10 政略結婚
いきなり凄いこと言い出すな、さすが王!
「……あの陛下、マジですか?」
「マジじゃとも」
マジらしい。
雲上人の言うことは本気なのか遊びなのか判断しづらい。
「えーと……、僕は御目見えの資格もない下級武士の息子なんですけど、それをシンマ王家の姫君と結婚させるとか、マジですか?」
「しつこいのう。おぬしはもう下級武士ではなく、余の一存で上級武士へと駆け上がる。それに箔をつけるためにも、嫁取りはもっとも手っ取り早い手段ではないか」
「それはそうかもしれませんが……!」
お姫様を嫁にもらえば、そりゃ形ばかりの昇進とは次元の違う実質的な栄達が印象付けられますが。
違う見方をしたら、姫と結婚すれば王家の姻戚。
雷剣を操る僕のことを王家に取り込もうという、したたかな政略が見え隠れするどころか、丸見えだ。
「それとも、この娘では気に入らんかの?」
「え?」
この娘って、そちらで静かに控えてらっしゃるクロユリ姫のこと?
「おぬしに一番歳が近いということでクロユリを選んだのじゃが、人には好みがあるからのう。五女で気に入らんというのであれば、四女のアカユリか、六女のキユリか……」
「いえいえいえ! そういう問題ではなく!」
というか六女とか、一体全部で何人産ませたんですか陛下!?
これだとシンマ王家は安泰ですな!
「むしろ王女の方が不満なのではないですか? 政略結婚というだけでもアレだというのに、嫁ぐ相手が普請役の下級武士と……」
「侮らないでくださいませ」
と口を挟んだのは、お姫様当人だった。
美しい佇まい、鈴の転がる声音ながらも、口調の鋭さはなるほど武家の姫君と感じさせる。
「お家の都合で嫁ぐのは王家の娘にとって当たり前のこと。物心ついた頃よりとうに覚悟はできております」
「おほほほ! さすが我が娘、言うことが勇ましいわい!」
はしゃぎたてる王様。
なんか酒が入ったような気分になっておられません?
「まして我が夫として選び抜かれたるは、王都にて噂持ちきりの救国の士。雷公ユキムラの再来などと呼ばれる豪傑であれば、我が閨房の主として不足はありません」
「そんな噂になってるんですか!?」
「どうか、幾久しく健やかに」
と深々頭を下げられた。
外堀を埋められた感がヒシヒシ伝わってくる。
「そういうわけじゃ。このクロユリは可愛い顔に似合わずじゃじゃ馬ではあるが、おぬしであれば乗りこなせよう。末永く可愛がってくれ」
そんな軽はずみに言われても……。
「それよりもお父様」
じゃじゃ馬と評された姫が言う。
「本題に入られてはいかがです? この者を直臣に取り立てることも、わたくしと娶わせることも、あの件を見据えてのことでしょう?」
「そうじゃった、そうじゃった。まったく今日は話さねばならぬことがたくさんあって気だるいわい」
まだ何かあるんですか?
僕の方こそ気疲れなんですけども。
「では私から話しましょう、旦那様」
「旦那様!?」
「アナタがお海で蹴散らした狼藉者のこと、聞き及びですか?」
狼藉者?
フェニーチェ法国の軍艦のことか。
「おぬしが撃破し、捕えてくれた異国人たちは、現在捕虜として王城内で拘束しておる。……が、今となっては殺してくれていた方が手間がかからずによかったかもしれんがの」
「やけに物騒な物言いですね……?」
いや、それ以前にどうしてあの異国人たちは、急遽軍艦で我が国を襲ったりしたのか?
フェニーチェ法国が以前より、遠い海を渡ってシンマ王国に使節を送ってきていた。それは僕も世間話に知っている。
その使節が、突如強盗に変わったってことだよな。あの軍艦事件は。
「お察しの通り、あの軍艦たちは元々我が国へ交渉に来ておった。我がシンマ王国と交流を持ちたいと言っての」
「交流……?」
「自国と異国。それぞれ異なった歴史を持ち文明技術を発展させておる。その技術をそれぞれ紹介しあい、さらなる発展を目指そうではないか! ……というのがあちらの言い分じゃ」
わからんでもない主張だが。
それでどうしたのか?
「向こうは、国主たる法王の親書を携えてきておったからの。無碍にはできんかったので、ここシンマ王城へ通し、それ相応に歓待してやった」
「こちら側としましては、別に交流や発展など興味はありませんでしたので、適当に持ち上げていい気にさせてからお帰りいただこうと思っていましたの。ですが、その見通しは甘いものと言わざるを得ませんでした」
と言うと?
「あちらさんは、本気で我が国との交流を望んでおった。これこれこんな魔法の技術を提供してやる。だからお前らの能力を研究させろ、と」
「能力?」
「『命剣』ですわ」
クロユリ姫から告げられ、僕は全身の表面が俄かに冷たくなるのを感じた。
「フェニーチェ法国は、『命剣』を狙っていたのですか……!?」
「さすがは失われし雷剣を当世に復活させた御方。事の重大性をすぐさま察せられたようですわね」
はぁどうも、と言うべきところだろうか?
それはともかく『命剣』はシンマ王国にとってただの武器だったり戦闘能力だったりするわけではない。
命を武器にして振るう。
その一事において『命剣』はシンマにおける生き様を象徴するものであり、シンマの誇りそのものにも繋がる。
ゆえに『命剣』は、サムライだけでなく他すべての身分層にとって神聖なもの。神聖不可侵と言っていい。
「その時点でも、我らシンマ王国の誇りを踏み荒らすような行為です。しかしフェニーチェ法国はそれだけに留まらず、さらに図々しい要求をしてきました」
「それは……?」
「『天下六剣』を引き渡せと言ってきたのです」