13 床入り
なんかエライことになった。
僕としては巨大な流れに巻き込まれる気分だった謁見。一般庶民として立場の弱い僕は、これ以上言質が増えないうちに一刻も早く撤退したかったところ、そんなことは相手も予測済み。
「もう遅いんだから泊まっていきなさい」の一言で、アッサリ退路は遮断された。
これはもう、シンマ王家が僕のことを一気に取り込もうという意図は明白だった。
だって、僕の今夜一晩の宿として案内された寝室が……。
もう布団が敷いてあった。
しかもその布団の上に枕が二つ並べてあった。
念のため明言しておくが、布団は一組しかない。一組の布団に、二つの枕が並べてある……!
「今日はお疲れになったでしょう。余計なことは考えず、早く横になるのがよいかと思います」
「ヒィッッ!?」
背後には、例の王様の娘、クロユリ姫。
その名にふさわしい、流れ落ちるような黒髪を艶めかせている。
改めてこの場に、二人きりで相対してみると嫌でもわかるお体の艶福さ。比較的ゆったりとしたシンマの服装の上からでも、豊かに膨らんだお胸、腰つきの曲線は明確だ。
そのくせまだ年若だから、色気よりも可憐さの方が勝って野に咲く花のよう。
それに加え、王室でしっかり叩き込まれたのだろう礼儀作法の確かさもあって、花は花でもスラリと茎経つ百合の花のようだ。
「ご安心なさい。この一間には呼ばれぬ限り、誰も近づかぬよう申し渡されています。この部屋で、アナタとわたくしは朝まで二人きり……」
「ヒィィィッッ!?」
「賢いアナタならもうわかっているのでしょう? アナタはここで、わたくしを手籠めにするのです」
普通の女の子なら恥ずかしくて口ごもるようなことを、クロユリ姫は毅然として言う。
「お父様は、アナタを完全に我がものとしたいのです。シンマ王国始まって以来の英雄であるアナタを。そのためには主従の関係だけでは足りない。お父様はわたくしを通じて、アナタを義理の息子にしたいのです」
「いや、待って待って待って待って待ってください!?」
「何ですオドオドしているのです?」
いや、オドオドしたくもなるでしょうよ!
そりゃあ、僕だって前世の記憶がある身としては、女性に接した経験ぐらいこの体になる前にはある。
しかし、今の僕はヤマダ=ユキムラだ。
雷公ユキムラである以前に、本質的にヤマダ=ユキムラなのだ。
シンマ王国のしがない下級武士の子どもに生まれ、それ相応の環境に囲まれて育ち、人格を形成してきた。
そんな実体験や家族との繋がりの前では、所詮前世など過去でしかない。
過去が現在に影響を与えることはあるだろうが、過去が現在を支配しては雷帝ユキムラは、ただ未来の子どもの人生を奪い取っただけの亡霊だ。
そうじゃないからこそ今この十六歳の若造でしかないヤマダ=ユキムラは初めて接する女性のぬくもりにビビりもするし、狼狽えもする。
それに加えて一応雷帝ユキムラから引き継いだ記憶が、王族の娘なんかに手を出して必ず面倒くさいことになると知っているから余計ビビる。
何より、精神的な非童貞など肉体的な童貞の前では何の意味もないのだ!!
「アナタにとっても悪い話ではないはずです。シンマの姫であるわたくしと結婚することで、アナタはシンマ王家の一員となります。王家の持つ富も権力も、アナタのものです」
「あと絶世の美女もね」
「ッ!?」
軽い相槌のつもりだったが、クロユリ姫は盛大に顔を赤くして反応した。
「ななななッ!? 何を申しているのです!? 絶世の美女ってわたくしのことですか!?」
「お姫様のくせに褒められ慣れていないんですか?」
「余計なお世話です!!」
本気で取り乱しているクロユリ姫を見て、初めて彼女を可愛いと思った。
これから先、何千回も繰り返してそう思うことになるとは、今の僕は夢にも思わないのであった。……とか考えてみる。
「とにかくッ! …………わたくしも手に入る、ですか。そう言われれば、そうなのかもしれません」
いきなりクロユリ姫は、フフフと自虐的な笑みを漏らした。
「女は嫁ぐことで、夫となる男性の所有物となる。それは王家の息女たるわたくしでも例外にはなりません。いえ、むしろ王の娘であるからこそ、王家を安泰とするために政略の道具となって、王家の役立つ男へ嫁がねばならない」
「あ、あの……?」
「つまりアナタです」
キッと、射抜くような視線で見詰められる。
「でも侮らないで。わたくしは自分を哀れだなどと思ったことはありません。わたくしはシンマ王家の女。王家のために、国のために、この身を役立てることができるならむしろ本望です!」
「み、見事な覚悟です……!」
「ありがとうございます。では意思の表明が終わったところで……!」
ずずずいッ! と迫って来るクロユリ姫。
「わたくしを犯してください。わたくしの純潔を奪い、名実ともに夫婦の契りを交わすことで、アナタとわたくしは幾久しく繋がり合うことができるのです。死が二人を分かつまで」
「だ、だから……ッ!?」
「このクロユリ、無論これまで殿方と同衾した経験はございませんアナタが初めてです。が、事前の習いは母や姉たちからしっかりと仕込まれております! 初夜であろうと殿方を満足させてあげられるようにと……!」
「何吹き込まれたんですお母さんたちから!?」
「それにわたくし、お尻が大きいから丈夫な子どもを安産できるとよく言われます。立派な跡取りを生んで見せます! 必ず百点満点の妻になれると自負しておりますわ!」
凄いこのお姫様グイグイ来る。
この押しの強さ、さすが王家の血筋って感じる。すべてにおいて主導権を握れる行動力の強さ!
「ですが……!!」
「?」
「その前に条件があります」
条件? 一体何を言い出すんだ?
二人きりの部屋。一枚の布団の上で男女肉薄するこの状況。
「アナタとの結婚を承諾するために、わたくしが出す条件です。これはわたくし個人から出るもの、お父様とはまったく関係ありません」
お父様――、国王陛下とはまったく関係ない?
一体どういうことだ?
「この条件をアナタが飲んでくれなければ、わたくしはアナタと結婚しません。当然体も許しません」
「で、その条件とは?」
何だか興味が湧いて、続きを促す。
「アナタはこれから、シンマ王国の使者としてフェニーチェの遠征拠点へと赴きます。」
「はい」
「そこに、わたくしも連れていきなさい!」
……。
…………え?
「これから始まるフェニーチェ法国との対決にわたくしも参加させなさいと言っているのです!」
「いやでも、そんなことできるはずが……!」
「わたくしは、怒っているのです」
と、クロユリ姫がこの部屋に入って初めて、僕以外の対象に心を移した。
「初代国王ヤスユキ様が築き上げたこの国を、土足で踏み荒らすフェニーチェの人間に。我が国の誇りたる『命剣』を軽んじる彼らを、わたくしは決して許せない」
姫はフツフツ怒りを燃やす。
それは彼女一人だけの感情とは言い難い。フェニーチェ法国の行為は、真っ当なシンマ国人なら、誰にも怒りを抱かせるものだ。
「だからわたくしも、彼らに直接会ってガツンと言ってやりたいのです! ここは、アナタたちが好き勝手に振る舞っていい土地ではないと! 私はアナタの妻として、大命を承った夫の隣に寄り添うことができます!」
クロユり姫が、僕の両手を両手で掴んだ。
そして勢いのままに迫った。
「どうかアナタと一緒に、敵に一矢報いる機会をお与えください!!」