12 ネゴシエーター
「『いくさに打って出る!』とは言いたいものの、問題は山積みでの」
どうしたんです国王陛下?
せっかくカッコよく決められたというのに?
「うーん。おぬしもわかっていると思うが、シンマ王国建国以来、約百年。その間ずっといくさは絶え、今の時代を生きている者で真のいくさを経験している者など一人もおらん」
え?
「そんな者たちが実際にいくさとなって、まともに戦えると思うか?」
えぇ……!?
「無論、我がシンマ王国の誇り、尊厳を守るためには、不当なる言いがかりに断固として対抗せねばならん。殺し合いも辞さぬ。しかし、戦うからには勝たねば意味がないのじゃ」
「それはまあ、そうですが……!?」
「実際のところ、シンマ王都を襲った彼の国の軍艦に、我々は手も足も出んかった。ユキムラ、おぬしが現れなんだら王都は陥落しておっただろう。天下百年の太平に緩み切り、四天王家との連携もうまく取れん。こんな状態で開戦に踏み切り、もし負けでもしたら。我が国が失うのは『命剣』だけでは済まぬ」
ユキマス王の表情からは、隠しようもない不安と恐れが浮かんでいた。
本来なら侮られないためにも必死に表情の裏に隠すべきものを、ここまで明け透けに表すことができるのも王の器の為せる技か。
……それだけ、僕に信頼を置いているということか?
「戦いを避けることも、負けることも許されぬ。こんな国難において、もう一度ユキムラ、おぬしの力を借りたいのじゃ」
そこでまた、その言葉に還ってくるわけか。
「……何を、すればいいんです?」
聞きたくないけど聞くしかなかった。
絶対厄介事に繋がるけれど、僕もまたシンマ王国に生まれ育った者として、国の危機に知らんぷりはできない。
「うむ……、先ほども話したが、フェニーチェ法国の連中は、我がシンマ国内のある場所に拠点を築いておる。使者も、軍艦も、そこからやってきた」
本来は海を隔てて遠く離れたフェニーチェ法国。
そのフェニーチェがシンマ国内に軍事拠点を完成させたと言うなら、シンマは喉元に匕首を突き付けられたと言っていい。
「ユキムラ、おぬしには我がシンマ王国の代表として、その軍事拠点に出向いてほしい」
「出向いて……、どうします?」
「おぬしの采配に任せる。弁を振るって相手を説得し、平和裏のうちに追い返してもよい」
つまり、交渉をせよと。
「しかし交渉であれば、既に何十回と繰り返されて来たのでは?」
「向こうから送られてくる下っ端とな。正直なところそれでは埒が明かんのじゃよ。やはりある程度の位を持った者と直接当たらねば、たしかな約定は得られぬし、相手の意図も見透かせぬ」
そのために敵拠点に赴くと?
拠点ならば、このシンマ王国に影響を与え続ける司令官がいたとしても不思議はない。
フェニーチェ法国本土よりは近いし、手頃なところだろう。
「全面戦争を避けたい、という方針はわかりました。そのために相手の司令官と直接渡り合え、と」
「そうじゃ、本当におぬしは察しがよくて助かるわ!」
「でも何故僕なんです?」
何度も言うが、僕は普請役の下級武士の息子。
交渉なんて本来専門知識を持った人間の仕事で、何の経験も知識ももたずに、ぶっけ本番でできることではない。
そして、普請役の息子として精々金槌と釘を持った仕事しかしたことがない僕に、そっち方面の知識と経験などあるはずがないのだ。
「もっと適任の方がいらっしゃるでしょう? シンマの大臣とか。それこそ生まれも育ちも最上級の官僚さんたちとか?」
「ソイツらが全然使い物にならんのじゃよ」
えぇー?
「さっきも言ったように、シンマ王国の成立から百年。勇猛な武士たちの子孫も、皆等しく育ちのいい坊ちゃんじゃ。何が待っているかわからん敵国の前線基地になど、怖くて行けぬとよ」
ええぇー!?
「さすればこの大役を任せられるのはユキムラ、おぬししかおらぬと思ったのじゃ。おぬしには既に外敵を打ち破った実績があるし、それを鑑みれば相手も滅多なマネには出ぬじゃろう」
ユキマス王は、僕の雷剣を当てにしているというわけか。
たしかに天下泰平に慣れ過ぎた今のシンマ武士で、まともにいくさの役に立つ者はどれだけいるか。
……一瞬、道場にいたボンクラ三人組が頭をよぎった。
むろん、今いるシンマ武士の中でもあんなのはごく少数だと思いたいが、真実いくさになれば多くの血が流れるのは間違いない。
そんな中、雷剣を持ち一騎当千の強さを誇る僕の存在はひときわ輝いて見えることだろう。
実際先日の軍艦騒ぎを一人で鎮めたのは、他ならぬ僕だし。
ひょっとしたら全部を一人で何とかしてくれるかも? ……とか思っても仕方がない。
「頼む! この通りじゃユキムラ!!」
王は、僕に向かって両手を合わせ、ごしごし擦り合わせた。
「おぬしに任せればすべて上手くいく。余はそう確信しておる! おぬしがシンマ王国を守り抜いた暁には望みの褒賞を与えるつもりじゃ! それでどうか!!」
「そ、そう言われましても……!」
僕は困って戸惑うばかりだ。
「おぬしにシンマ王国を守ってほしい。シンマ王国の未来が、おぬしらの肩にかかっておるんじゃ」
まさかそんなことを言われる日が来るとは。
影公ヤスユキが作り上げたシンマ王国。
それを最後まで拒否したがゆえに死んだのが前世の僕だ。
そんな僕が、転生し、一度すべてのしがらみを切り落としたとはいえ、シンマの命運を背負おうというのか。
そこに数奇さを感じることはできようが、変節と捉えてはいけなかった。
僕は既に雷公ユキムラではなく、ヤマダ=ユキムラなのだから。
このシンマ王国で生まれ、シンマ王国で育ったヤマダ=ユキムラなのだから、故郷を愛する気もちは捨ててはならない。
「承知しました」
僕は椅子から降りて跪いた。
「このヤマダ=ユキムラ、シンマ王国に役立つためなら何でもしてみせます」
「おお! そうか! 余は嬉しいぞ!」
太っちょの王様は、みずからもソファから離れ、僕の両手を取った。
「まこと喜ばしい! 我がシンマ王国は新たなる英雄を得たぞ! ユキムラよ、かつての雷公ユキムラは最後までわかり合うことはできなかったが、おぬしは是非とも我が下におってくれ。余に忠誠を誓わずともよい。このシンマ王国の民と土に忠誠心を捧げてくれ。余と共に!」
「御意……!」
ただ一言だけ答えた。
「では陛下、今日のところはこれでおいとまを……」
どうせすぐさま相手の拠点とやらに乗り込むわけではないだろう。今日のところはいい加減気疲れしたから、とっとと家に帰ってぐっすり寝よう。
そう思って腰を上げる僕。
しかしそうは王家が降ろさなかった。
「何を言う、今宵はもう遅いぞ。遠慮せず泊まっていきなさい」
ん?
「おぬしのために客間を用意してあるからの。クロユリ、案内しておあげ」
「かしこまりました、お父様」
「おぬしの夫となる男じゃ、心尽くしのもてなしをしておあげ。シンマの姫として学んできた花嫁作法、存分に活かす時じゃ」
「はい」
んんんッッ!?