107 山童の影
「もっと早く言おうよそれ!」
どうやらタチカゼのお姉さんが付け届けをしてくれたのは、単に弟可愛さだけが動機だったのではないらしい。
彼女が嫁いだ四天王家の一つ、カトウ家が、一体雷領主であるこの僕に何の用だ?
「公式な通達を避けて、私信に紛れ込ませて……。何やら怪しい気配を感じるわね」
「山領のカトウ家は、そこまで腹芸のできる家系ではないでありんすよ? クソ真面目だけが取りえの方々ですから」
山のカトウ家。
かつてシンマ王国成立以前、六つの州が覇剣を巡って争い合っていた、その勢力の一つ、山州の大公家が元となって成立した家だ。
その家風は、カエンも指摘する通り真面目一徹、純真朴訥。
僕の前世――、雷公ユキムラと相争っていた時も、小細工が一切通じず、正面からぶつかるしかない相手。
ウソを聞かず、おだてにも乗らず、損得勘定にも動かされない。
何事をもってしても動かすことのできない、まさに山。
『動かざること山の如し』。
それこそ乱世を戦い抜き、今はカトウ家と形を変えて生き残った山公家のモットーだった。
「そのカトウ家が、たしかにらしくない小細工だな……!」
そうまでして、この雷領と交信があったことを伏せたいのは、反フェニーチェで固まった四天王家から睨まれることを避けたいせいか?
とにかく僕らは、タチカゼの姉からタチカゼ本人を経由して届いたカトウ家の通信を拝見しよう。
「で? カトウ家とやらは何を言ってきたのだ?」
シンマの事情には直接関係ないルクレシェアも、気になって寄ってくる。
「うむ、それがしも既に中を改めさせてもらったが、極めて個人的な要望をユキムラにしているようだ」
とにかく僕は、カトウ家現当主の直文に目を通してみた。そこに書いてあったことは……。
「子どもを探してほしい、だって……!」
「「「子ども?」」」
クロユリ姫、ルクレシェア、カエン嬢は三人揃って首を捻った。
書状によると、現カトウ家当主カトウ=ドウサンの子どもの中に当年14歳の庶子がいて、その名をカトウ=サンゴという。
「そのカトウ=サンゴとやらが数日前、一通の書置きを残して姿を消した。その書置きにはこう書いてあったそうだ」
『雷領へ行ってくるくま』。
「……と」
「『くま』?」
「カトウ家は大騒ぎとなり、家中総出で探したが見つからない。これはもう領内にはいないものと考えられる。そこでサンゴが残した書き置きの通りに雷領へとたどり着いている可能性が高い。そこで……」
どうか可愛い自分の息子を探し出して、無事確保してほしいと……。
「主張を対立させる僕に向けて、恥も外聞もかなぐり捨てて頼みに来たわけさ」
書状に記されていたことは、大体それで全部だった。
「なるほど……!」
「蓋を開けてみたら結局ただのカトウ家だったな。ヤツらが動くとすれば、それは義か愛情によってだ。それ以外の何者をもってしても山を動かすことはできない」
反骨でしか動かない旧雷公家とはえらい違いだ。
「どう思うユキムラ? この話、表裏があると思うか?」
僕の右腕的立ち位置がすっかり板についてしまったタチカゼが、注意深く尋ねる。
「カトウ家が、この書状に書いてある以外のことを企んで、こちらに見えない何かを進めていると? ないだろ。あのカトウ家だぞ?」
「その意見にはそれがしも賛成だが。相変わらず貴公は一般武士出身のくせに、四天王家の家風や特色をまるで直に見てきたように把握しているのだな……!」
おっといけないいけない。
僕に自分が生まれる前の前世の記憶があって、しかもその前世というのがシンマ王国最初にして最高の反抗者雷公ユキムラであることは、誰にも知られたくない。
何故ってきっと面倒くさいことになるから。
「では額面通り、カトウ家の庶子がこの雷領に紛れ込んでいると考えるべきか?」
「僕はそう確信していいと思う」
ここ最近は雷領も人の出入りが活発化し、ここで異国フェニーチェの舶来文化を学んで出世の足掛かりにしようとする者が絶えず流入している。
そんな中にカトウ家の御曹司が一人交じったところで誰も不自然とは思うまい。
「家族想いの御当主様が、恥を忍んで頼んできてくれたんだ。これを無碍にしたら僕の侠が損なわれる」
「義侠心なのか……!?」
「それに四天王家の一に貸しを作っておくことも愉快なことだ。特にカトウ家は、そう言った貸し借りを大事にするからな」
「そうだな、どこぞの火の家と違ってな」
僕とタチカゼの冷ややかな視線が、娼婦然とした令嬢へと注がれた。
「……何でありんすか?」
「とにかく! 朴訥朴念仁であるカトウ家への貸しは、モウリ家に作る貸しの五十倍は価値がある!!」
必ず回収できるって保証付きだし!
「その通りだな! ここは雷領の未来に一つの好材料を加えるために、是非ともカトウ家の願いを叶えてやらねば! それがしのことを常に気にかけてくださる姉上にも恩返ししたい!!」
「よぉし! では全力をかけて探索、捕獲いたしますか! そのサンゴってヤツを!!」
「捕獲って……!?」
そんな野生動物でも相手にするかのように……、とクロユリ姫たちが呆れる。
「しかし、そのカトウ=サンゴなる者を探すとしても。身体的特徴というか、どんな外見をしているかがわからなければ探しようがないのではないか?」
ルクレシェアの言うことにも一理ある。
しかしそこは向こうもわかっていることだろう、書状にきっと特徴なりなんなりを書き添えていてくれるはず。
……と。
あったあった。
「んー、なになに?」
カトウ家当主から書かれた、カトウ=サンゴの身体的特徴を読み上げてみる。
「『クマみたいな格好をしている』」
「「「「?」」」」