14 めおとの約定
「いや、あのー、でも……! 国王陛下も仰られたように、向こうは危険なんですよ?」
一応、敵国になるかもしれない相手の前線基地ですし。
交渉の進行如何によっては敵地で袋叩きということにもなりかねない。
僕には雷剣があるから、それでも生きて帰ってこれる可能性は大いにあるけれど。
「姫様にもしものことがあったら、陛下が悲しむだろうし……!」
「わたくしを見縊らないでください!」
クロユリ姫、手を離していきり立つ。
「わたくしは、殿方に守られるだけのか弱い女ではありません。わたくしはシンマ王家の女。その意味がわかりますか?」
「え?」
「このシンマ王国に伝わる至宝『天下六剣』。それらはシンマ王国の前身となる風、林、火、山、影、雷の六州がそれぞれ保持していたもの、そのうちの影州が他州を従え統一し、シンマ王国が生まれた。つまりシンマ王家の元は、影州を治める影公の血筋」
クロユリ姫の手に、生命が集約する。
「つまりシンマ王家にも『天下六剣』はあるのよ!」
ブン、と空気を切り裂く音を立て、クロユリ姫の手から漆黒の刃が突き出した。
「影剣『カーリー』。このわたくしが使う『天下六剣』の一振りです」
「これは見事な」
全体的に細い刀身は、女性ゆえか。
しかしその細身は却って優美さを印象付ける。まさしく影が浮かび上がってきたような黒々とした刃は、まさしくかつての我が宿敵、影公ヤスユキが振るった影剣と同じもの。
「どう? これさえあれば、そんじょそこらの兵卒よりもよほど役に立つわ。わたくしを連れていく価値はあるでしょう?」
「しかし、迂闊」
「え?」
僕の手の表面で、パチパチと音が鳴った。
その手の平を、クロユリ姫の出した影剣の切っ先に当てる。
「ちょッ……!?」
影剣は我が手を貫く……、ことはせず、手の表面に発生させた僅かな雷にパリパリと砕かれ、消えていった。
「えぇ……!?」
驚くクロユリ姫だが。
……やはり、初代シンマ国王でもある影公ヤスユキの、万戦を潜り抜けて鍛えられた影剣に比べれば、まだまだ脆い。
「知りがたきこと影のごとし。……それが影州のモットー」
僕が雷をまとった手を押し付けるごとに、クロユリ姫の影剣は砕けて短くなっていく。
「そのモットーに則り、あらゆる謀議策略を人知れず進め、達成してきたからこそ影州は天下を獲れた。ゆえに影公最大の切り札――、影剣も、みだりに振り回し、衆目に晒してはならない」
姫の影剣は既に、我が雷によって完全消滅してしまっていた。
「やはりアナタを連れていくわけにはいかない」
「えッ!?」
「アナタには斬り合いは似合わないし、何より危険だ」
「いいのですか!? 条件を飲んでくれなければ、わたくしはアナタと結婚しません! そしたらアナタは、王家と姻戚関係を結ぶことも……!」
「それが交換条件にならないことぐらい、アナタもわかっているはずだ」
「……ッ!?」
図星を突かれたのだろう、クロユリ姫は押し黙った。
僕自身の気持ちを置いておくとしても……。先刻ユキマス王は言った。「クロユリ姫が気に入らないなら、別の姫ならどうだ?」と。
クロユリ姫は、シンマ王の五番目の娘。さらにその下に妹もたくさんおられるようだ。
つまりクロユリ姫が結婚を拒否したら、別の姉妹を僕に嫁がせればいいだけ。
王にとっては自分の娘ならば、誰を嫁がせても問題ないのだ。僕と姻戚関係を結べさえすれば。
「…………ん~!」
それがわかっているのだろう、クロユリ姫は悔しそうに唸った。
「ダメです! お姉さまや妹たちよりも、わたくしの方がアナタの妻に相応しいのです!」
「そう言われてもなあ……」
「わたくし、アナタのためなら何でもしてみせます! お料理だって作りますし、お掃除もします! お姫様だからって特別扱いは望みません! アナタが望めば……、その、お風呂でお背中も流しますし。閨でも、アナタのどんな命令にも従います!!」
クロユリ姫は、顔を真っ赤にしながら言った。
可愛いと思った。今夜二度目。
「だから……、どうかわたくしを見捨てないでください。わたくしを戦場まででも連れて行ってください。片時も傍から離さないで!」
ん?
んん……。
「わかりました。ではこちらからも条件を出しましょう。それを飲んでくれるなら、アナタを同行させます」
「本当に!?」
「もちろんユキムラ、ウソつかない」
と言うとクロユリ姫の表情はパッと輝く。部屋全体が明るくなったかのようだった。
「わかったわ! そもそも妻は夫の言うことに従うものだもの! どんな条件でも飲んでみせるわ! ……その、痛かったり恥ずかしくても」
彼女は僕がどんな条件を出すと思ってるんだろう?
一瞬、意識が誘われかけたが、色香に惑わされるままではいけない。
「では条件は……、僕と結婚しないこと」
「わかりました!」
…………。
「ん!?」