137 終幕
シンマ王ユキマス陛下、ご逝去。
僕らが見舞ってより、半年も経たぬうちのことだった。
最後に会った時も、体中にできた腫瘍の痛みに苛まれていたはずだったという。
そんな中でも僕らとの今生の別れを笑顔で彩ったあの人は、真に王たる者と言えたのだろう。
己という個を徹底的に殺して、公に尽くすことが王の務め。
そんなユキマス王だって人間だ。
完全に自分を殺しきる人間などいるわけもない。
ユキマス王が死ぬまで殺しきれなかった私事と言えば、それこそ後継者ナオユキ王のことだろう。
ナオユキ王は彼の長男。
注ぐ愛情はひとしおだったと容易に想像がつく。
ナオユキ王の使う『命剣』が王者の証である影剣でないことを、父であり王であるユキマス様が知らないはずがない。
あの人は、殺そうとしても殺すことのできない親の愛から、見るべき事実に目を閉じてしまったんだろう。
そしてユキマス様の盛大な葬儀より間をおかず、資格なき者が王座に就いた。
僕はナオユキ陛下の迫る選択に、頷いて応えた。
それは表向きの服従で難を逃れたいというのもあったが、僕自身、私事に囚われたせいもある。
僕だってユキマス様には何度も恩情を掛けてもらい、我が父のように慕ってきた。
そのユキマス様が愛したご長男を、あの人の目があるうちに排斥するのは避けたかったのだ。
そして今、ユキマス様は世を去り、あの男は一人となった。
心を押し留めるものは何もない。
そう思っていたある日のこと。
正真正銘最後の心残りが消えた。
* * *
「ユキムラ! ……ユキムラ!」
我が家たる領主居館で、我が妻クロユリが呼んだ。
「ねえ見て見て! ユキヨシが……!」
そこに見た光景は、まだ物心ついて間もないほどの我が子ユキヨシが、一振りの剣を携えているところだった。
誰かから与えられたのではない。
みずからの内より引き抜いた剣を。
暗黒色に輝く剣を。
「影剣……!」
シンマ王の資格たる、あの男がもたない『命剣』だった。
それより五年の後。
我が子ユキヨシは偽王ナオユキを排斥してシンマ王に就く。
―了―