112 ゆるキャラ
「ええー?」
僕は突然振られた話に困惑せざるをえない。
ある意味勝手にやって来て勝手に始めたカトウ=サンゴの山領告知活動に、雷領主である僕が許可を与えたら完全なお墨付きじゃないか。
「よろしくお願いするくま!!」
隣で踊ってたクマが急に話に割って入る。
「山領は、これまでの不器用な治政ですっかり元気をなくしているくま! そんな山領を応援するためにも、皆に、これまで知られていない山領のよさを伝えていきたいんだくま!!」
クマが縋りついてくる!?
「『やまくま』は、そのために雷領へ襲来した親善大使なのですくま! どうかこの『やまくま』に、雷領の人たちとお友だちになれる機会をくださいくまァァーーー!」
「具体的に……!」
助け船を出すようにクロユリ姫は言った。
「サンゴさんは山領のどういったところを宣伝していきたいの?」
「よくぞ聞いてくれたくま! たとえばこれくま!!」
じゃじゃーん!
とクマが差し出す手の中に、一個の梨が握られていた。
どこから出した。
「梨?」
「そういえばタチカゼさんがお裾分けに持ってきたのも梨だったわね?」
山領カトウ家に嫁入りしたお姉さんが送ってくれたんだよね?
「梨は! 我が山領の名物なのくま!」
「え?」
その主張に、クロユリ姫が真っ先に訝しんだ。
「……ウソでしょう? 梨の生産シンマ一は、林領のはずよ?」
「くまッ!?」
その指摘に、『やまくま』はビクリとする。
……。
おい、虚偽広告はさすがに取り締まり対象だぞ。
「いえ、山領で梨の生産が活発であったのはたしかでありんす」
「カエンさん?」
「シンマ王国初期の資料は探せばいくらでも出てきますんで。……それによるとシンマ王国と共に山領発足初期、梨の生産は間違いなくシンマ王国一で、主要生産品の一つに数えられていんした。もっとも出来のよいものは献上品としてシンマ王家に捧げられた記録もありんす」
じゃあ、クロユリ姫が言ってた話の方がウソ?
「それが百年の経過によって変わってくるのでありんす。四天王家の一、ナベシマ家が治める林領では農産が盛んなのでありんす」
長い時間を掛けた品種改良や、農業技術の発達によってより糖度の高い梨を大量に生産した林領は、その品種に何とかいうご大層な名前をつけて大規模な販売戦略を展開。
ついでにその梨を利用したお菓子や料理も発明していき、ついには名物の名を山領からもぎ取ってしまったのだとか。
「それがここ数年のことでありんす。今では完全に林領に圧倒され、梨といえば林領、と言われるようになってしまったのでありんす」
時の流れはまことに世知辛いものだった。
「そ、それでも我が山領の梨だって、美味しいしたくさん採れるくま! 林領の梨にも決して負けないくま!!」
まあ、たしかにタチカゼがお裾分けしてくれた梨は普通に美味しかった。
まあ僕は味の違いが分かるほど大した舌を持ってはいないけど。
「そのことを広く伝えるために、是非とも雷領で活動させてほしいくま! 山領には他にももっともっと紹介できる凄えものがあるくまよ!!」
「…………」
* * *
こうして僕は、許可を出してしまった。
「頑張るくまー! 山領がよいところだと宣伝しまくるくまー!」
と言って飛び出していくサンゴもとい『やまくま』。
まあ、別に僕もただ絆されたというわけではなく、これをきっかけに山領との良好な関係が築ければ雷領にとって有益、という打算もある。
だからけっして押し切られたわけじゃないんだからね!
「……サンゴ殿の保護と逗留は、またそれがしから姉上への私信という形で御実家へ知らせておいた」
「うむ、助かります」
あとになって事情を知ったタチカゼに色々動いてもらった。
「しかし……、困窮する自領を少しでも富ませようと、みずから宣伝活動に赴くとはな。なかなか見上げたものではないか。カトウ家当主にはそれがしが弁護しておくので、しばらくはやりたいようにやらせて置いたらどうだ?」
「まあ、一応そのつもりだけど……」
僕とタチカゼは少し離れた地点から、カトウ=サンゴこと『やまくま』の精力的宣伝活動を見守っていた。
ヤツは街角で行き交う人々に媚びを売ったり縋りついたりしつつ、時折通行人の要望に応えては軽快に激しく踊っていた。
「……しかし」
タチカゼのヤツが疑問と共に言う。
「何故着ぐるみなんだ?」
「僕も知らんよそんなこと」
それは僕だって最初に一目見た時から疑問に思っている。
何故着ぐるみなのか?
何故中身を出さないのか?
実のところ僕は、あの着ぐるみの中にいるカトウ=サンゴ本人と顔合わせしたこともなく。
「礼儀何だから顔ぐらい見せろよ」と迫っても「中に人などいないくま!!」と強烈に拒否されて終わりだった。
一体ヤツにとって、あの着ぐるみはどんな意味があるのか?
「戦略……、でありんすよ」
ブツブツ話している僕らの隣に、またしてもカエン嬢が現れた。
「ヒィッ! カエンッ!?」
そしてタチカゼは相変わらず彼女のことが苦手らしい。
「山領が、地味で、貧しく、見るべきものがあまりない領であるのはたしかでありんす。それをそのまま宣伝したとしても注目が集まる望みは薄いでありんしょう」
「お前……、ヒトの領だからってあまりにボロクソに……!?」
「だからこそ搦め手が必要なのでありんす。注目すべきものがないのであれば、新しく注目づべきものを作ってしまえばいい」
はッ!?
「まさかそれが、あのクマだと!?」
「そうでありんす、サンゴさんの着るあの着ぐるみは、山領の新たなる象徴。マスコット・キャラクターとなるのでありんす!」
「「ますこっときゃらくたあ!?」」
その耳慣れない語句に、僕もタチカゼも口を揃えて鸚鵡返ししてしまった。
響きはフェニーチェっぽい言葉だけれど、一体なんだそれ!?
「あのキャラクターが人気者となることで、逆説的に山領のことも多く知られる。これこそ山領再生計画の秘策でありんす! サンゴさん! 山領がこのまま貧乏領として没落していくか、不死鳥のごとく全盛するか。すべてはアナタがどれだけ『やまくま』を人気者にのし上げていくかにかかっていんすよ!!」
「「…………」」
この模様を横目で見ていて、僕とタチカゼは思った。
表向きサンゴの主導で進んでいるこの計画、すべては裏でカエンが絵図を書いているのではないかと。
コイツ、雷領で巨大遊郭の主人になっただけに飽き足らず、さらなる利益を求めて手を広げようとしてない!?




