122 そして現在へ
そもそもスーツアクターとはなんだ?
オレの傭兵生活をメインとした人生で一度も触れたことのない言葉だった。
この指令所を持ってきた役人から出来るだけ詳しい説明を受けると、何でもスーツアクターなる語句は、着ぐるみなどに入ってそのキャラクターを演じる職業を言うのだそうだ。
そのスーツアクターに、オレがなれと?
しかもフェニーチェにて国民的人気を誇るマジックワールドのメインマスコット、フェニーチェ・ドードーの中身に。
オレも子どもの頃、母親に手を引かれてマジックワールドを訪れた経験は幸いあったため、フェニーチェ・ドードーの存在ぐらいは知っていた。
しかし、オレ自身がフェニーチェ・ドードーになるなんて、これまでの人生で想像したこともなかった。
あってたまるか。
オレのこれまで歩いてきた人生は、マジックワールドのような夢と希望に満ち溢れた世界とは真逆、血と闘争に塗れた傭兵稼業なのだぞ。
その道である程度の出世を極めたオレに、子供だましの片棒を担げと言うのか?
レーザのヤツが何を意図してこんな命令を出したのかわからなかった。
容易に従わないオレに屈辱を与え、言うことを聞く気になるよう仕向けるのか?
そのために今まで培ってきた能力や経歴一切が関係ない別の業界に突き落とし、底辺の気分を味あわせようというのか。
あのレーザにしては陰湿な方法だと思ったが、オレも今さらヤツのお仲間になる以外の細かい命令にいちいち反抗する気力は残っていなかった。
大人しく受け入れ、釈放の後MWC本社へと向かった。
オレはそこで、フェニーチェ・ドードー歴五十年という超筋金入りスーツアクター、オズワルド=カーネギーさん(64)の指導を受けて、一ヶ月という急ピッチで色々叩きこまれる。
そうしてなんとか覚えるべきことを一通り覚えることができた。
スーツアクターとしての心得や、マジックワールドで働くおもてなし精神。フェニーチェ・ドードーが一個の生命として振る舞うために決められた見ぶり手ぶり。
それらを付け焼き刃ながらもモノにできたのはオズワルドさん(64)の御指導の賜物であり、スーツアクターの仕事の大変さ、やりがいを必要以上に教え込まされた。
これは恐らくレーザよりの嫌がらせ以外の何者でもないと受け取ったオレは、あんな冷酷男の思い通りになるものかと、むしろ率先してスーツアクターとしての指導を受けた。
講習が終わり、オズワルドさん(64)から職場に出ていいギリギリというお墨付きをもらって、ついに異国シンマとやらに渡ることとなった。
フェニーチェ法国が新たに国交を結ぼうとしている謎の国、シンマ。
そこへ渡る船に頃にはオレも、さすがにレーザの目的はオレ個人への嫌がらせなどという小さなものではなく、もっと別の大きな意図が絡んでいるのではないか? と思えるようになってきた。
今まで、フェニーチェ人の誰も名前を知らないような遠い異国シンマ。
そこへ歴戦を潜り抜けた猛者魔法士であるオレを、わざわざマスコット・キャラクターに扮して送り込む。
一つ一つの状況は何としたこともないけれど、各種を照らし合わせたらキナ臭い匂いがプンプンとしてくる。
結局レーザは、オレがスーツアクターの研修を受けるようになってからシンマへと旅立つまで一度も顔を見せなかった。
最初に受けた指令以外に、これといった新しい支持も貰っていない。
レーザは、果たしてオレにこの異地で何をやらせようとしているんだ?
本当に、ただマスコットを演じさせるだけが目的なのか?
内にわだかまる不安を決して表には出さないように。
マスコットはゲストを楽しませるものだから、けっして不安を外に漏らしてはならないというオズワルドさん(64)の教えを順守して、今日もフェニーチェ・ドードーを演じ続けるオレだった。
* * *
……以上がオレ――、レイオン=オルシーニがシンマ王国へと至った経緯だ。
今日は久々のオフということで、フェニーチェ・ドードーの着ぐるみを脱ぎ、一人の男性フェニーチェ人として外を練り歩いている。
「とは言ってもその場所は……!」
我が職場、シンマ・マジックワールド。
休日とは言え、まったく知らない土地で行く場所も知らないオレは、他にやることもなく仕事で歩いているのと同じ場所を今日も歩く。
ただぼんやりと歩いているのではなく、着ぐるみを脱いで客としての目線から、新造のマジックワールドにどこか落ち度はないかとチェックして回っているのだ。
「たまの休みだって言うのに……!」
休日ですら頭の中はマジックワールド、フェニーチェ・ドードー。
これは完璧に、テーマパークのスタッフとしての仕事が板についてきたか?
「客足もなかなかだし、異国ということで懸念されていた抵抗感は心配なさそうだな」
その辺りは、この地域を治める領主の手腕が効いているようだ。
ヤマダ=ユキムラだったか?
異国のネーミングはいまだ勝手がわからないため、これが有り触れた名前なのかどうかもしれないが、少なくとも才覚の方は稀に見る逸材だ。
こちらが異国にテーマパークを建てた意図も即座に看破したようだし。
あの有能好きのレーザが、自分の実妹を嫁に沿わせたという事実一点から見ても、あの異人領主の才覚の強さが見て取れる。
「……いや」
何を考えているんだオレは?
そんなことはマジックワールドでゲストをもてなすフェニーチェ・ドードーにはまったく関係ないことじゃないか。
かつて傭兵隊長だったレイオン=オルシーニの思考は、捨て去れ。
レーザのヤツがオレに何を期待しているのか知らないが、これはオレにとってもいい機会だと思えばいい。
かつてのオレの業績、武名をまったく知らないこの異国シンマで、傭兵稼業とはまったく関係ないテーマパークのスタッフとして、新たな人生を歩むのだ!
「そうと決まったら、また園内一周して、サービスの行き届いてないところや問題点を探しますか。……あれ?」
そうして注意深く園内を観察していると、ある不審なものに気が付いた。
観察眼を意識していたからこそ気づけたのだろう。
それは女の子だった。
テーマパークに女の子がいるのは普通にお客ってことだろうが、その挙動がお客にしてはあまりにも不審だ。
何と言うか……、物陰に隠れつつ、アトラクションやマスコットを注意深く観察している。
「企業スパイ……?」
そういうものもあるとは聞いたが、今までテーマパークという概念自体がなかったシンマ人の企業スパイ?
ありえるか? と思いつつ無視するわけにもいかないので、声をかけることにした。
「……あのキミ?」
「ひえええええーーーーーーーーーーーーーッッ!?」
うわ、ビックリした!?
背後から急に声をかけたのがいけなかったのか、少女はオレの呼びかけにビックリして飛びあがり、その悲鳴にオレまでビックリしてしまった。
「す、すまないオレは怪しい者ではない。このパークの関係者で……、えッ!?」
「緊急脱出ーーーーーーーーッッ!!」
少女はオレへの返事すらも残さず凄まじいスピードで逃げ去っていく。
何故逃げる?
……まさか本当に企業スパイ!?
「待てーーーーーーーーーーーッッ!!」
とにかくこのまま逃がしてなるものかとオレも全速力で追跡する。
幸い少女の体力は見た目相応で、かつてフェニーチェの戦場を西へ東へ駆け回ったオレの脚力には敵わず、あえなく捕獲。
「ひぇぇぇーーーッッ!?」
「つ、捕まえたぞ……!」
後ろから両腕で羽交い絞めにするが、相手が年端もいかぬ少女だけにあまり他人には見せたくない絵面だ。
ヘタに相手を傷つけてシンマとの国際問題になったら……、オレが演じるフェニーチェ・ドードーのイメージダウンにもなりかねない。
「どうか落ち着いてくれ。オレはここの関係者だって言っただろう?」
「……ッ!」
「職務上、ここの安全を守る責任があるんだ……! キミのような不審な行動をとっていたら、事情を聞かないわけにはいかないんだよ……!」
「……ッッ!!」
「せめて名前だけでも教えてくれないかな……?」
どうしたものかと途方に暮れていたら、少女はボソリと、聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で、言った。
「……サンゴ」
「え?」
「カトウ=サンゴ、……です」
そのシンマ人の少女は、カトウ=サンゴと名乗った。