123 中の人:クマ編
とにかくオレ――、レイオン=オルシーニは、この女の子を一旦落ち着かせなければならなかった。
まかり間違って『フェニーチェ・ドードーの昼間の園内で淫行!?』などと言う見出しが週刊誌にでも踊ろうものならマジックワールドの危機に直結だ。
とは言えオレは、素顔を晒したら「目つきが怖い」と十人中十人に言われるたちなので、けっこうシビアなミッションだ。
「さー、これでも飲んで落ち着こうねー?」
マジックワールド各所に置いてあるベンチに女の子を座らせて、飲み物を勧める。
少女は戸惑いがちにカップを受け取り、困ったように首を傾げた。
「……そうか。そこにストロー……、細い管みたいなのがあるだろう? そこから吸うんだよ」
この辺り、異国人相手だなとカルチャーギャップを感じる。
戸惑いながらも言われる通り、少女はストローを口にくわえて思い切り吸い上げる。
そして一気に表情が花やいだ。
「……おいしい……!」
「そうだろう! マジックワールド特性のミルクセーキだ」
シェイクとも言う。
「今キミが飲んでるのはフェニーチェ・ドードーをイメージしたストロベリー味で、他にもマルコダックをイメージしたバニラ味や、レディカッコーをイメージしたレモン味もあるぞ!」
「?」
……いかん、ちょっと早口でまくしたて過ぎたか。
説明は相手が聞き取れる速度で……、とオズワルドさん(64)からも言われてたのにな……。
「……まあ、要するにこれもマジックワールドの魅力の一つというわけだ」
「こんな……、おいしいものまで、用意、してるなんて……!」
何やらたどたどしい口調で、少女は震える。
「やっぱり、今のままじゃ、ダメ、だ……! もっともっと、頑張って『やまくま』、しないと……!」
「え?」
ところでこの少女は本当に何者なんだ?
いかにも挙動不審にこのマジックワールドを徘徊し、まるでパークの秘密を探ろうとでもするかのような素振りだった。
しかし外見こそ何の変哲もない少女。
よくよく観察してみると、年齢は十代半ばほどだろうか? 年相応というべき体つきで、背は低くプロポーションもなだらか。
ただ、何故かそれなりに鍛えてある。手足には無駄がない程度に筋肉が覆っていて、野ジカのようにシャープに動ける印象だ。
多分戦闘になれば、下手な男より活躍できるだろうと、かつて傭兵隊長だったオレの感が囁いている。
それなのに確保されてからのこの気弱ぶり。
ますます彼女が何者なのか見当もつかない。
「ええと……、とりあえず事情を詳しく聞かせてくれないか? サンゴさん、だったかな?」
カトウ=サンゴ。
今のところ彼女から聞き出せているのは、その名前だけだ。
外国人のオレはまだまだシンマの文化風習に疎く、それが有り触れた名前なのか、特別な名前なのかもわからない。
「……うーん」
と唸りながら尋ねる。
「サンゴ、さん? キミはどうして、マジックワールドを探るみたいに見回ってたんだ?」
「…………」
少女は何も答えない。
「キミのしていたことは、企業スパイと受け取られる可能性があるんだ。こちらも黙って見過ごすことはできない」
「…………ッ!?」
「どうしても何も喋ってくれないなら、シンマ側の責任者に連絡して、キミの代わりに説明してもらうことになる。たしか領主の……、ヤマダ=ユキムラという人……?」
だったっけ……?
「うあ……! あの、その……!!」
少女は慌てつつも、なかなか意味のある言葉を喋り出せない。
ここでそろそろオレは、彼女は意図的に黙秘しようとしているのではなく、単なる口下手でしかないのだと察しがついてきた。
「…………」
どうしよう。
だとしたら今の一言は脅しが過ぎたかな?
マジックワールドの安全管理に関わることとはいえ、すぐに責任者の名を出して相手に緊張を強いるとは、傭兵隊長時代の癖がまだ抜けてない?
「…………ッ!」
それでも少女は、なんとかうまく口を動かそうとモゴモゴしていたが、やがて決意するように背負っていたリュックサックを下して、中身を探る。
「あッ! おい……!?」
しかもよく見たら、このリュックサック、凝ったデザインのキャラクターものじゃないか。
ぬいぐるみをそのままリュックに仕立て直したような作りで、生地や縫い目などしっかりしているのが一目見ただけでわかる。
しかもこのキャラクターは、どこかで見覚えがあるような……!?
「たしかここの領主が連れていた……!?」
「これくまッ!」
ん!?
なんだ!?
この必要以上に高音の、頭のてっぺんから突き抜けていくような声は!?
しかもどこかで聞き覚えがある!?
「これさえあればバッチリくま! ボク、なんでもゲロッちゃいますくま!!」
少女がぬいぐるみリュックの中から取り出したのは、これまたぬいぐるみ。
ただしかなり小さめの、丸ごと手にはめて指で動かすタイプの人形。
通称ハンドパペットというヤツだ。
しかもそのハンドパペットは、クマの形をしていた。
「こんにちは! ボク『やまくま』! この園を研究しに来ましたくま!!」
「研究……!?」
少女は、パペットを手にはめた途端さっきからは想像もできない饒舌さを発揮した。
手袋人形の口を忙しなくパクパク動かしながら。
「ボクは、もっともっと動けるようにならなくちゃくま! でも自己流では限界があるくま!!」
まるでパペットが彼女の代わりに喋っているかのようだった。
「だから、もっと先を行っているところから学ぶことにしましたくま! そのためにここへやってきましたくま!」
「つまりキミは……!」
シンマ側で活躍するマスコット。
『やまくま』の中の人……!?