108 熊出没
カトウ家当主からの書状は、それしか書かれていなかった。
「クマみたいってどういうことッッッ!?!?!?!?!?!?」
クマと見紛うような大男ってことか!?
あるいはクマ並みに狂暴!?
「ここで皆に聞いてみる!!」
この場に集合しているのは僕――、ヤマダ=ユキムラを始めとして、その妻クロユリ姫とルクレシェア。タチカゼとカエン嬢の計五名。
「この中で、このカトウ=サンゴってヤツと面識のある人!?」
「少なくとも我があるわけなんかないわな」
ルクレシェアが即答する。
そりゃそうだ。異国フェニーチェから渡ってきた彼女が、シンマ人と広い面識を持つわけがない。
「クロユリ姫やタチカゼやカエンさんは!?」
お互いいいとこのお坊ちゃまやお嬢様同士、どこかで顔合わせした過去はないのか!?
「そうは言うけれど……。シンマ王家や四天王家って名家だから、血統を残すことは最優先の使命なのよ?」
「従ってどこの家も子だくさんでな。その全部の顔を覚えたり、全部に面識を持つなどとても無理だ」
「特にカトウ家は好んで社交を行うお家ではないし、残念ながらわたくしもサンゴさんと仰る方にはお会いした記憶がないわ……!」
全滅。
こうなっては本当に、この『クマみたいな格好をしている』という唯一の手掛かりを元に探し出すしかないのか?
「クマみたいって言うなら、タチカゼだって割とそうじゃないか……!?」
「そ、それがしはガタイがしっかりしているだけだー!!」
とにかくサンゴ探しにそれ以外の手繰り寄せる道筋がない。
皆で奮起し、クマみたいなヤツを見つけ出そう。
* * *
「領主様、見つけました」
「早いね」
配下の者たちに「クマのようなものを見かけたら即通報」とお達しを出して早半日。
早速具体的な知らせが入る当たり、我が部下は優秀なのかもしれない。
でもまあ手がかりが凄い漠然としているだけに、違うものを当てる可能性は充分高いんだけど。
「それでもたしかめてみるしかないか。行こう」
「ご案内いたします領主様」
何しろ相手が『クマみたいな』ヤツと来ている。
何となく大きく、毛深いヤツという印象がして、もしかしたら本物のクマ同様狂暴な性分かも知れない。
これが『ウサギみたいなヤツ』とか『ネコみたいなヤツ』なら最後まで部下に任せてもいいのだが、万一『クマみたいなヤツ』が暴れでもしようものなら被害が出かねない。
そこで万全を期して領主たる僕自身が乗り出すことにした。
* * *
そして部下の案内に従って現場到着。
「あれです領主様! あれがご所望の『クマみたいなヤツ』です!」
成果を見せつけるように部下が指さすその先。
あの街角にクマはいた。
たしかにクマはいた。
だが……。
「あのさ……」
「はい?」
「僕はね、『クマみたいなヤツ』って言ったの」
「はい」
「あれはクマそのものじゃないか」
そう、配下の者が発見したソイツは『クマみたい』ではなく『クマそのもの』だった。
いやそれでも語弊がある。
正確にクマじゃない。
あれはヒグマじゃなければツキノワグマでもないし、クロクマでもないしましてアライグマでもない。
多分あれは人間であろう。
人間が、クマみたいな着ぐるみを被っているのだ。
「クマの着ぐるみ……ッッ!?」
仮装じゃねーか。
僕自身、王都でも下級武士時代にお祭りで何度か見かけたことがあるために知っている。
頭からすっぽり被って全身隠すような衣装。
表面のモコモコ毛皮具合や、顔かたちの可愛く簡略化された衣装は多分クマを連想してのことだろう。
正確に動物のクマではないが、やはりクマそのものだ。
「あんなものよく見つけてきたな……!」
いや、あんな奇怪なモノ意識しなくても自然に注意に入ってくるから見つけやすかっただろうけどさ。
あんなものがこの雷領を徘徊しているという奇怪さをこの領主みずからが実感する意味も込めて。
「よくあんなもの見つけてきたな……!」
「二、三日前から割と見かけるようになりまして。ああやって街角に現れては、通りがかる者に愛想を振りまくんです」
配下の者の言う通り、あの奇怪なクマは身振り手振りの愉快な仕草で行き交う人々の注意を引き、歓声を浴びていた。
通りかかるのはほとんど大人であったが、これで子どもでもいたら殺到してくること間違いなし。
ただし雷領には成り立ちの事情から言って子どもなどほとんどいない。
だから現実にそういうことなど起こりそうにないが。
「……まあ、雷領にはタチカゼ様やジュディさんみたいに変な人もいっぱいおられますから。あの程度の不審者は不審者のうちに入らないかなあと思って放置してたんですけど……!」
本日、領主直々の『クマみたいなヤツ』という指名手配が来たので、早速コレに思い当たったというわけか。
「どうでしょう領主様? アイツ、お求めのアレでしょうか?」
「う~む……!」
正直何とも言い難い。
カトウ家当主さんから提示された特徴にはピッタリ合う気がする。むしろ合いすぎて怖い。
「こうなれば最後に一押し確認して見ようかなあ」
僕はクマの着ぐるみの後頭部目掛けて一声放った。
「サンゴさ~ん!!」
「くま? …………はッ!?」
見事に反応した。
着ぐるみクマは僕の方を振り向いた。その直後で「しまった」とばかりに慌てふためく。
「ちっ、違うくま! ボクはカトウ=サンゴさんでは断じてないくまよ!!」
こっちは口に出してない苗字まで完璧に言い当ててんじゃねえよ。
「ボクの名前は『やまくま』と言いますくま! 山領のいいところを伝えるために、この雷領へやってきましたくまよ!!」