11 暴発に至るまで
「それはまた……!!」
そう異国人から要求された時の、シンマ王国上層部の荒れようが目に浮かびそうだ。
『命剣』の中でも遥かな高みに君臨する『天下六剣』。
それこそシンマ王国にとって最高の聖域。
「要求された当時は、まだ雷剣の復活が明かされていなかったから『天下五剣』と称されていたがのう」
「お父様、そんな些末なことはどうでもいいのです」
とにかくフェニーチェ法国は、シンマの誇りそのものを気軽に「くれよ」と要求してきたわけか。
しかし『命剣』を作り出す能力は、技術でなく血統によるところが大きいから、シンマの人間以外に修得は不可能だ。
『天下五剣』ともなれば、所持できるのは最高権力者シンマ王家と、それに次ぐ四天王家しか……。
「フェニーチェ法国の使節は『本国で研究するため、五剣の所有者をそれぞれ一人ずつ我が国に連れ帰りたい』などとほざきました。それだけでも堪忍袋の緒が切れる話です。王家の中には『使者を斬り捨ててしまえ』という意見さえ出ましたが……」
「余はそこまで手荒なマネはしとうなくての」
ユキマス王が飄々と言った。
「別にハッキリ嫌だと言わずとも、態度を曖昧にして回答を先送りにすれば、待ちくたびれて帰るものかと思っていた。それが一番角が立たん。酒食をもってもてなし続け、議論そのものは棚上げ。そんなことを何日も続けていたら、向こう側がキレた」
「その挙句が、あの軍艦騒ぎですか?」
軍事力によって、力づくで『天下六剣』を奪おうと?
「いや正直、おぬしが居合せなかったらどうなっておったかと思うよ」
王様は、でっぷりと肥えたお腹を叩きながら哄笑した。
「余はこの通り、もう歳で剣の稽古など辞めてしまって久しいからのう。頼りとすべき四天王家の英傑たちも、国許に帰っておったり、どこぞに視察に出ておったりで、当時王都は完全にもぬけの殻じゃった」
「交渉のため数日前から王城内に滞在していたフェニーチェ法国の使節ですから、こちらの無防備な時を探り選ぶことも可能だったでしょうが、それも含めて我が国は油断が過ぎたと言うべきです」
「初代ヤスユキ王が天下を治めてより百年。そろそろ平和ボケが深刻になってきたというべきかの。ま、今回は無名の義士が隠れておったため、事なきを得たがの!!」
と言って、僕の肩をバンバン叩く王様。
なるほど、フェニーチェ法国側としては相手の油断を突いた奇襲により王城を制圧するなり、シンマ国王を人質に取るなりすれば、どんな無茶な要求を通すこともできる。
その目論見が、僕という異分子一個により瓦解したわけか。
考えてみるとなんか哀れだ。
「しかし、ヤツらは諦めんかった」
「は?」
「おぬしが軍艦を海の藻屑と沈めてすぐ、新たなフェニーチェ特使がやって来た」
「もう? 早すぎではありませんか?」
事件から数日しか経っていないのに。
「どうやらヤツらは、我がシンマ国内のいずこかに拠点を築き、進駐軍を置いておるらしい。先日攻めてきた軍艦も、そこからやって来たとのことじゃ。新しい使者もの」
我が国内にそんなものを作られていたというのか!?
全然知らなかったぞ!?
「それもまた、彼の国が長い時間とともに培ってきた魔法技術の為せる技よ。……しかし、我々には彼らの高い技術力に驚いている暇などなかった」
「……!?」
「新たな特使は、こう申しおったのじゃ。『我が国の使節に暴力を働き、不当に収監せしシンマ王国。その行状甚だ非礼なり』と」
「言いがかりですな」
「左様、しかし知性を感じる言いがかりじゃ」
要は、僕がフェニーチェ法国の軍艦を沈めたのは、一方的にシンマ王国が悪い、と相手は言っているのだ。
先に殴ってきたのはあっちである、という事実は棚に上げて。
「……で、その先は?」
「ふぉっ……、敏いのう……。お察しの通り、ヤツらの言い分には先がある。『この不当行為の賠償として、シンマ王国の「命剣」及び「天下六剣」の情報を開示せよ』」
「『さもなければ開戦す』。……と言ったところですか」
フェニーチェの狙いはここまで来ても『命剣』一辺倒。
何故ここまで『命剣』に執着するのかは謎だが、結局のところこの恫喝、ユキマス王が言うように計画性を伴っている。
ただ単に自分たちの落ち度を誤魔化そうと逆ギレしているわけではない。
「……いかにも、ヤツらはこの機に乗じ、戦火を厭わずシンマの『命剣』を手に入れようと押し出てきたわけじゃ」
「血を流すというのであれば、軍艦を動かした時点で、その流れは出来ていました」
「その流れを、連中は押し留めるどころか逆に乗ってきたというわけじゃな。ユキムラ、おぬしの言う通りこの要求を突っぱねれば、あとは戦争あるのみじゃ。向こうもハッキリそう申しておる」
それが、この状況においてフェニーチェ法国が作り上げた流れ。
脅しにビビってシンマが要求を飲めば、戦わずして望むものが手に入る。要求を飲まなければ、その時こそ戦って奪い取るのみ。
そう言う流れだ。
「用意しているお答えは?」
「『否』じゃ」
ユキマス王は、苦々しいがハッキリ言われた。
「ここで異国の恫喝に屈し、シンマの宝を差し出してみよ。余は初代ヤスユキ王を始めとするご先祖様たちに申し訳が立たぬ。今生きておる家臣たちも余を王とは認めなくなるじゃろう」
「シンマ王家は本来武士の家系ですからね。挑まれたいくさから逃げては、それこそ不信は免れません」
「まったく、そんなのは百年も前の話で、余の生まれた頃から天下は太平だったんじゃがのう。しかし余の王たる拠り所が、初代ヤスユキ王の戦いである以上は仕方がない」
太平の王というべきユキマス陛下は、それでも太鼓腹に力を込めて宣言した。
「異国よりの恥知らずな言いがかり、受けて立たねば武門の恥よ。シンマ王国はこれより太平の眠りから目覚め、百年ぶりのいくさに打って出る!」
と。
実に王の威厳に満ち溢れたものだった。
「……でじゃ、ユキムラ」
「はい」
「助けてくれんかの?」
はい?