118 対決
『やまくま』とフェニーチェ・ドードー。
まさかの可愛い対決に、雷領の話題はそれ一色に塗り潰された。
「食らうくま! 『やまくま』神拳奥義! 『やまくま』ヤマヤマ踊りくま!!」
敵の前に出るなり、『やまくま』が軽快に踊り出した。
しかしまだ勝負の申し入れすらしていないんだけど。
「そういうことでどうだろうか?」
僕が趣旨をまとめて説明すると、鳥の着ぐるみは体のどの辺りからそうなのかわからない首を縦に振った。
「いいヨ。こちらも新規オープンに伴って、何か現地とのコラボイベントがあったらいいなと思ってたんだ」
「こ、こらぼ……?」
この鳥、見た目は普通に子どもウケする可愛さだけど、実際何を考えているかイマイチ不明だ。
レーザとかカエン嬢とはまた別の意味での底知れなさを感じるのは、僕の気にしすぎだろうか?
「ならば、我が奥義を受けて絶命しろくま! 『やまくま』御剣流奥義あまかけるくまのひらめき! くまー!」
「こちらも負けないヨ! フェニーチェ・ドードー77の必殺技の一つ、はばたき!」
なんかノリにつき合って一緒に踊ってくださっている。
そんなわけで、我らがシンマを代表するキャラクター『やまくま』とフェニーチェ・マジックワールドの看板フェニーチェ・ドードーとの可愛い勝負が始まった。
「でも可愛い勝負なんて、どういう方法で競い合って、どうやって優劣を決定するの?」
「そんなの決まっているくま!!」
クマ野郎が奮起して言う。
「真に可愛いなる者は、皆から認められるものくま! 普段通りの振る舞いを行うだけで、皆がボクを可愛いと思ってくれるはずくま!!」
野獣のかまえを取るクマ。
「見るがいいくま! 『やまくま』奥義ヤマヤマ踊りくま!!」
そしてまた軽快ながらも激しい動作で踊り始めた。
「説明しよう! ヤマヤマ踊りとは、山領に古くから伝わる伝統芸能くま! 今でもお祭りの日には、領民領主分け隔てなく皆踊っているくま!」
「そんなダサい踊りを……!?」
思わず本音が出てしまった。
でもまあ、一応くまのヤツも故郷の山領を活性化するという初志を忘れていなかったようで一安心というべきか……。
「ボクは『やまくま』を通じて、ヤマヤマ踊りをシンマ中に周知させるんだくま! そして立派な山領の観光資源にしてみせるんだくま―ッ!!」
やまやま やましいことなんないくま。
やまやま やまかんあたるくま。
やせてもかれても やまのにぎわい みんなでたのしくおどるくま
ハぁ や~そォれ~ ほ~まイけぇ~。
やまやまやまやまやまやまやまやまやまやまやまやまやまやまやまや……。
くまくまくまくまくまくまくまくまくまくまくまくまくまくまくまく……。
くまったときでもだいじょうぶ。
やまくまがいればだういじょうぶ。
くまッッ!!
……という歌詞を歌い上げて、『やまくま』は見事に踊りきった。
「ハァハァ……! どうくまッ!?」
踊りはそれなりに体力を消費するらしい。
まあんな着ぐるみ被ったまま踊れば当然疲れもするだろうが……。
「さあ、これが『やまくま』の本気の芸くま! これを超える動きが果たしてお前逃げ切るくま!?」
「その前に、ちょっと待っててネ」
挑戦的なクマの物言いに、鳥は一向かまう様子もなく、別の方向へ歩き出す。
「どこへ行くくま!? 勝負を投げるくま!?」
「勝負よりもっと大切なことがあるんだヨ」
ところで今僕らがいるここは、問題のマジックワールドの入場口。今日も雷領で数少ない子どもたちが、この場にて夢を体験しようと集まってきた。
「welcometoようこそマジックワールドへ!」
「「「「わー! ふぇにーちぇ・どーどーだぁ~~!!」」」」
子どもたちに鳥は大人気。
皆で着ぐるみの下へ駆け集まる。
「みんな、今日は来てくれてありがとう! 心行くまで楽しんでいってね!」
「どーどー! だっこしてー!」
「たかいたかいして! どーどー!」
子どもたちから大人気である。
フェニーチェ・ドードーは、目の前の勝負よりもお客さん――、とりわけ子どもをもてなすことを優先させたというのか。
「負けたくまーーーッ!!」
その光景を見て『やまくま』は膝から崩れ落ちた。
いや、あの着ぐるみのどの辺が膝なのか僕には一目でわかりづらいが。
「ボクは……、勝利に目がくらんで大切なことを忘れていたくま……! ボクら何よりもまず、人々を笑顔にして楽しんでもらうための存在だったくま……!」
あ、はい。
そういえばそうだったような?
「それなのにボクは、勝つことばかりを考えてお客さんのことなど忘れていたくま……! これではキャラクター失格くま……! 勝ち負け以前に、勝負する資格もなかったくま!!」
なんか一人で悟っておられる。
「フェニーチェ・ドードーは、フェニーチェ法国が国策として運営しているマジックワールドの象徴キャラクター」
「あ、カエンさん?」
またしてもモウリ家のカエン嬢が。
コイツことあるごとに重要な立ち位置保持してない?
「そのために蓄積させてきた接客ノウハウは、昨日今日始まった『やまくま』とは比べ物にならぬのでありんしょう。それこそ、我がモウリ家が蔵する遊郭の作法に匹敵するほどでありんす」
そうだよね。
アナタたちモウリ家が治める火領の主要産業は売春だもんね。
「サンゴさん……、いいえ『やまくま』さん。アナタが立ち向かうに、フェニーチェ・ドードーはこの上なく巨大な相手でありんす」
「くまッ……!?」
「しかし、その障害を乗り越えないことには『やまくま』は真のマスコット・キャラクターにはなれんのでありんす。ここが踏ん張りどころですよ……!」
ここで諦めてしまうか。
それでもなお立ち向かうか。
「どういたしんす『やまくま』さん!?」
「もちろん戦うくま! 尻尾を巻いて逃げたりしないくま! クマに巻けるほど長い尻尾はないくま!!」
よくわからんことを言って『やまくま』は奮起した。
「勝負はまだまだ続くくま! ボクは必ず、フェニーチェ・ドードーを汲まくまにしてみせるくま!!」
どうやら勝負は、このままでは終わらないようだった。
* * *
……さて。
突然ではあるが、物語はここから一時この僕――ヤマダ=ユキムラの視点を離れ、別の者を基準点において進めていくことになる。
そのものは敗北者であり、流浪者であり、自分の真の名前を失った男。
その者の目、そのものの語りこそ、これからこの物語を紡ぐのにもっともふさわしいであろう。
その者の名はレイオン=オルシーニ。
一応いないとされているフェニーチェ・ドードーの中の人である。