09 力に義務
僕は謁見の間から別の部屋へと移動した。
国王直々に連れられて入った部屋は、先の謁見の間より遥かに狭い。しかし調度品の類は豪勢にて上品。さすがは王の扱うものだと感心してしまう。
「ここは余の私室での。あまり他人に聞かれたくない話はここですることにしておる」
それって、今から僕を相手に密談しますよってことなのか。
嫌だなあ。どんどん深みにはまっていくようではないか。
「国王陛下、僕はアナタ様のお役に立てる人間では……!」
「何故そこまで、余に従うことを拒む?」
王は、私室に設えられた腰掛けに、思い切り深く腰を沈めた。
革張りに綿でも敷き詰めてあるのか、あれだけフカフカというだけで超高級品であることがわかった。
「ん」
促され、僕も対面の腰掛けに沈まざるをえない。
「おぬしら家来衆は、建国の頃から我がシンマ王家に仕えることを約束した者たちじゃ。その役目は子々孫々に受け継がれ、おぬしもまた生まれながらに王家へ服従する義務を負うはず」
「はい……」
「では何故、家の定めに従わぬ? 血に宿った運命に逆らうのであれば、その理由は家ではなく人に帰するか? つまりこのシンマ=ユキマスを、忠誠に値せぬ愚君と値踏みしたか?」
「けっしてそのような……!」
僕は慌てて取り繕うとしたが、一度言葉を止めて、深呼吸した。
「……我が君、僕の頑迷なるは、あくまで僕自身の問題であります」
「ほう」
前世の因縁。
これは今の時代を生きるヤマダ=ユキムラにはまったく関係のないことだ。
たしかに生まれる前の僕は、今目の前にいる人の祖先と壮絶に憎み合って戦い、そして殺された。
無念なことだったが、その無念を来世にまで持ち込むのは滑稽にして女々しいことだ。
雷公ユキムラの恨みは、雷公ユキムラだけのもの。
このヤマダ=ユキムラのものではない。
雷公ユキムラからヤマダ=ユキムラへ、受け継がれるべきものと、受け継がれるべきでないものがある。
受け継がれるべきでないもの、それは例えば恨み、因縁、様々なしがらみ。
そして受け継がれたもの、その第一は雷剣『オオモノヌシ』。その他にも色々受け継がれた。
「このユキムラ、生来の反骨者ゆえ」
「ほう」
「正しいものにほど抗いたくなってしまいまする」
そう告白した瞬間、ユキマス王は弾けるように笑った。
「ふははははははははッッ!! なるほど名前だけでなく、性格まで雷公譲りというわけか!?」
「?」
「知らんのか? 我が祖先、初代ヤスユキ王の遺された自叙伝に同じことが書いてあった。ご先祖様が最大の敵とお認めになった雷公ユキムラの、最期の言葉としてな」
マジか。
影公のヤツめ、そんなものを後世に遺していたとは、これは滅多なことは言い出せんな。
「おぬしの名は雷公ユキムラにあやかって名付けられたものと聞くが、性状までも名の元の主に似おるとはの。しかも似ておるのはそれだけ留まらぬと来ておる」
「……雷剣のことでございますな」
あれだけ大勢の前で披露したのだ。もうシラは切り通せまいと諦めた。
「『命剣』を超えて、命と自然が交わりし刃『天下六剣』。それは我がシンマ王国における秘伝中の秘伝であり、究極の破壊手段じゃ。その扱いは決して疎かにできぬ」
その源流は、シンマ王国がかつて六州に分かれ、天下の覇権を巡って争っていた時代までさかのぼる。
風、林、火、山、影、雷の六州は、それぞれの名に対応した自然の『命剣』を操って戦国乱世を生き抜いた。
それは各州にとって重要な切り札。それぞれ大公の血統のみに伝えられる。まさに秘伝。
「今の世において『天下六剣』を操れるのは、我がシンマ王家とそれに臣従する四天王家のみ」
「四天王家の前身は、建国以前シンマ王家と覇を競った六州のうち四州の長だと聞いています」
「いかにも。……風、林、火、山、影、雷の州のうち、影の州が天下を統一し、シンマ王家を開いた。風林火山の四州はシンマ王家に従い、家臣となって、今の四天王家に受け継がれておる。そして残るは雷の州」
僕の前世、雷公ユキムラが率いた州だ。
「雷の州は、その長ユキムラが最後まで従わず抵抗したため、その死と共に雷剣も失われた。それより『天下六剣』は一振りが欠け、『天下五剣』と称されるようになった。数日前までは」
王の目が、僕をじっと見据える。
その眼差しは既に、対する者を優しく包み込む好々爺のものではなくなっていた。
「失われた雷剣は、今日、新たなるユキムラの手によって新生した。その絶技、一体どこで会得した?」
「どこで……、と申されましても、修行に明け暮れた末、気づいたら使えるようになっていたとしか」
それははウソではない。
たしかにそうやって雷剣を体得したのだ。前世で。
「我らシンマ王家と四天王家が、秘伝中の秘伝として保存せしと同じものを、自得したと申すか?」
「あるいは、雷公ユキムラの霊か何かが、僕に乗り移ったのかもしれません」
「フッ、戯れ言を……!」
実は真実をいかにも冗談のように話し、王に聞き流させることに成功した。
「まあ何にしろ、シンマ究極の武と言うべき『天下六剣』を復活させたおぬしを、ただの普請役として捨ておくわけにはいかぬ。おぬしは今や、この国の重要人物の一人じゃ」
正論だった。
「本来は、先日の賊破りの褒賞として地位や役職を与えたかった。その肩書きの下に、おぬしを我が手に収めたかった。しかし拒むのであれば仕方がない。この余が、王の名において、おぬしに出世栄達を強制する!」
王は、今までにない威儀を正した声で宣言した。
「力ある者は、世のため人のために役立たねばならんのじゃ。そしてこのシンマ王国において、世に奉仕することとは即ちこの王に臣従すること。余は第五代シンマ王として、天下万民穏やかとするため働いておる。ユキムラよ、余を手伝え!」
「御意……!」
そこまで言われては、もはや拒むことなどできなかった。
僕もまたシンマ王国の民として生まれた以上、自分の本性よりもまず国と人に尽くさなければならない。
「ようやく首を縦に振った」という印象の僕に、王は満足げに顔を綻ばせた。
「うむ、これでやっと先に進むことができるのう。では……」
ユキマス王は両手を上げるとパン! パン! パン! と大きく手を打った。
その音が壁の向こうまで聞こえるように大きく。
そしてそれに呼応するように、王の私室の扉が開いた。
「失礼いたします」
鈴を転がすような声と共に入室してくる、美しい女性。
絶世の美女と言ってよかった。
しかも落ち着きのある上品な類の美女で、一目見ただけで貴種であることが確認できる。
扉の開け方、礼してから入室するまでの手配り足配り、扉を閉める動作まで、定められた礼法に寸分違わない。
その長く伸びた黒髪が、艶めいて一層上品さを香らせていた。
「我が五番目の娘、クロユリじゃ。美しかろう?」
「はあ……、はい」
王の娘ということは、お姫様か。
なるほど佇むだけで気品が匂い立つわけだ。
「ではユキムラよ、これと結婚してくれい」
「んッッ!?」