130 不落の落下
『やまくま』ッ!?
何故ここに!?
「先生の危機に駆けつけましたくま!!」
緊張感が極限まで高まる修羅場にぬぼっと間の抜けたクマ登場。当然のように緊張感は萎むように小さくなる。
入り組んだ森の中を跳躍し、シュタッとオレの隣に着地。
さすが日夜オレが鍛えただけあって、着ぐるみを着ても華麗な身のこなしだ。
「なッ、何だあのクマは……!?」
「わからん……! 未開国の奇習か?」
俺を取り囲む残党の皆さんも戸惑うばかりだが、一番戸惑うのはオレだった。
「サンゴ……、いや『やまくま』。誰から聞いて来てここに来たのかは知らんが、今すぐ逃げろ! ここはお前が思うよりずっと危ないところなんだ!」
「心配無用くま! 『やまくま』にはこれがありますくま!」
サンゴ――、もとい『やまくま』は、着ぐるみに包まれた手をそのままだすと、その手の先に気が集中していることがオレの目から見てもわかった。
「こ、これは……!?」
「山剣『イワナガ』クマ!!」
『やまくま』の手に、何処からともなく剣が現れた。
そんなもの、あらかじめどこにも隠されていないということはあらかじめわかっていた。
それなのにあんな剣、何処からどうやって現れた!?
「……ッ!? まさか……!?」
もしやあれが、レーザ=ボルジアのヤツが血眼になって求めているというシンマのみに存在する異能……。
『命剣』か……。
「お前、『命剣』を使えたのか……!?」
「当然くま、カトウ家に連なる者として『天下六剣』のうちの一つ、山剣は嗜みの範囲くま!」
『天下六剣』……ッ!?
どこかでチラリと聞いたことがある。シンマに伝わる『命剣』には、中でもより特別な上位モデルが存在すると。
そのことを言っているのか?
『やまくま』が出した『命剣』は、一見普通の剣と変わらない。オレも傭兵時代、魔法と併用して剣で戦う魔法士を幾人か見てきたから剣には見覚えがある。
しかし今『やまくま』が持っている剣の形は異様で、まず普通両刃であるべきところが片刃。さらに刀身が気持ち反りかえっていた。
さらに山剣の細やかな意匠は、まるで土か岩から引っ張り出したかのように歪な印象で、とても人工のものとは思えない。
「ふ、ふへへへ……! それでどう戦うというのだ!?」
オレたちを取り囲む凶漢ども、その中の一人が不敵な笑いを浮かべた。
それは最初にオレへ誘いをかけてきた四十男だった。やはりアイツがこの集団のリーダーと見て間違いないだろう。
「いきなりの闖入者にいささか驚いたが、こんな着ぐるみのバカ一匹何ができる? ここは子どもの遊び場ではないぞ? そんな格好で現れて何の遊びのつもりだ?」
言いつつ、モナド・クリスタルを嵌められた腕を突き出す。
「お前の存在自体が、我らの聖戦を侮辱するに等しい。そんな着ぐるみに包まったまま、どうやって我らを敵に立ち回るつもりだ!? 満足に動き回ることもできまいに!!」
「動く必要はないくま」
そう言って『やまくま』は、実体化した山剣の切っ先を、四十男へ向けた。まるで狙い定めるように。
「『動かざること山の如し』。それがカトウ家のモットーくま。その家訓に従って、山剣はみずからが動くことなく敵を倒すくま」
「何を戯言を……! 付き合ってられん、さっさと終わらせて……? ……? ッ!? なんだッ!?」
こちらへ飛びかかろうとした四十男が、いきなりバランスを崩して前のめりに転倒した。
あまりにも不自然な転び方だった。
まるで思わぬ方向から思わぬ力で引っ張られたかのような。
「ふあは……!? へ? なんだ……!?」
転んだ当人も状況がわからず戸惑っている。
しかしその間も異常はより大きく顕在化し始めていた。
転んだ四十男が、転んだままズルズルと移動し始めていた。
ズルズル、ズルズルと……。手足も動かさないのに独りでに移動していく。地面に引きずった跡を残して。
「何だ!? 何が起こっている!?」
そしてヤツの向かう先には、オレたちがいた。
あの四十男は、オレたちのいる方へと進んでいる?
いや、正確には違う。正確にあの四十男が向かっているのは、『やまくま』のかざした山剣へ向かってだ。
「まさか……、それがその剣の能力か?」
「使い手の命を剣へと変えるのが『命剣』。そして命と自然が交ざり合い、より特別な形になるのが『天下六剣』くま。そのうちの一振り、我がカトウ家の山剣が交わりし自然の力は、大地の力」
大地には、すべてのものが落ちていく。大地に向かって落ちていく。
そのすべてが大地へ引き寄せられる力を、フェニーチェの魔法研究者たちは重力もしくは引力と名付けた。
大地と交わりし山剣とやらが、大地の力をひとの手によって操れるようにしたならば。
その効果は、引力を操作すること……!?
「ひ、ひぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーッッ!?」
山剣から放たれる引力はますます勢いを増し、その標的となった四十男は坂から転げ落ちていくかのようだった。
幸いというべきか、ここは鬱蒼とした森の中。
すぐ近くに太い幹の木が立っており、四十男は咄嗟にしがみつくことで落下を防ぐことができた。
そう落下。
これは、地面以外へ向かう横方向の落下だ。
そしてその引力は、山剣が発せしものであれば当然向かう先は、山剣そのもの。
切っ先は、今も四十男へピッタリと定められている。
つまり……、ヤツが落ちていく先には……。
「ッ!? やめろ! 助けて! 助けてえええ!」
ヤツ自身も想像がついたのだろう。これまで以上に必死に木の幹にしがみつく。その足は空中に浮き、いまや地面と平行に流れていた。
そう、あの三剣の目的は、狙った標的を引力で引き寄せ、その先に待っている山剣の切っ先で串刺しにすることだったのだ。
なるほど、これから使い手の方から動く理由はまったくない。
『動かざること山の如し』。
彼女の、サンゴの先祖はこうやって敵を刺殺していったのか。
「雷公ユキムラすら恐れた山剣の威力。とくとその身に味わうくま! マナーを守らないお客様にはちょうどいいお仕置きくま!」