125 くまの生まれた地
「そうそれは今から百年前……、シンマ王国成立に繋がる戦乱時代から始まったくま」
「そんなに遡るの!?」
この国の歴史はよく知らないけど百年前って!?
想像以上に壮大な叙事詩に噴く。
「カトウ家の開祖、山公サントキ様は偉大なる山剣の使い手だったくま。その力は、あの雷公ユキムラですら直接の戦いを避けたほどだと言われたくま」
そんなこと言われても、シンマ出身じゃないオレには登場人物がどういう関係にあるのかサッパリ見当もつかない。
『あの雷公ユキムラ』って言われても。
誰それ強いの? 領主のあの人と同じ名前だけど親戚?
「そのサントキ様が、山剣の奥義を会得しようと山に篭られたくま。その時山の神様がくまの姿を取って現れ、サントキ様と三十日に渡って相撲を取ったくま。その結果、サントキ様は最強の山剣『オオヤマツミ』を会得し、雷公ユキムラと互角以上に戦えるようになったくま!」
まあ、どの土地にもありそうな偉人伝説ではあるな。
「それ以来、サントキ様を開祖とするカトウ家ではクマは神聖な動物とされるようになったくま。カトウ家の治める山領では、クマは殺しちゃいけないくま」
「へえ……」
「人里に降りてきて悪さするクマはやもえないから捕まえて、隣接する火領や林領の領地まで行って放すくま」
「ひでえ!!」
しかしまあ何となくわかった。
つまり彼女のカントリーではクマこそ特別な動物であり、キャラクター化するのにもってこいだということか。
さらにサンゴちゃんは『やまくま(パペットVer)』を通じて、何故『やまくま』というキャラクターを作り出したかという動機や経緯を語っていく。
要約すると、貧しさに困窮する故郷を救うため、町興しの手段だった。
「ボクの、もといサンゴちゃんのお父さんは、元々はカトウ家の人間じゃないくま。お婿さんくま」
「ほう」
「カトウ家があまりに領地経営が下手で、山領を貧しくしていくのをシンマ王家が見かねて、立て直し人を送り込んだくま。それがボク……、じゃなくてサンゴちゃんのお父さんくま」
語りをぬいぐるみに仮託しているだけにややこしいなあ。
ややこしいので、ここで一つオレが要約して放そう。
シンマ王家――、要はこの国の支配者の血統であろう。ソイツらが支配者としての責任を果たすため、破綻しかけた一領地へ救いの手を差し伸べることは当然のことだった。
そのために送り込まれたのは、なんと王族当人。
現シンマ王であるシンマ=ユキマスの実弟が、カトウ家の長女と結婚し、入り婿となることで領主の座を獲得したという。
その間に生まれたのが、今目の前にいる彼女。
カトウ=サンゴ。
え?
つまりそれってこの子かなりいとこのお嬢様だってこと!?
お嬢様どころかお姫様!?
「お父さんは、山領を立て直そうと必死に頑張ってるくま。王家に属していた時の名前ミチユキを、ドウサンと改名したのもその証くま」
現山領領主カトウ=ドウサンは、あらゆる面で旧態より遅れている山領を立て直そうとした。
最新の農業技術の導入、学問の奨励、特産物を他の領にアピールするなど、思いつく手は残らず行ったらしい。
しかしそれでも、山領の経済は上向きにならなかった。
山領の、カトウ家の気質は「変わることを拒み、旧態を維持する」こと。
それをもっともらしく言って『動かざること山の如し』という。
それゆえ外からやって来た新領主に、家臣たちは心から従わず、領内の改革にも非協力的であるどころか密かに抵抗しすらした。
遅々として進まない財政の健全化に、王家からもせっつかれる。
追い詰められる父親の姿に、幼い娘は何かしたいと感じるようになった。
「で、そのために取った手段が……!」
「『やまくま』くま!」
……古きを守り新しきを拒むのが家風の一族なのに、その娘がやたら思い切った手段をとったなあ……!
「ボクは、お父さんをお助けしたかったくま! でもいい手段が思いつかなかったくま……!」
ああ、語りを『やまくま』に任せることも忘れて自分語りになっている。
でも、その方がややこしくないのでそのままにしておこう。
「だからボクは、古くからの友だちの相談してみることにしたくま! その子は山領の外の人で、きっといい考えをくれると思ったくま!」
「その子とは?」
「モウリ=カエンちゃんだくま! カエンちゃんは、お隣の火領のお姫様で、よく一緒に遊んだくま。昔から頭がよくて、ボクとっても尊敬していたくま。最近になって、モウリ家から支店の一つを任されるようになったくま。あの年齢では大抜擢くま」
ほう。
シンマでは、貴族も商売か何かをやるのか?
支店を任されたって言うことは、経営主ってことだろう。サンゴちゃんと同じくらいの年齢で、そんな大きな責任を負うとは。たしかに並々ならぬ才覚と窺える。
「そのカエンちゃんに手紙で相談したら『私にいい考えがありんす』とお返事をくれたくま! そこに『やまくま』のことが書いてあったくま!」
そうして、そのカエンさんとやらに勧められるまま、サンゴちゃんは着ぐるみを着て、『やまくま』となった。
その話が本当ならば、真に恐ろしいのはそのカエンという娘ではないだろうか?
マスコット文化がまったく根付いていないシンマ王国で、彼女はどうやってこんな商業アプローチを思いついたのだろう?
あのユキムラとかいう領主も若いながらに侮りがたいが、それ以上の要注意人物かも知れないモウリ=カエン。
オレの心のメモ帳に書き留めておこう。
「『やまくま』の着ぐるみも、カエンちゃんが作ってくれたくま! ボクが雷領にたどり着いた時には、もう用意されてたくま! ……あッ!?」
サンゴちゃんは、何かマズいことに気づいたように周囲を窺った。
「今のは内緒くま。『やまくま』に中の人などいないくま」
「うん、そうだね」
オレだって、その辺の事情は察せられる。
互いに頷き合った。
「しかしボクは、完璧な『やまくま』になるにはまだまだたくさん足りないくま! 『やまくま』の毛皮だけでは足りない! その中に魂が入って初めて『やまくま』は完成するのだくま! でもボクはまだ、『やまくま』の魂をしっかり好みに宿せていないくま!」
クマのパペットがオレの鼻先まで迫る。
「どうかお願いくま! ここにいるフェニーチェ・ドードーに弟子入りさせてほしいくま! ヤツから技術を盗み出して『やまくま』完全体となり、お父さんと山領を助けたいんだくま!!」
……まさか海の果てまで渡ってきて、こんな頼みごとをされることになるとは。
この異国の少女の想いを聞いて、思い起こしたのはかつての自分。
みずからの愚かな選択で滅びていった主家、家族。オレはそれを何とかしようと及ばぬ力で必死に戦った。
そして及ばぬからには当然のように敗北し、仕えるべき主は滅びた。
このサンゴちゃんも同じだ、悪くなる状況に、必死に生まれた環境を支えようと、尊敬する人を助けようと足掻いている。
「わかった……!」
オレは安請け合いをしてしまった。
「オレからフェニーチェ・ドードーに頼んでみよう。キミにマスコットの何たるかを叩きこむように」