121 着ぐるみへと至る
初めて相対したレーザ=ボルジアは、噂に違わぬ冷たい烈気をまとった丈夫だった。
しかし初めて会ったような気分ではなかった。
彼の評判はそれなりに耳に届いていたし、新法王即位に伴う情報分析において、彼こそが要であると見抜いたオレは、とくに彼の情報を優先して集めるよう密偵に命じておいた。
時に全力をもって憎むべき敵は、数年来の友人以上に多くのことを知らねばならない。
相手のすべてを理解しなければその思考を呼んで、先んじる行動を出来ないからだ。
しかもそれは相手も同じだった。
「貴様が『金剛騎』レイオンか。……なるほどたしかに恐ろしい目つきだな」
勝者の優越をもってヤツは言った。
「貴様はこたびの戦いで、もっとも多く兵を殺してくれた。……まあ、その辺は気に病む必要はない。どうせ鎮圧した反乱軍より召し上げた投降兵ばかりだ。出来るだけ早く振るいにかけたいと思っていたところ、手間が省けて助かった」
簡単に死ぬ兵は役に立たない。役に立つ兵だけを残したいとそういうことか。
「そして『金剛騎』レイオンよ。役に立つというならこたびの諸反乱において貴様以上の者はおるまい」
レーザは言った。
「あのバカどもの陣営において、最後まで我々との同盟を堅持しようとした話も伝え聞いている。にも拘らず決裂が決まったならば旧志を速やかに捨て、眼前の対処に全力を注ぐ。戦闘者として理想的な判断力だ。自分たちの望む決断を下してなおグダグダしていたグズどもとは大違いだな?」
「何が言いたい?」
堪らず口を開いたオレに、レーザは率直に言うのだった。
「余の部下になれ」
と。
「余は、役立つ者を好む。『金剛騎』レイオンよ。貴様の才能と賢明さは宝石よりも貴重だ。その能力をこれより余の下で役立てよ」
優れた敵を許し、登用することは、勝者の度量を示す手段として多分に使われる。
だから今回のレーザの決断もさして珍しいことではなかった。
だが、レーザのヤツは天才であったも異形の天才だった。
オレの想定内の奇行をしても、同時に想定外の奇行も同時にした。
それは、オレがレーザに下る条件を述べた時のことだ。
「我が主の身の安全を保障してくれるなら、オレはアンタのために喜んで死のう」
これもまた戦場の、ある意味でのパターン。敵の総大将――、特に位の高い貴族ともなれば生かしておいて政治利用を考えるのが筋だ。
オレもまた、捕えられた主をレーザは生かして活用するだろうと予測し、その待遇を少しでもよくするためにレーザの軍門に下ろうとした。
「ダメだ」
しかしレーザは常識を容易く覆してきた。
「あの愚か者は殺す。あれは生かしておいても余の役には少しも立たぬ。役立たずは処分する。それが余の法だ」
フェニーチェで五本の指に入る大貴族の当主を、あっさり殺すと言ってきたのだ。
「ましてヤツは、我が父アレクサンドと取り交わした同盟の約束を通達もなく破棄し、背後から不意打ち同然に襲い掛かってきた。そのような裏切り者は、絶対に許さないということを国土の隅々にまで知らしめなければならん!」
そのために我が主は、貴族に許された特権的な自害も許されず、衆目の下で公開処刑に処されるという。
大貴族の当主として、この上ない屈辱の最期だった。
「『金剛騎』レイオンよ。貴様もこれから余に仕えるに、旧主などおっては忠誠に紛れが起り心苦しかろう。禍根はすべて余が払い去ってやる故、今日より心置きなく余を主と認めるがいい!」
* * *
オレはレーザの要求を拒否した。
拒否すれば殺される以外にないのはわかっていたが、それでも拒否した。
我が生家の伝手から仕えることとなった大貴族。その主人に、オレは自分でも驚くほどの忠義心を持っていたようだった。
あの人が死ぬなら、オレも共に。
そう思えるぐらいの。
だからオレは、迷わずレーザの要求を拒否した。
そしてあの人を処刑するのなら、ともに殺してほしいと願い出た。
レーザは、その返答が心底意外だったらしく、しばらく本気で戸惑う様子を隠そうともしなかったが、すぐに落ち着きを取り戻して……。
「ならん、お前は有能な人間だ。能力があればそれを余のために役立てねばならん。それがこれからのフェニーチェの法だ」
ならば主の助命を、と願い出ても、それも無碍に断られた。
「あの者は無能だ。能なき者は存在してはならない。それもこれからのフェニーチェの法だ」
結局押し問答がいくらか進んだあと、音を上げたようにレーザは言った。
「よかろう、貴様を我が配下に加えることは保留としておく。しかし貴様を殺すことは絶対にまかりならん」
最終的な決定が下された。
「『金剛騎』レイオン。貴様の偉才、意味もなく消し去ることは絶対に許さん。お前の能力は有効に使われなければならんのだ。お前には別の、特別な使命を与える」
「?」
そうしてオレは結局、敗将の身のままで生き永らえることになった。
オレの使えていた大貴族が処刑執行されたのを、オレは囚われた牢の中で聞かされた。
もはやオレの武運は尽きた。
そう思った。
今更、新しい主に阿ってまで武勇の場を求め、武名を上げたとしてそれが何になる。
レーザは今でもオレの武力を求めていたようだが、アイツの役に立つことだけはこの身が全力で拒否した。
僅かばかり残った反骨心の為せる業だろう。
それからまた少しの時が立ち、牢屋生活も慣れてきたオレに新たな司令なるものが下った。
これが「レーザの部下として新しい戦いに備えよ」とかいう類だったら指令所をビリビリに引き裂いているかと思ったが、書かれた内容を呼んでオレは絶句した。
『貴公レイオン=オルシーニは本日をもってその身柄をマジックワールドカンパニー(以下MWC)の預かりとし、スーツアクター部門に所属。メインマスコットであるフェニーチェ・ドードー専属アクターの実地研修を受けたのち、シンマ王国に開設を予定するマジックワールド新支部への転属を命じる』
!?
となった。