133 マスコット・キャラクター
「皆さま、マジックワールドにご来場いただきありがとうダヨ! 今日は皆さんに重大発表があるんダ!」
その重大発表とやらのために僕らまで呼び出された。
領主まで呼びつけて一体何を発表するというのか?
「何を面倒くさそうな顔しているのユキムラ! フェニーチェ・ドードーの重大発表よ! 聞かないわけにはいかないじゃない!」
「そうだぞ! もしやアクア・ウイタエ・マウンテンの開業が決まったのか! これはますますマジックワールドに通う理由ができるな年間パスを買わなくては!!」
僕の二人の妻は、いまやすっかりマジックワールドの虜。体中マジックワールドで販売されているマスコットグッズとやらで完全武装していた。
って言うかまだ年間パス買ってなかったのか。ほとんど毎週のように通っているのに。
で、肝心の重大発表とは何じゃらほい?
フェニーチェ・ドードーは、園内広場に架設された台の上に立って、ことさらコミカルに振る舞っている。
……本当にあの中身が一騎当千の傭兵隊長だなどと、事実を知った今でもにわかに信じられんわ。
「実は今日から、ここシンマ・マジックワールドに特別な仲間が加わることになったんダ! 紹介するヨ! そーのー名ーはーッッ!!」
「『やまくま』くまーーーッッ!!」
ドカーンと派手な爆発音と共に乱入するくまの着ぐるみ。
その姿に観客の熱狂が跳ね上がる。
マジックワールドという黒船来襲以前に、充分にここ雷領で人気の地盤を作り上げてきた『やまくま』。
だからこそこの発表への反応は盛大だった。
「シンマを代表するマスコット・キャラクター、『やまくま』とマジックワールドの正式コラボが決まったヨ!」
シンマを代表するって……。
まあシンマにはアイツ以外にマスコット・キャラクターなるものは『やまくま』以外にいないから……!
「くまーッ! 『やまくま』は本日ただ今から、マジックワールドへの自由な出入りを許可されましたくま! 今までにまして所かまわず暴れるので覚悟するくまーッ!?」
「それでは『やまくま』ちゃんの新規参入を記念して、皆で踊るヨ! 本日発お披露目! ヤマヤマ踊りテクノポップVer!!」
* * *
あとから聞いたところによると、フェニーチェ最強の傭兵たるレイオンを、着ぐるみに包んでまでシンマに送り込んだのは、やはりレーザの思惑であったらしい。
「あの方は、ユキムラさんの手駒を増やしてあげたかったそうでありんすなあ」
と四天王家のモウリ=カエン嬢が言った。
彼女は雷領で経営されるマルヤマ遊郭の主人であり、フェニーチェ軍事司令官のレーザを何度も客に向かえたことがある。
「あの人自身には一向恭順する気配を見せないレイオンさんを、ユキムラさんなら使いこなせると思ったようでありんすなあ。でもまさか、擬態として用意したフェニーチェ・ドードーとしての身分のまま活用するとは思っていないでありんしょうが」
「彼には、その方が向いているんだよ」
レイオンがフェニーチェ・ドードーとして振る舞う仕草は、本当に充実感に満ち溢れている。
そんな彼の意を無視して、戦場に引きずり込むなどできようか。
そもそも僕は、雷領を戦場になどするつもりはないし。
「そういうカエンさんだって、どっちかと言えば僕と同じ方針でこの状況に乗っかっただろう?」
「バレていたでありんすか?」
そもそもサンゴが『やまくま』になるという突拍子もない宣伝活動は、その裏でカエン嬢が入れ知恵したものだという。
「その発想の元はレーザ。違うか?」
レーザは一時期、カエン嬢を堕として肉体関係を持とうと足しげく通っていたことがある。
その時、多くの会話を交わしたことだろうし、その時レーザは「我が故郷にはこんな楽し場所がある」などとお国自慢したこともあったはずだ。
「そうして聞き及んだマジックワールドの話をきっかけに、『やまくま』を思いついて、その発想をサンゴちゃんに授けた」
独創的な発想など、そう簡単にできるわけがない。
「我ながらいい考えだと思っているでありんす」
という言い方でカエン嬢は、僕の指摘が事実だと認めた。
「雷領には既に、我がマルヤマ遊郭という最高の遊び場がありんすが、遊郭の特性上老若男女分け隔てなく楽しむことは不可能でありんす。それではこの雷領に呼び込める人の数も頭打ちになるでありんす」
「それで『やまくま』を?」
「あい、まさかレーザさんまで同じことを考えて本家本元を送り込んでくるとは思ってもみなかったでありんすが。杯を酌み交わした者同士思考が似通るのでありんすかねえ」
そのくせレーザにおっぱい一揉みすらさせなかった。
恐ろしい女だよアンタ……!
「マジックワールドに『やまくま』まで加わって、この雷領にはシンマ中から最新の遊興を求めてお客さんが集まってくるでしょう。そのおこぼれに預かって、我がマルヤマ遊郭も大繁盛でありんす」
本当に恐ろしい女だ……!
まあ外からたくさんの人が来ることは雷領自体の得にもなるからいいけど……。
「マルヤマ遊郭とマジックワールド……! 二大遊興施設をもって雷領はますます賑やかになるわけか……!」
「それらを通してシンマ人のフェニーチェへの理解が深まれば、二国の交流もよりたしかとなる。いいことづくめじゃないでありんすか」
同意するしかないところが悔しい限りだ。
そうして領が富んでいく中で、サンゴやレイオンのように個人の願望も実現していく。
マジックワールドは、『やまくま』グッズだけでなく、他のキャラクター商品の製作も山領に依頼したらしい。
『やまくま』の中身サンゴが最初に憂いていた山領の窮乏も、少しは上向くだろう。
一人一人の願望の成就が、集合の発展に繋がっていく。
それは国の繁栄として極めて理想的な形だろう。
僕の治める雷領が、理想的に育っていく。
* * *
最後にこぼれ話。
「そうえば、どうしてレイオンは魔法が使えたんだろう?」
あの森の中での戦いのことだ。
フェニーチェの魔法士は、モナド・クリスタルに蓄積された魔力がなければ魔法を使えない。
しかし『命剣』のエネルギーを魔力変換して魔法を使う例は最近見られてきたので、今回レイオンもその線で魔法を使えたのだろう。
山剣を使うサンゴと、『やまくま』の着ぐるみ越しとは言え触れ合っていたからな。
ただそれでも、魔力変換器であるモナド・クリスタルがなければ『命剣』の力を魔力に変換できないはず。
もしや、『命剣』で魔法を使うのにモナド・クリスタルを解する必要はなかった!?
「では種明かしをしんす」
とカエン嬢が何やら訳知り顔。
またコイツが裏で何かしていたのか!?
「薄々感づいていることかと思いんすが、『やまくま』の着ぐるみはウチで拵えました。我がマルヤマ遊郭には、花魁の晴れ着を仕立てる縫い師を多数抱えていんす。少しばかり変わり種の注文も余裕でこなしてくれる仕事人揃いでありんす」
「はあ……!」
「そしてその子らに、一つ細工をしてもらったでありんす」
そしてカエン嬢がゴソゴソと取り出したのは、中身の抜けた『やまくま』の抜け殻。
中の人などいない! というが、アレが現実そのものだろう。
「これはサンゴさんが戦いの日に来ていた『やまくま』でありんす。戦いでボロボロになって、仕立て直すのも無理と言われていんすが……」
その中身に手を突っ込んで、ゴソゴソ言わすカエン嬢。
そして出てきた手に握られていたのは……。
「モナド・クリスタル……!?」
「以前レーザさんからの贈り物で受け取ったでありんす」
何故そんなものを着ぐるみの中に仕込んでおいた……!?
結局僕らは、全員カエンの掌の上で転がされていただけだったのか……!?
※お知らせ
最新章はこれにて終了です。次章からの更新は、構想をよく練りたいためしばらくお休みを頂こうと思っています。
再開は年内を目指す予定です。楽しみにしていただいている方には申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。