136 対決
レッカ公とドウサン公に連れられた部屋に待っていたのは、一人の青年だった。
シンマ王国太子、シンマ=ナオユキ。
それが青年の名だった。
実に壮健とした若者で、静かに佇みながらも身から溢れ出す烈気はさすが王者の風格と思わせる。
飄々として、相手を懐に引きずり込むユキマス王とは王者として対極の部類と言えた。
「お初にお目にかかります。雷領領主ユキムラと申します」
まずは下手に出て、作法に倣って平伏する。
何せ王子様相手だからな。
「シンマ太子、ナオユキである。楽にしてくれ」
放つ気配とは正反対の、鷹揚な口振り。
「我が妹、クロユリを娶ったそなたは我が義弟でもある。兄弟同士、何を憚る必要があろう。腹を割って話をしたい」
「腹を割って……、ですか」
そもそも領主になどと任じてもらいながら、国主の後継者との面会が今日初めてというのもけったいな話である。
が、それでも今日こうして機会を頂けたからには、避けて通れることではない。
国王不予などという不穏な原因によって集まった今回。次期国王の存在は否が応にも重要になってくるのだから。
「私が国王となった暁には、先代の政治方針を抜本的に変えていこうと思う」
「はい」
「まずは、異国フェニーチェとの交流を一切断つ」
いきなり大規模なことを言いだした。
「近年、異国よりの文化思想が流入し、シンマの信条が歪んでいる。このままではこの国は根底から乱れよう。その前に歪みの原因たる異物を徹底的に断ち、然るべきのちにシンマをあるべき姿へと立ち返らせる」
「……」
「ユキムラ、そなたの領は異国との交流窓口となっている。そなたの協力なしに改革は断行されぬだろう。ぜひ私に力を貸してほしい」
「我が雷領は、フェニーチェとの交流を目的のために立ち上げられた領……」
その存在意義と言うべきフェニーチェ交流の役目を取り上げられたら……。
「我が領に滅べと?」
「そういうことも言っているのではない。そなたの領も四天王家に続き、シンマのれっきとした領に並ぶのであれば、そろそろ真っ当な方法で運営を軌道に乗せるべきだ」
「真っ当な方法とは?」
「地を耕し、作物を育て、そこから上がる税収によって領を賄う、ということだ。他の領も漏れなくそうやって今まで生きてきた。そなたもシンマの一員と認められるためにはそうせねばならない」
「ハッキリと申し上げますが」
僕はハッキリ言った。
「アナタが王となればシンマは滅びますな」
「なんだと!?」
充分暴言と言っていい発言に、ナオユキ王子に膝を立てて色を成す。
「本当にそんな単純な方法だけで各領が運営されていると思いですか? シンマ王国が興ってより百余年。人の意識は進み、国家の仕組みはより大きく複雑になっています」
もはや単純に土をいじって育てたものを食む程度では、到底間に合わない段階にシンマは既に至っている。
「商業や流通、文化に娯楽。それらのものがなければ人は人らしく生きられない。それを無視し新たなる進化の兆しを切り捨て、古に還ろうとは暗君の施政に他なりません」
「異国と交わり、シンマの純粋さを損なうのが進化と言うのか!?」
「御意」
雷領が興って、異国交流が本格化してより七年経った今でもフェニーチェを夷狄呼ばわりして「神国シンマを護るべし!!」と息巻いている輩もいる。
しかしそうした勢力は、七年前より確実に少なくなり、今や息絶え絶えの少数派だ。
それはもちろん我が雷領から発している交流の利益が、まともな人々から認められているからだけども。
次期国王は、そんなまともな利益も読み取れない少数派に属していたとは。
シンマの先行きに暗雲が……。
「シンマの純粋さを損なう、と殿下は仰られるが、進化とはそれ自体様々なものと入り混じって複雑化することです。それなくして人も国も成長できない」
その清濁を相飲んで新たに純粋化することこそ主君の役目であろうに、清に執着して濁飲むことを厭う者に政治という怪物を使いこなすことはできない。
現王ユキマス陛下こそ、その怪物を犬のごとく飼い慣らしてきた御方。
「このままでは殿下は、ユキマス陛下の足元にも及びますまい」
「私が王となったら!」
ナオユキ殿下の声が荒くなった。
挑発に慣れていないのは、ちやほや育てられたがゆえか。
「王家の強権に加え、風林火山四領力を結集し新興量一つ潰すことなど造作もない!」
「果たしてそうですかな?」
現王ユキマス陛下ですら、四天王家が結集して開国に異を唱えた時には難渋したものだ。
王に次ぐ大公、四天王家の力はそれだけ侮りがたい。
「しかし、その四天王家も今ではどちらの旗に近いことやら」
「うっ……」
シンマ国内に遊郭を建てまくっている火領は、今現在雷領にあるマルヤマ遊郭が最大の利益を叩きだしているという。
山領も、令嬢サンゴのやまくま活動によって雷領との大口の取り引きができたことにより、破産の危機から逃れることができた。
「ついさっきのことですが、風領領主ナツカゼ公は、息子タチカゼの勘当を解きました」
「なっ!?」
「ヤマウチ=タチカゼが今や我が右腕にして盟友であることはご存じのはず、そのタチカゼとの関係を修復したということは風領も、我が雷領から溢れ出す利にありつこうという考えなのでしょう」
シンマを純粋化することで得られる優越感は、フェニーチェと交わることで得られる利益よりも魅力的だろうか?
「ナオユキ殿下は、四天王家が結集して抵抗するという難儀だけをユキマス陛下から継承されるおつもりか?」
しかもその抵抗を跳ね除けた先にあるのが、前任者の功績をゼロにした後退でしかないとは。
「このままではナオユキ殿下の、王としての資質を問われる事態にもなりかねませんぞ」
「なんだと!?」
その一言に予想以上の反応を見せるナオユキ殿下。
相当痛いところを突かれたというのか。
「言わせておけば……! この成り上がり者が……!! シンマに仇なす獅子身中の虫が!!」
ナオユキ殿下の手の平に、異様な気力の集中を感じる。
まさか……。
「出す気ですか。『命剣』を……」
シンマ王家の出す『命剣』となれば、それは当然影公ヤスユキより受け継いだ影剣となるだろう。
『知り難きこと影の如し』と呼ばれ、我が前世でも最後まで正体を見破れなかった不知の剣。
しかし、その予測は外れた。
「林剣『オオトノベ』!!」
「なッ!?」
林剣だと!?
四天王家の一、ナベシマ家の使う『天下六剣』の一振りが!?
何故王太子の手の内から。
「く……ッ!?」
僕はすぐさま自身も雷剣『オオモノヌシ』を抜き放ち、迫りくる林剣の斬撃を打ち弾いだ。
『静かなること林の如し』をモットーとする林剣は、敵を無音の中に塗り込んでしまう『命剣』だ。
みずから静となるのではなく、敵を無理やり静としてしまう剣。
あの剣に囚われたら最期。心音までかき消されて命あるものは静寂化してしまう。
それを防ぐ方法は、林剣の静化を凌駕する轟音で静寂を斬り刻む以外にない。
『雷剣』がかき鳴らす雷鳴によってシンマ王城全体が揺れ動いた。
「さすがと言うべきか……!」
全身を打ち揺るがす轟音に怯んだのか、ナオユキ殿下はその手から林剣をかき消して後退した。
「…………!」
「フッ、言いたいことがありそうな顔だな」
ナオユキ殿下も、自身もっともよくわかっているのだろう。
シンマの覇者たるシンマ王家の手から放たれる林剣の不自然さを。
「お前の想像している通りだ。シンマ王の血統を受け継ぐ私に影剣は宿らなかった。代わりに宿ったのが、母より受け継がれたこの林剣だ」
「母、では……!?」
「我が父ユキマス王が正妃に迎えたのは、四天王家が一ナベシマ家の息女。私の中に流れる血は、王者の剣ではなく臣下の剣を選んだ……!」
それは王太子にとって、物凄く重要なことではないのか。
『命剣』こそシンマ武士の誇りそのものと言っていいご時世、中でも『天下六剣』は王侯の証とも言うべき一つの資格。
その『天下六剣』の頂点に立つと言っていい影剣は、シンマ王に絶対必要な条件ではないのか。
「……今お前は、様々なことを想像しているのだろうが概ね当たりだと言っておこう。本来林剣を振るう私に、シンマ王継承の資格はない」
「それでは……!」
「過去にも、影剣を発現できなかったために長男でありながらシンマ王に即位できなかった例もあったそうだ。しかし私は、その事実を隠してシンマ王の座に就こうとしている。私と親戚関係にあるナベシマ家も喜び勇んで私を支援してくれている」
じゃあ、もしや……。
四天王家を率い、シンマとフェニーチェの交流に様々な妨害を行ってきたのは……!
「アナタだったのですか……!?」
「異国侵入の危機感を煽り、その結集をそのまま私の勢力として整えることは、私が王となるために必要なことだった。四天王家の力を借りて前王の愚昧を討ち破り、その成果をもって私が王となる道筋を確実にしたかった」
しかし、彼の目論見は完全に外れてしまった。
今や四天王家を初めとするシンマ勢力は、フェニーチェとの交流を下に結集しつつある。
「そうだ、私はお前たちに負けたのだ。世の流れは夷狄を拒絶するどころか進んで受け入れる方向に舵を切っている」
このままでは……。
「私は時代の流れから取り残される」
「僕に何を望むんです?」
本来なら誰にも見せてはならない林剣を晒すことは相当な覚悟を持った上でのことだろう。
その覚悟をもって、僕に何を望むと言う。
身命を懸けて必ず僕を排除するという決意表明か?
それとも……。
「無論、臣従だ」
「……」
「王が臣下に望むこと。それ以外に何がある?」
散々ヒトを排除しようと陰謀を巡らせておいてか?
「たしかにお前の言にも一理ある。シンマとフェニーチェの交流はもはや民の皆が求め、押し留めることのできない流れとなっている。こうなっては、その流れに反するは愚挙と言わざるを得まい」
「それで、どうするのです?」
「私が王となった暁には、夷狄との交流を認め、雷領の変わらぬ存続も認めよう。その代わり、お前は私への絶対の忠誠を誓うのだ」
と指先を僕に向かって突きつける。
「私が王となり、王座を保持することを全力で支援せよ。そうすれば私はお前の地位を無条件で認めよう。それが出来ぬのであれば、私はお前を必ず排除する。王の力をもって、お前がこれまで築き上げたすべてを奪い取る」
今日の会談の意味はそこだったか。
服従か、死か。
選べと言う。
ナオユキの後ろには林領主ナベシマ家が付いていて、実力もあるだろう。その上で王の強権まで手に入れたら、けして侮れない勢力となる。
その上で、僕の取った方法は……。