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106 山の便り

 雷領の運営も軌道に乗り始めてきたある日、ヤマウチ=タチカゼが訪ねてきた。

 この僕――、雷領主ヤマダ=ユキムラの領主邸宅に。


「姉上が梨を送ってきてくれた」


 お裾分けだった。

 何だか普通にご近所付き合いが板についてきた僕たちである。


「あらあら! 梨!? 旬のものじゃない! こんないいもの頂いちゃって悪いわ!!」

「シンマの梨は、リンゴと変わらぬ形をしているのだな……!」


 我が家に同居しているクロユリ姫やルクレシェアも、お届け物の気配につられて現れた。


「それはもう抱えきれぬほどの量で一人では食いきれん。貴公らで少し引き取ってくれ」

「一人って。お前はジュディがいるんだから二人で消費すればいいじゃないか」

「二人で食っても食いきれん量なのだ! それにジュディは、梨を見た途端『成分分析する!』とか言い出して研究室に走り去っていってしまった……!」


 最近では、ジュディのことで冷やかしても目に見えて狼狽しなくなったタチカゼである。

 街中で並んで歩いているところをよく目撃されているようだし、もしかしたら仲はかなり進展しているのかもしれない。


「しかし意外だな」


 ルクレシェアが、早速梨を丸ごと齧って梨汁をぶしゃっとさせていた。


「タチカゼ殿は、たしか実家であるヤマウチ家から勘当されている身分だろう? それなのに家から送りものとは、もしや勘当が解けたのか?」

「うっ……!?」


 ルクレシェアの指摘ももっともで、もし推測通りタチカゼの勘当が解除されたのなら、友人としても嬉しいし、雷領を預かる立場としても有利な展開となる。


「ところがそうは行かんでありんすよ」


 さらなる人物の登場。

 間がいいのか悪いのか、タチカゼと同じ四天王家の一角で、モウリ家の息女(?)、モウリ=カエンもマルヤマ遊郭の運営状況報告のために領主邸宅を訪れていた。


「タチカゼさんは今でも絶賛勘当中の身。ヤマウチ家当主たるナツカゼ公は、いまだタチカゼさんの宗旨替えを許しておらんようでありんす」

「ぐむむむむむむむ……!」


 事実なのか、タチカゼは何も言えず唸るのみ。

 じゃあ、縁を切られたはずの家から送られた、この大量の果物は何なのか?


「それはヤマウチ本家から送られたものではあらしません。ヤマウチ家から嫁に出た、タチカゼさんのお姉さまから送られたものでありんす」


 そう言えば姉とか言っていたような。


「じゃあこれは、そのお姉さん個人の贈り物だと?」

「もうお嫁に行かれているでありんすから、ヤマウチ本家とも直接関係ないでありんす。だから交流を持ったところで咎め立てされる筋合いもないということでありんしょう」


 シンマの仕来りにはとかくそういう抜け道が多い。


「……カトウ家にお嫁に行かれたカオル姉上は、それがしのことを人一倍気にかけておったゆえ……」

「タチカゼさんはヤマウチ家では末っ子で扱いも軽いものでありんしたが、そのせかお姉さんたちに可愛がられておりましたからなあ」


 ヤマウチ家の現当主には三人の姫がおられるそうだが、その三人全員が末っ子のタチカゼを溺愛していたのだそうな。


「しかしその姫たちも年頃となり、それぞれカトウ家、ナベシマ家、シンマ王家へと輿入れしていったでありんす。それまで何かとかばってくれた姉君たちがいなくなったことで、タチカゼさんの立場も苦しくなっていったようでありんすなあ」

「タチカゼ……、キミも苦労してきたんだなあ……!」

「憐れむなッ!?」


 しかしこのモウリ=カエン嬢。

 隣領のこととはいえヤマウチ家の家庭の事情をよくご存じだ。

 タチカゼとは幼馴染とも言うが、この耳聡さには相変わらず舌を巻く。


「やっぱり絶対油断しないようにしないと……」


 と僕に気を引き締めさせるのであった。


「……まあ、姉上たちには婚家に移られてからも、それがしの不始末で心労をおかけして心苦しいばかりだ。聞くところによれば、父上の勘気に触れることも恐れず、それがしの勘当を解いてくれるよう注進してくれているとか……!」

「タチカゼの勘当が解けたら、僕たちとしても大助かりだけどなあ」


 それはつまり、四天王家の一ヤマウチ家が、我が雷領の存在を公式に認めたということなのだから。

 現在、異国フェニーチェとの交流を認める、認めないの二派で真っ二つに分かれて論争している我がシンマ王国。

 その対立構造は、交流肯定するシンマ王家と、交流否定する四天王家という二色に単純化されつつある。


 決定権は当然、シンマ王国の頂点に立つシンマ王家が上だが、それに次ぐ権力者の四天王家が力を結集すれば、そうやすやすと本決定を下すことはできない。

 まあ何事も一者の思い通りに進められないのは政体として健全だと思うが。


 で、その四天王家の一つであるヤマウチ家が、フェニーチェ排斥の論調から一人離れたタチカゼを許し同調してくれるとしたならば、結束する四天王家の主張に不一致が生まれるというということだから、シンマ王家の主張に属する雷領主の僕としては嬉しい展開だ。


「ヤマウチ家から、わたくしのシンマ王家――、三男のユキフルお兄様に嫁がれたナギお義姉さまも、実家へタチカゼさんの勘当撤回をしきりに嘆願されているそうだわ」

「所属的にも、率先してやるべきだよなあ」

「問題は、カトウ家、ナベシマ家へと嫁がれた姉君たちでありんす」


 四天王家の一角。

 山のカトウ家。

 林のナベシマ家、か……。


「両家とも四天王家である以上、主家の方針は反交流。それに反発する主張をあまり露骨に唱えては、嫁ぎ先での立場も悪くなるでありんしょう」

「それ、キツそう……!!」


 同じように、僕に嫁いだ見であるクロユリ姫も、自分のことのように身震いする。


「ま、焦らずじっくり状況の変化を見守るでありんすよ。四天王家でも、我がモウリ家のように表向き攘夷に同調しつつ、こうして雷領との関係も保って上手く立ち回っている家もあるでありんす」

「向背定かならぬのが一番怖いんだけど……!」

「他三家も、遠からず雷領が秘めた可能性に気づくことでありんすよ。慌てて分け前を求めに来た時、思い切り足元を見てやればいいでありんす」


 どっちに転んでも勝ち馬に乗れる位置をキープしているカエン嬢は気楽なものだった。


「その件だがな……!」


 皮切りであるタチカゼが、何か言いづらそうにモゴモゴしている。


「実を言うと梨の仕送りの他に、姉上から直々の便りが届いてな……」

「はあ?」

「しかしそれが、送り主は姉上だが書いた人はどうも違うようなのだ」

「?」

「山領領主、カトウ家の御当主が書き記したもののようなのだ」

「!?」

「しかも書かれた内容からしてユキムラ、貴公に何か頼みごとがあるようなのだ」

「!?!?」

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ソードマスターは聖剣よりも手製の魔剣を使いたい
同作者の新作スタート! こちらもよければお楽しみにください!
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