113 地域制覇
こうして我が雷領に、謎のゆるふわキャラクター『やまくま』が居つくようになって、はや数週間。
その効果はいかほどになっているかというと……。
* * *
最近領内を歩いていると、やたらと『やまくま』を見かけるようになった。
念のため言っておくが、『やまくま』というのはあのカトウ=サンゴが被っている着ぐるみのキャラクター? なるものの名前だ。
我が雷領にも着実にフェニーチェの外来語が定着中。
で、問題の『やまくま』を見かける件だが、とにかくあちこちで見かける。
しかも中にカトウ=サンゴが入っている当クマ(?)ではない。
『やまくま』の絵が描かれている手ぬぐいとか、『やまくま』の形に彫られた印籠の根付とか。
凄い時には『やまくま』の柄が染められた服とか普通に来ている猛者が居たりして、『やまくま』は確実に雷領で流行の兆しを見せ始めていた。
さらなる兆候として、領主邸宅に帰るとこんなことに。
「あ、ユキムラお帰りなさい!」
「今日も領地の見回りご苦労なことだ!」
邸宅で留守番していた我が妻クロユリ姫とルクレシェア、さらに『やまくま』。それと『やまくま』。もう一つ『やまくま』。『やまくま』『やまくま』『やまくま』。
『やまくま』が部屋中いっぱいにいた。
もちろん全部がカトウ=サンゴの入った本物(?)とは違う。代わりに綿がパンパンに入ったぬいぐるみというヤツだ。
なんでも大小さまざまな大きさのものが種類分けされて売られており、それが我が家の一室を埋め尽くしていた。
「ねえユキムラ見て見て! 『やまくま』ぬいぐるみの第五増産記念に限定で作られた『なしやまくま』よ! つい我慢できなくて買っちゃった!」
「我とクロユリの共同購入だから、怒らないでくれよユキムラ! それもこれも『やまくま』が可愛いのが悪いんだからな!!」
つまりこの二人。
『やまくま』に超ハマっておられた。
いやこの二人だけでなく、いまや雷領の半数近くが『やまくま』に夢中となって、関連する品物を買い漁っている。
『やまくま』ぬいぐるみ。
『やまくま』手ぬぐい。
『やまくま』根付。
『やまくま』羽織。
他色々。
生産元は山領であり、そのため『山領に貢献する』大元の目的は今だブレていないからまだいいとして。
……正直こんなに社会現象になるとは思ってもみなかった。
「Hey! クロユリ様、ルクレシェア様! お迎えに来たネー!」
そして巨乳のジュディ。
コイツまでも。
「あらいらっしゃいジュディさん。もう待ち合わせの時間?」
「って待て!? なんだお前のその背中に背負ってるヤツ!?」
何やらジュディの背中に、『やまくま』が張り付いていた。と言うか、『やまくま』のぬいぐるみらしきものから二つの布状の輪っかが出ており、それをジュディの両腕に通すことで背に背負っているのだと推測された。
「これはナウなヤングにビッグブームの『ものくま』リュックサックデース!!」
「なにぃーッ!?」
「そんな新商品が!? わたくしたち知らないわよ!?」
大盛り上がりの女性陣。
「チッチッチ。クロユリ様もルクレシェア様もまだまだ甘いデース。これは市販品ではないネー!」
「ええッ!? ということは……!?」
「ザッツライ! これはミーのお手製品デース!! みずからの手で『やまくま』グッズをクリエイト! これこそ真の『やまくま』ファンのなせるわざネー!」
HAHAHAHAHAHAHAHAHA! と高笑いするジュディ。
しかし……。
「そんなわけあらしません」
ガシッとジュディの頭を掴むのは、またしても唐突に現れたモウリ=カエン嬢。
「oh!? 灼熱のゲイシャガール来たネーッ!? ミーもタチカゼさんと同じでこの人苦手デース!?」
「『やまくま』の無登録二次製品は立派な海賊版ですよ? あっちで詳しい話をお聞きいたしましょうか?」
「ノーゥ!? ヘルプミーデース!?」
しかし無慈悲にジュディはズルズル引きずられていった。
……案外罪深いんだな。海賊版の作成って。
「今日も絶好調くま!!」
そうこう言っているうちに、ついに本物の『やまくま』が現れた。
つまり中にカトウ=サンゴが入った『やまくま』だ。
「「きゃー! 本物だー!!」」
クロユリ姫とルクレシェアが一目散に駆け寄って、左右から抱きつく。
最初に遭遇した時は決してあんな扱いではなかった。
「な……、なんか調子がいいみたいだねえ?」
「はいくま! ボクもここまで人気が出るとは思わなかったくま! 今や雷領の皆は僕の虜くま!!」
決して誇張の表現ではない。
領主夫人であるクロユリ姫やルクレシェアまでこのザマなのだから。雷領は『やまくま』の魅力に制圧されたと言っていいだろう。
「とってもいい感じくま! このまま『やまくま』人気に山領を乗っけて、我が故郷をシンマ王国一有名な領にしてみせるくま! くまっしゅ! くまっしゅ!」
…………。
よくわからないが新ネタらしい。
「その前に……」
カエンのヤツが、ジュディを搾り終えて戻ってきた。
「この『やまくま』リュックサックは、正式な商品として量産化し販売することが決まったでありんす」
「しっかりしてるなあ……」
「それよりもサンゴさん、ここで満足してはいけませんよ」
「くま?」と『やまくま』は首を捻る。
「今日、フェニーチェ法国から新たな使節がお船に乗ってやってきます」
そう。
雷領限定ではあるものの本格的に交流が始まったシンマとフェニーチェの二国。
フェニーチェは本格的に雷領へ人員を送り込んでいる。
そのほとんどは、交流名目で『命剣』を解析研究する魔法研究者たちだが、他にも様々な事情で異国シンマに渡ってくるフェニーチェ人がいて、そういう人たちを何回かに分けて乗せる船の一つが、今日到着するというわけだった。
「サンゴさん、今日アナタをここにお呼びしたのは他でもありません。そのフェニーチェより遥々海を渡ってこられた方々を、アナタが直々に出迎えるんです」
「おお! それで異国の人たちも『やまくま』の虜にするくまね!?」
「そういうことです! サンゴさん、アナタはこんなところで満足してはいけませんよ! 目指すは世界! 『やまくま』の名を世界に轟かせるでありんす!」
「くまー!!」
サンゴ本人はともかく、カエン嬢は一体どこまで先を見通しているんだろうか?
なんか最終的にとんでもない目標を持っていそうで彼女のことが怖い。
とにかく、今日の予定で一番大切なのは、フェニーチェからの新たな人員を受け入れ、出迎えること。
ジュディがやって来たのもそのためだし、僕らは準備完了させて一同揃ってゾロゾロと港へ向かった。
そして……。
つつがなく到着したフェニーチェ船。そこで出迎える僕らが目撃したのは……。
何だか大きい鳥の着ぐるみだった。