129 過去との決別
それからさらに数日が経った。
やっと残党どもから連絡が入り、あらかじめ決められていた暗号によって落ち合う場所が伝えられる。
場所は、街をぐるりと囲む城壁の外。いまだ開拓手付かずな鬱蒼とした森の中だった。
そんな場所だからこそ、秘密の会合にはちょうどよかったのだろう。
「明日ですレイオン殿! ついに明日ですぞ!」
残党の代表と思しき四十男は、鼻息荒く言った。
「明日からついに、悪の法王アレクサンドへの反撃が始まるのです! この地にて暴れ回り、壊して殺し、その責任をすべて現法王庁になすりつけるのです!!」
「フェニーチェとシンマの間に大戦争を起こしてやりましょう! アレクサンドに正義の鉄槌が下ります!!」
他の連中も大興奮だ。
恐らくは既に、マジックワールドの支配人を通して、ここの領主ヤマダ=ユキムラに危機は通達されているだろう。
あのいかにも有能そうな若者は、領内の警戒を最大限に上げて、コイツらを未然に拘束するはずだ。
だがその前に……。
「具体的に、何処で暴れるか計画はあるのか?」
「無論!」
とさらに鼻息荒くなる。
「マジックワールドです!」
「!?」
その答えにオレは身を固くした。
オレがあそこで働いていることをヤツらはまだ知らないらしい。
「あの施設こそ、アレクサンドの欺瞞と卑劣さを象徴しております。あんなニセモノばかりの場所でヘラヘラ笑うバカどもこそ、国を損なう病巣!」
「その能天気な笑顔を、悲鳴と苦痛に引き裂いてやりましょうぞ!!」
「作り話に現を抜かすバカな女子供に、現実を思い知らせてやるのだ! 今フェニーチェは一人の独裁者に牛耳られつつあるという現実を! 現実を知って、正義に立ち上がるのだ!!」
全員が意気揚々と拳を振り上げた。
下卑たシュプレヒコールが森の中でこだましながら奥の方へ吸い込まれていった。
「……ふざけるな」
「は?」
オレはもう、自分を偽る必要をなくした。
コイツらの行動を阻止するために、自分を偽って仲間のふりをするのは、フェニーチェ・ドードーを演じるのとは正反対に苦痛しかなかった。
「できるだけお前らと行動を共にして情報を引き出したいところだったがな。お前らごとき残党から引き出せる有用な情報はもうなさそうだし、何より我慢の限界だ」
オレの新しい場所を、潰されてたまるか。
「お前たちはオレがここで止める」
「何を仰っているのです? アナタは我々と共に、正義のために立ち上がったのでは?」
「ハッキリ言っておいてやる。お前たちがしているのは、現実を受け入れられずに駄々をこねているだけだ。マリアージュ連合は敗北した。それが現実だ!」
敗北は、敗者がそれを受け入れることで初めて成立する。
敗北を受けいれられないものは敗者にすらなることができない。現実を受け入れられない愚者として、いつまでも見苦しい悪足掻きを続けるのだ。
「戦いには結果がある。その結果を受けいれて初めて人はその先に進むことができる。オレはとっくに敗北を受けいれて、先に進もうとしているんだ。敗北を受けいれない、過去に蹲っているだけのお前たちに足を引っ張られてたまるか!」
それだけに飽き足らず、今を生きる人たちへ破壊までもたらそうとする。
お前たちはこの世界の邪魔者以外の何者でもない。
「オレもかつてはお前たちと同じ過去を生きた。だからこそオレの手でけじめを付けさせてもらう。過去から動こうとしないお前たちに、未来を滅茶苦茶にさせないぞ!!」
無論、モナド・クリスタルを持たないオレにできることは少ない。
森の中を見渡しても、十人以上の人間が、漏らさずモナド・クリスタルの腕輪を装着していた。
オレにできるとすればこの中からモナド・クリスタルを奪って魔法を使うことだが、難しいだろうな。
相手もそれを警戒するだろうし、せめて自分用のモナド・クリスタルを分けて貰えるまで仲間のふりを続けていた方がよかったかもしれないが、それまでもうオレの我慢が持たなかった。
それに支配人の話では、オレがどんな経緯でもってもモナド・クリスタルを入手した時点処刑対象となるそうだから、コイツらを叩きのめしたあとにも死が待っているだろう。
失敗して、オレが袋叩きにされて死んだとしても、ここの領主がコイツらの暴走をきっと止めてくれる。
どちらにしろオレもコイツらも、そう遠くないうちに終焉を迎える。
オレが求めるはけじめだ。
傭兵隊長だった過去へのけじめだ。
「……残念です、アナタなら、我々の頼もしい味方になってくれると思っていたのに」
残党どもの目が、見るからに冷たい色に変わった。
「皆の衆、コイツの正体が判明したぞ。コイツはもはや誇り高い傭兵隊長ではない。悪の法王アレクサンドに魂を売り渡した堕落者だ。我らが罰すべきカテゴリの人間だ!!」
ババババッと、モナド・クリスタルの腕輪がはめられた手がオレに向けて突き出される。
四方八方から狙い定められている。
「我らが始める聖戦の、最初の犠牲者となってもらうぞ! 我らの戦いはここから始まるのだ」
「違うな、戦いはもうとっくの昔に終わってる」
それを認められない限り新しい戦いを始めることもできない。
お前たちがしているのはただの犯罪行為だ。
「待つくま!!」
へ?
緊張が一気に高まり、次の瞬間には魔法の撃ち合いに移ろうかと思われたその寸前。
緊張感が一気に消滅する間延びした声。
「雷領でのそれ以上の乱暴狼藉は許さんくま! 一つ、クマの生き血をすすり。二つ、不埒なクマ業三昧。三つ、醜い浮世のクマを……」
まさか、この声は……!?
「退治てくれよう『やまくま』参上くま! 先生、助太刀に参りましたくま!!」