126 二つの自分
「ライトクイック、ターン! レフトクイック、ターン!」
「くまッくま! ベアッベア!」
あれから数日経って。
オレことレイオン=オルシーニは、マジックワールドの営業の傍ら、カトウ=サンゴちゃん、もとい『やまくま』にレッスンをつけてやっていた。
「よしいいぞ! ヤマヤマ踊りテクノポップVerはほぼマスターしたな!」
「これも先生のお陰くま! この舶来調の新ヤマヤマ踊りはシンマ全部を魅了すること請け合いくま! 『やまくま』に新たな武器が加わったくま!」
現在、オレは自分のことを「マジックワールドに所属する振付師」ということにして『やまくま』に演技指導を行っている。
オレ自身がマジックワールドのメインマスコット、フェニーチェ・ドードー専属のスーツアクターであることは秘密にしてしまった。
一つは、やはり子供の夢を壊してはいけないという意地。
あくまでもフェニーチェ・ドードーに中の人などいないのだ。
それに加えて、オレという人間とフェニーチェ・ドードーを重ねてほしくなかった。
オレ自身、着ぐるみを脱いだ正体は、とても堅気には見えない外見をしていた。
傭兵時代に鍛え上げられた筋肉、その表面に無数に刻まれた古傷。
眼光は鋭く、真正面から見据えられた相手は大の男でもビビることは知っての通り。
オレという人間は、本質的にフェニーチェ・ドードーとは対極の存在。
子どもたちに夢と安心を与えるフェニーチェ・ドードーとは違う。
だからこそ、『やまくま』をフェニーチェ・ドードー並の人気者に育て上げたい彼女に、期待外れの真の姿などさらしたくはない。
「先生! 次は何を訓練するくま!?」
「当然走り込みだ! スーツアクターたる者、体力は基本中の基本。着ぐるみを付けた上程で激しい運動を行い! 披露してサービスの切れが落ちるなどあってはならん!!」
「ハイくま!!」
元気のいい返事と共に、『やまくま』は夕日に向かって掛けだした。
オレがマジックワールドでの業務を終えてからという限定的なレッスンながらも、『やまくま』は事前に出した宿題をよくこなし、短期間のうちに着実に成長していた。
最近は業務終了してからいそいそと帰るため、同僚たちから「現地妻でもできたか?」とからかわれるほど。
しかし当然オレにはやましい気持ちの欠片もない。
ただ純粋に、この夢に向かってひた走る少女を応援してあげただけだ。
「先生! 雷領一周してきたくま! 次の指示を頼むくま!!」
「よぉし! ではついに……、今日のレッスンの目玉を発表しよう!」
「目玉!? アイボールくま!?」
オレの指導を受けることで、『やまくま』も最近はフェニーチェの言葉に造詣が深くなってきた。
「今回ついに、『やまくま』! お前の持ちネタを伝授する!」
「持ちネタくまーーーッ!? ペッタンペッタンくま!?」
「その餅ではない! 我らマスコットは、それぞれオリジナルのネタを持っていて、個性を主張するのだ! 登場時に重ねることで、ゲストをどっかんどっかん言わせることができるのだ!」
「なるほど! それもまたボクに足りないものだったくまね!!」
オレたちマジックワールド所属のマスコットたちは、先代スーツアクターから代々伝えられてきた一子相伝の持ちネタがある。
しかし昨日今日から新たな時代を刻み始めた『やまくま』には、そうした積み重ねはない。
そこでオレが、フェニーチェ・ドードーとして積み重ねた僅かばかりのノウハウから、まったく新しいネタをクリエイトした!
見よ、その成果を!
「くまった、くまった」
「…………」
『やまくま』当人の反応はいたって鈍かった。
「いや、わからないか? これは『困った』に『クマ』を掛けた……!」
「説明しなくていいくま! 重苦しさが倍加するくまーッ!!」
結局「くまった、くまった」はお蔵入りとなり、何か別の新しい持ちネタをお互いが考えてくるという宿題を出して、今日は解散となった。
* * *
彼女とのレッスンは楽しい。
いや、最近は仕事自体が楽しいと感じられている。
最初にスーツアクターの仕事など言い渡された時はレーザのヤツの嫌がらせに「ふざけているのか」としか思えなかったが、今はその嫌がらせかと思えた作業が、心に充実を与えてくれる。
傭兵の時には、殺到する敵の憎悪と興奮しか感じられなかった。
しかしここでは、同じ殺到するものでも子どもたちの純粋な驚きや喜び。同じその身に浴びるでも、こちらの方が何倍も心地よい。
それに加えてその道に純粋なるひたむきさで駆け上がろうとする若者。
いっそのこと、このフェニーチェから遠く離れた異国の地で、『金剛騎』と仇名された傭兵ではなく、皆の人気者フェニーチェ・ドードーとして朽ち果てていくのもいいかな?
そう思っていた矢先のことだった。
「………………」
『やまくま』とのレッスンからの帰り道。
日も暮れて、人影もなくなった路地に人の気配を感じた。
一つではない、複数。しかもこちらを取り囲むような配置。
オレに用があるのは間違いない。
「しかし何故だ……?」
少なくともオレは、シンマ王国に来てから何かやらかした覚えはない。
誰からか恨みを買ったとも思えないのだが。
そうこう思案しているうちに、取り囲む数人のうちの一人が、オレの目に見える位置に姿を現した。
姿を表したということは、少なくとも襲う気はないということか。
ではなんだ?
「追い剥ぎか何かか?」
オレはノコノコ出てきた不審者に、先んじて尋ねた。
こちらに付け狙われる心当たりがない以上、相手が誰彼かまわず狙い襲う類の人種であると推測するのは当然だ。
「いいえ、違います」
不審者は、首を振った。
四十代の後半に差し掛かった男で、顔つきや服装からフェニーチェ人であることがわかった。
「では人違いだろう」
同じフェニーチェ人ではあったが、オレはこの男にまったく面識がなかった。
「いいえ人違いではありません。アナタが私のことを知らずとも、我々は皆アナタのことを存じています」
「ほう」
「『金剛騎』レイオン=オルシーニ様。邪悪なる法王アレクサンドの野望を打ち砕くため、我々に御助力ください」