表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/139

17 人の宝

「拗ねてやがるのさ、アイツは」


 結局クロユリ姫は今夜ウチに泊まっていくことになり、しかも母上と早々に床に入ってしまった。

 僕はまだ眠る気になれず、月明かりを頼りに父上と差し向いで碁を打つ。


「拗ねる?」

「お前はオレより出来がいいが、ジロウはオレにそっくりだ。剣使いが上手くて、それで何でもできると思い上がっているところがな」


 父上も、若い頃は道場で暴れ回り、最強の名をほしいままにしていたとか。


「剣で名を上げ、偉い人の目に留まり、出世街道を駆け上がる。そんな甘い夢を見ておったのだろうよ。世の中そんなに甘くないのにな」


 パチン。碁石が碁盤を打つ音。


「しかし、そんな破天荒な夢を実現させた者がいる。お前だユキムラ」

「責任を背負いこまされただけですよ」

「人は、表だった華やかな部分しか見ないものさ。若ければなおさらな。『命剣』を出せない兄を、ジロウは心のどこかで見下しておったのかもしれん。そんな兄が、伝説の中にしかない雷剣を携え国難を打ち砕いた。王から褒められ、官位を賜り、美人のお姫様を嫁にもらう。実際そんな自分を妄想しておったかもしれんなジロウのヤツ。剣を振りながら」


 妄想の中にしかありえない栄達を、現実で手にした者がいる。

 それは実の兄だった。


「ジロウは僕を嫌いになったのでしょうか?」

「お前ぐらい出来た兄貴を嫌う弟がいるものか。でもな、若さゆえの鬱屈は、好き嫌いを容易く歪ませる」

「僕は……」


 パチンと碁石を鳴らした。

 我ながら消極的な一手だ。意気消沈が、碁筋に表れている。


「出世栄達なんかより、家族の方が大事です。父上に母上、ジロウとシラエ。掛け替えのない僕の宝です」


 だからこそ僕は、隠していた雷剣を晒してまで敵を打ち破った。我が家族、我が故郷を侵す不届き者たちを。


「お前は老成しとるなあ。若いうちはもう少しギラギラしてもいいだろう」


 パチン。

 攻めの弱気を見事に突かれた。


「それにお前は間違ってるぞ。この家はオレの宝だ。オレの天下一の女房も、ジロウもシラエも、そしてユキムラ――、お前もオレの宝だ」

「父上……」

「お前の宝は別にある。男なら誰にでも、自分の宝を作り出すために一人で戦う時が来る。お前のその時は、もうすぐだ」

「はい」

「ドンと行ってこいユキムラ。自分の思うままに戦ってこい。お前の、お前だけの宝を得るためにな」


 碁の勝負は、結局僕の負けで終わった。

 僕はまだまだ、この人に勝つには遠い。


             *    *    *


 それから数日が経ち、ついに出発の時が来た。

 すべての準備は滞りなく終わり、僕はクロユリ姫と共に、シンマ王国製の木造船に乗る。


「これでフェニーチェの拠点まで行くんですか?」

「ええ、あっちだって船で来たでしょう」


 木造船といっても、王家御用達のとても立派なヤツで、甲板の上では本職の船員たちが十人以上、忙しく駆け回っている。

「一体何に使うんだ?」と聞きたくなる程たくさんの荷物を積み込み、出港準備は着々と進んでいる。


「シンマ王国バンザーイ!!」

「必勝敵伐! 必勝敵伐!」

「雷公夫妻に栄光あれー!!」

「シンマ王国の新たなる英雄に勝利をー!」


 岸辺の方からも、見送りの声援がかまびすしい。

 そしてついに、僕らの乗る船体は岸から離れた。


「……結局、見送りに来られなかったわね。アナタのご家族」

「最初から、そう決めていたからね」


 こうして人が多く集まる公の場で、家族を好奇の目に晒したくない。

 だから見送りは家の前までと決めておいた。

 僕が王の直臣となっても、分不相応の余禄に与ることを拒み普請役に留まった、父上ならではの意地だった。


「……いい御家族だったわね」

「そう?」

「わたくし、家族で一つの食卓を囲んでご飯を食べるなんて、あの家で初めて経験したわ。賑やかで忙しくて」


 クロユリ姫の自慢の黒髪が、潮風になびく。


「ああいう家庭から、アナタのような英傑が生まれたのね。アナタの留守中。家族のことはしっかり見ておくようお父様にお願いしておいたわ」

「お気遣いなく」


 あの家は、父上がいる限り安泰だ。

 だからこそ僕は家族のためだけでなく、国のために戦いに行くことができる。

 ただ一つ気がかりなのは……。

 結局家の前までの見送りにすら、弟ジロウは姿を現さなかった、ことだろうか。


 弟はまだ自分を整理できていない。

 それは他人がとやかく言うことではないが、僕がこれから行く場所は、ことによっては二度と帰ってこられない危険性を持っている。

 後味悪い別れに、後ろ髪を引かれる気分だった。


「兄ちゃーーーーんッッ!!」


 しかし……。

 僕の意志とは関係なく岸を離れていく船を、必死に追って陸を駆ける者がいる。


「兄ちゃーーん!!」

「ジロウ」


 僕は船の縁を握って、陸の方へ注目した。


「兄ちゃっ……! ごめん……! 助けてもらったのに、悔しくて、カッコ悪いのが嫌で……! 礼も言えなくて……!」


 海を隔ててもわかるぐらい、ジロウの左頬が腫れ上がっているのがわかった。

 それを見た途端父上を思い出した。


「兄ちゃん! オレもっと頑張るよ!! 頑張って剣の修行して! 兄ちゃんに追いついてやるから!! 待っててくれ!!」

「ああ! 待ってる!!」


 僕は船から落ちそうなぐらい身を乗り出して言った。


「待ってるぞ……!」


 船は進む。陸はどんどん離れていく。

 弟の姿が海平線の向こうに沈むまで、僕はずっとそれを見詰めていた。


「本当に、よい御家族ね」


 その後ろに、クロユリ姫もずっと控えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソードマスターは聖剣よりも手製の魔剣を使いたい
同作者の新作スタート! こちらもよければお楽しみにください!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ