

「いいではないか。勇ましくてカッコいいだろう?」

「勇ましすぎます! それはアレでしょう? アナタの好きな歴史上の人物からとった名でしょう!?」

「ピンポーン大正解!」

「真面目にッ! 雷公ユキムラと言えば、初代国王様に歯向かった反逆者ではないですか! その名を息子に付けるなんて、いくら下級の端役といえどシンマ王家にお仕えするサムライとして、あまりに触りが……、ああ貧血……!」

「おおうッ!? バカだなお前、興奮するからだ。お産のあとで血も足りていないというのに……!」

「誰が興奮させているんですか!? とにかく……!」

「いいではないか」


 ふわりと覆い被せてくるような父の声に、母は止まった。

 俺自身はまだ父の腕の中にいる。赤子の体では動きようもない。


「建国のいくさより百年。雷公ユキムラは既に歴史上の人物だ。反逆の罪などとっくに時効よ。それに今ではユキムラの最後まで戦い抜いた勇猛さが評価され、王家もユキムラの武威を見習うよう訓戒しているぐらいだ。その勇将に我が息子をあやからせたい、という親心の表れでしかないさ」

「勇猛さなどいりませんよ。所詮下級武士の息子なのですから」


 それでもまだ母は心配そうだった。


「お前、……さっきから下級下級って、自分の旦那のことだぞ?」

「事実ですから。それに今は平和の時代、戦争など影も形もない今に、勇猛さなどあっても持て余すだけです。私はね、貧しくても、賤しくともいいんです。家族が揃って、毎日笑って暮らしていければ、それで満足なんですよ」

「お前の言う通りだ。俺にとっても金や身分より、お前とお前の生んでくれたこの子が何より大事だ」


 父は左手で俺のことを抱えたまま、右手で母の手を握った。


「しかしまあ、そんな平和な世の中だ。勇ましさや猛々しさを持ってた方が、多少は生きるのが面白いかもしれん」

「…………」


 ベッドに伏したままの母は、少し間を置いてから諦めの表情をありありと浮かべた。


「そう言えばそうでした。私はアナタのそんないい加減なところに惚れて嫁入りしてきたんでしたよ」

「オレもお前のことが大好きだぞ。体調が整ったらすぐに二人目を仕込んでやるからな! はっはっは!」


 この夫婦……!

 父母になったその瞬間から惚気てやがる……!


「ようし、話もまとまったところで改めて……! ユキムラ、ようオレたちの子どもとして生まれてきた。お前のことはこの父が立派なシンマ王国のサムライに育ててやるからな! 母を大事に敬うんだぞ!」


 そう言われても赤子には答える術がない。

 ただ何が起こっているかわからないような顔で、無邪気に父母の顔を見返すことしかできなかった。


             *    *    *


 雷公ユキムラの魂が転生した赤子に、再びユキムラの名が付けられた。

 それは偶然なのか、運命なのか。

 誰にもわからぬこと。

 どちらにしろヤマダ=ユキムラに転生した僕は、前世では死んでまで拒否したシンマ王国の一国民となって生きることになった。


 大乱は、僕が十六歳となった王歴百十六年に訪れる。

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ソードマスターは聖剣よりも手製の魔剣を使いたい
同作者の新作スタート! こちらもよければお楽しみにください!
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