131 金剛石の騎士
「うがああああッ!! やめてくれッ! 落ちる、落ちるうううううッッ!!」
四十男は必死に木の幹にしがみついているが、山剣から発せられる引力は依然として弱まる気配はない。
むしろ男の体が地面と平行になる向きまで浮き上がる事実から、山剣から発せられる引力は地上からの本来の重力と同等、それ以上だろう。
最低でも全体重分の重みが、木の幹にしがみつく両腕に掛っている。そう長くはもたないだろう。
そして手を離してしまえば、あとは突きたつ山剣の切っ先に向けて真っ逆さま。
傭兵隊長として戦闘経験のあるオレですら戦慄する。
何と恐ろしい能力なのだろうと。
「……お、お前ら! お前らァーーーッ!!」
感極まった四十男が悲鳴じみた金切り声を上げる。
それは、ここに集った仲間たちに向けられた声だった。
「何をボサッと突っ立っている!? 私を助けろ! あのふざけたクマを殺して、この重力を止めろ! グズグズしてんじゃねえ! そんなんだから前の戦争に負けたんだァーーーッ!?」
『やまくま』の緊張感のない様相。その印象からかけ離れた山剣の凄まじさに、周囲の凶族たちは、度肝を抜かれて固まっていたが、今のリーダーの言葉に我を取り戻したようだ。
「そ、そうだ! エルソーテス卿をお助けせねば!」
「あのクマを殺せ! そうすれば重力も止まるはずだ!!」
「我らの聖戦を、ふざけた身なりで侮辱した罪も同時に償わせるのだ!」
「オレたちは真剣にフェニーチェの未来を想って行動しているのだ! その我らのの前で道化を演じうようなど侮辱千番!」
「殺せ! 殺して天誅を下せ!」
四方八方の周囲から、魔法弾が放たれる。
それらすべて『やまくま』を狙ったものだ。狙いはそれほど正確ではないか、数が多いだけに一発ぐらいは直撃コースに乗る。
「くまッ!?」
その一撃をかわすために『やまくま』は大きく身を捻った。
その瞬間、木にしがみついていた四十男が地面に落ちる。
「ッ!? どういうことだ!?」
山剣からの引力が消えた!?
「ふう、助かった。……うわああああああああッッ!?」
息つこうとした瞬間に再び四十男の体が浮き上がり、横方向に落ちようとする。
寸前に木の幹に掴まって何とかしのげたが、今の一瞬の間隙は何だったんだ?
「くまままままままま……ッ!」
『やまくま』は、再び四十男へ向けて山剣の切っ先を向けていた。
「まさか……!?」
オレは気づいた。
山剣の引力は、使用者が動いている間は作用しないんじゃないのか、と。
『動かざること山の如し』がポリシーというあの技。ならば動きながら能力を使用するのはポリシーに反する。
そうした制約を課された能力は、フェニーチェの魔法能力にもあった。
ならば四方八方からの魔法弾のつぶては、彼女の集中を乱すには絶好の邪魔者だ。
「くまッ、くまッ!?」
魔法弾が当たりそうになるたび身をひるがえし、その間山剣の引力は停止する。
周囲の連中も警戒しているのか、それぞれ最寄りの木にしがみつきながら、接近してくる様子がない。
これでは山剣の標的を別の者に替えたところでさした効果はないだろう。
このままでは……!
「うおおおおおッッ!?」
オレは動いた。
この局面、状況を打開できるならばオレが動く以外にない。
オレは『やまくま』の着ぐるみに飛びかかると。覆い被さるように抱きしめる。
「くまッ!? 先生どうしたくまッ!?」
声の調子が女に戻ってやがる。
あとで演技指導を追加だな。
「動くな『やまくま』! 魔法弾はオレの体で防ぐ! お前は山剣の操作に集中しろ!」
実際モナド・クリスタルを持たないオレにできることはこの程度だ。
早速魔法弾が、オレの背中に当たって爆ぜた。
「ぐあああッッ!?」
「先生ッ!?」
だが致命傷には至らない。
やはりコイツら、魔法士としても三流。だからこそ大した注意も引かず、レーザの残党狩りから逃げおおせたのだろう。
「この程度の威力なら数分は持つ、それまでにまず、あの男だけでも仕留めるんだ」
「ダメくま! このままじゃ先生が死んじゃうくま! ボクは先生をお助けするために乱入したくま! 先生にはもっと教えてほしいことがあるくま!」
オレがすべきことは、ここからお前を生きて帰すことだ。
テロリストと化した連合残党を止めることが過去へのけじめなら、サンゴ、お前と一緒にマスコットの仕事に打ち込むことは未来の希望。
傭兵隊長として使えるべき主を失い、もはや終わったと思っていたオレの人生に新たな充実を与えてくれたのがフェニーチェ・ドードーとしての生活。
それをサンゴと一緒に取り組むことで、オレの生活はますます充実した。
そして、過去のしがらみが泥のように湧き出してきたコイツらを一掃しないことには、オレは胸を張ってフェニーチェ・ドードーになることはできない。
だからこそオレは、ここで命を懸けなければ。
「ダメくまああああああああああああッッ!?」
……!? なんだ!?
オレはオレの体の中に、何かの力が流れ込んでくるのを感じる。
これは……、魔力?
何故俺の中に魔力が湧き起る? モナド・クリスタルを持っていないのに!?
「だが……!」
降って湧いたようなこの奇跡。戸惑って見過ごすにはこの状況は切迫しすぎている。
迷わず使わせていただこう。
魔力さえあれば、オレも再び魔法を使うことができる。
『金剛騎』と呼ばれた、最強魔法士の魔法を。
「『絶望を拒絶する頑迷よ』『我が身を包んで不死の鎧となれ』『すべては我が支配者のために』!!」
詠唱を通じて魔力発動。
「フルメタル・アルケミスト!!」
この身を包む、さらなる懐かしい感覚。
我が身が鋼鉄のごとき硬さを宿して、あらゆる衝撃をシャットアウトする感触だ。
事実、魔法発動をきっかけに、我が身に命中する魔法弾は、すべて豆鉄砲のごとくはじき返され霧散した。
我が皮膚には、追加の傷一つもない。
「こ、これがレイオン隊長を最強たらしめたオリジナル魔法『フルメタル・アルケミスト』ッ!?」
「みずからの体を硬化させ、いかなる攻撃も無効にする攻防一体の魔法! 『金剛騎』のあだ名も、その魔法こそが由来になったという……!?」
「そんなことよりも! 何故ヤツが魔法を使える!? モナド・クリスタルを所持していないのは確認していたのだろう!?」
「あの人が魔法を使って来たら、オレたち束になっても敵うわけがない!!」
慌ててやがる。
『フルメタル・アルケミスト』で硬化したオレの体は、もはや三流魔法士ごときの魔法攻撃ではビクともしない。
それに包み込まれて守られる『やまくま』も同様だ。
これでいかなる雑音にも惑わされることなく、山剣の発動に集中できる。
「うごぉーーーーッ!? 何をしているノロマども……! このままでは、このままではあああああああッッ!?」
そして、木の幹にしがみつく四十男にも限界が訪れようとしていた。
その手は疲れに震え、もう数秒と自分の体重を気に繋ぎ止めることはできまい。
その時はあっさりと来た。
ズルっと音でも立てそうな感覚で、木の幹を掴み直そうとして掴みそこなった四十男は、真っ逆さまに水平に落ちてきた。
「うわああああああああああああああああッッ!?」