132 汚れなく
「うわあああああああああッッ!?」
木の幹を掴み損なって、真っ逆さまに水平に落ちてくる四十男。
これでもうヤツの命運は尽きたと言うべきだろう。
一度自由落下に入った人間が、どう抗う手段を持てるのか?
あとはもはや真っ逆さまに、突き立てられた山剣目掛けて落下し、串刺しとなって死ぬしかない。
「だがッ!」
オレは『やまくま』の体から身を離すと、前方へ向かって掛けだした。
前方には当然、それなりの速度で水平方向に落下してくる四十男がいる。
「先生くまッ!?」
困惑する『やまくま』を背中において、オレは助走の勢いを乗せて拳を前に突き出した。
その拳は上手いこと落下中の四十男の右頬を捉え、クリーンヒットで殴り飛ばす。
「先生! 何してるくまッ!?」
驚いた『やまくま』は、山剣の能力を解除する。
すると殴り飛ばされた四十男は、折れた歯を撒き散らしながら地面を転がり、いくつもある木の幹にぶつかって動きと意識を停止した。
「お前に手を汚させるわけにはいかないからな」
あのままにしておけば、この四十男は山剣に貫かれて絶命していただろう。
『やまくま』が、サンゴが人を殺したことになる。
「お前の手は綺麗であるべきだ。お前はこれから『やまくま』として多くの人を楽しませていく。そんなお前に斬った張ったの過去など必要ない」
既に血生臭い過去をもって、過去の自分と決別することでフェニーチェ・ドードーになった、そんなオレの真似など彼女にはしてほしくない。
「汚れ役はオレが引き受けるさ。残りの連中も……!」
リーダー格の四十男は倒せたものの、この場にはまだ十人以上のテロリストどもが群れなしていた。
ヤツらのそもそもの目的が雷領でテロを起こすことであるからには、ここで逃がすことはできない。
だが、不思議なことに我が必殺魔法『フルメタル・アルケミスト』は解除されて消えてしまった。やまくま』から体を離した途端に魔力も消え去ってしまったのだ。
「だがこの状態でも始末は着ける。オレの命に代えても……」
「その必要はない」
えッ!?
なんだ今、ここにはいない別の誰かの声が聞こえたような……?
しかしオレに逡巡する暇も与えず新たな出来事が、しかも激流のようにド派手に巻き起こった。
青白く輝く雷光がドラゴンのように暴れ走る。
「しびびびびびびびびびびッッ!?」
「おごごごごごごッ!?」
「げひゃーーーーーーーーーーッッ!?」
雷光は、オレの周囲にいるテロリストたちを一人残らず飲み込み、焼き焦がし感電させていった。
オレと『やまくま』には一切触れることなく。
「これが雷剣の力くまッ!?」
『やまくま』――、サンゴは何か感じ取ったようだ。
すべての凶人を飲み込んでから霞のごとく消えた雷光。
そのあとの現れた一人の人間。
ソイツにオレは見覚えがあった。
「アンタは……! ヤマダ=ユキムラ……!」
このシンマ王国、雷領の主……!
* * *
ということで、そろそろ物語の語り部を僕に返してもらってもいいだろう。
僕自身登場したことだし。
まずは、僕が何故この場にいるかという説明から始めた方がいいだろう。
そもそも今回の一件、僕は既に報告を受けていた。
マジックワールドの支配人から。
彼は、シンマとフェニーチェの関係にヒビを入れないためにも、彼はレイオンの報告を受けてから即座に僕へ、そのまま情報を手渡しに行った。
フェニーチェ・ドードーの中身ことレイオンの経歴を知ったのもその時のことだ。
大上司であるレーザからは、必要と思ったタイミングで僕には事実を明かしていいと言付かっていたそうだが。
レーザのヤツめ、着ぐるみに包んで何と言う人材をシンマに流入させたのか。
かつての内乱でレーザをもっとも手こずらせた最強の傭兵を、僕の手元に送り込んでどう使わせようというのか?
それはともかく、フェニーチェ渡来者に紛れ込んできた反乱分子も捨て置くわけにはいかないので、まずそっちに集中する。
一番手っ取り早いのはフェニーチェ・ドードーの中身、レイオンさんとコンタクトを取って協力操作することだろうが、僕はあえて彼との距離を取り、その行動を観察することにした。
レーザの野郎がここまで気に掛けるレイオンという人物が気になったし、ここで彼の行動選択からその人となりを探りたくなったのだ。
結果的にレイオンさんをエサにした囮捜査みたいになってしまったが、無事に彼が反乱分子と会合を持つ場に、僕らも居合わせることができた。
連れてきた『やまくま』が先走って一時場が混乱したが、それもまたレイオンという男の人物をより深く知れたと思えれば得であったろう。
どうして『やまくま』というかサンゴをこの場に連れてきたのかって?
それは各自の想像にお任せするとしよう。
* * *
僕――、ヤマダ=ユキムラと共に現場に待機していた守備兵たちが、反乱分子を次々拘束して引っ立てていく。
「自分たちが真面目なら、不真面目な他人を見下してもいい。自分たちに崇高な目標があれば、今日その日をただ生きているだけの他人を踏みにじってもいい……!」
まさにそう思っている連中だったな。
「何の利害も伴わない無用無益の戦いを引き起こすのは、まさにそういうヤツらだ。ま、じっくりと背後関係を聞き出させてもらおう。崇高な理念のためにどれだけ口を噤めるか見ものだな」
そんな中で、僕とレイオン=オルシーニという人物は静かに睨み合っていた。
フェニーチェ・ドードーの着ぐるみ越しには何度か面識のある彼だが、その中身を向くと、何とも猛々しい面構えではないか。
これでは子どもが喜ぶどころか泣いて逃げ出すだろう。
「……オレを拘束しないのか?」
「何故?」
「オレはこの会合に加わっていたんだぞ。ヤツらの仲間と思うのは自然のことだろう」
そういうことか。
たとえ自分の不利になろうと淡々と事実を述べる。大した胆力の持ち主というべきだろう。
「そんな疑いを僕は持っていない。キミの身が潔白であることは、マジックワールドの支配人が必死に僕に説いてくれた」
「あの人が……!?」
「それにキミ自身も、『やまくま』と一緒に罪なき人々を必死に守ろうとする姿を、僕に見せてくれた」
あれを見て、それでもこの士を疑うようなら、それはただの無能だろう。
「特にアレはよかったな。キミと『やまくま』が協力して放った山剣」
「?」
「あれこそまさに究極の山剣『オオヤマツミ』じゃないか」
「くまッ!?」
その言葉に、『やまくま』の方が反応して食いつく。
「どういうことくま!? カトウ家開祖のサントキが使えたという山剣『オオヤマツミ』くま!?」
「山剣は、敵を刀身に引き寄せてみずから動くことなく刺殺する凶悪な剣だが、力の発動中みずからは動けないという欠点も持つ。特性上一度に一人しか狙えないし、多対一となった場合不利になることが多い『命剣』だ」
しかし山公サントキは、その欠点を乗り越える究極の山剣を開発した。
「それが山剣『オオヤマツミ』……!」
ヤツは、山剣で引力とやらを発生させると同時に、同じく山剣の効力でみずからの体を巌のごとく硬化し、どんな攻撃をも受け付けない峻険となった。
そうなったらどんなに袋叩きにしようとヤツは揺るがなかった。
「『動かざること山の如し』。ヤツはそれを究極に体現したんだ」
実際僕の前世――、雷公ユキムラが山公サントキと相対した時はそれはもう酷い戦いになった。
ヤツの山剣に吸い寄せられるのを、何処か岩なり木に掴まって耐え凌ぎつつ、雷剣の遠隔攻撃を叩きこむのだが、どんだけ叩いてもヤツはビクともしない。
吸い寄せられながら叩いてを三十日続けても勝負がつかず、山公サントキの忍耐力のおかしさにゲッソリすることしきりだった。
「サンゴが山剣を使い、レイオンが硬化した体でサンゴを守る。その組み合わせはまさに『オオヤマツミ』の必勝形そのものだ。時代を超えて、また真の『天下六剣』が復活したな」
ただそれは、着ぐるみを着て人々を楽しませることを至上とする二人にはあまり関係ないことかもしれないが。