00 滅亡
雷公ユキムラ死す。
それは乱世の終わりと同義であった。
風、林、火、山、影、雷の六州が、天下の覇権を巡って争う戦国時代。
その中から頭角を現したのは六州が一つ、影の州。
神算鬼謀を用いて一つ一つ敵州を落とし、最後に残ったのは最強の呼び声高い雷の州。
その雷の州も、影の州に降った他四州からの包囲を受け、ジリジリと追いつめられていた。
起死回生の会戦に敗れ、兵は潰走散り散りとなり、あるいは死んだ。
唯一人、戦場に踏みとどまったのは、味方を一人でも多く逃がさんとみずからしんがりを務めた雷の州の長。
雷公の称号を冠するユキムラだった。
「今一度言う、余に仕えよ」
敵将は言った。
いくさも大詰めとなって、ユキムラの周囲に転がる死体のすべては、敵である影州の兵だった。
ユキムラが治める雷州兵の死骸は一つたりともなかった。
「本来ならば兵皆ことごとく死に絶えようと、最後の一人となって生き延びねばならんのが将。その将がみずから先陣に立って兵の盾になるという順逆」
何故そんなことをするのか。
ユキムラに相対する敵将が、噛んで含めるように言った。
「貴様自身も気づいているからであろう。勝敗は決した、と。貴様の雷州は、我が影州に屈するしかないのじゃ。せめて威儀をもって屈せよ。余は、降る者へのいたわり方を知る者なり」
「雷公になどなりたくてなったわけではない。嫡流の弟が死んだゆえ、仕方なくさ」
お前らの巡らせた謀略によってな。
という言葉が、危うく喉まで出かかった。
死にゆく間際の恨み言など、これほど女々しいことはない。それはユキムラの数寄心が許さなかった。
「俺は根っからのいくさ人さ。いくさ場で死ぬのが風流さ。お前のせいで六州よりいくさは絶える。今日を逃せば好機は二度とあるまい」
「いかにも、我が手により乱世は終止符を打たれる。明日よりはいくさなき太平の世が始まるであろう。その太平を百年も千年も続かせる、新しき国づくりのために、ユキムラ、貴様の力を貸せ」
敵将は、ユキムラに向かい手を差し伸べてきた。
「貴様だけではない。風林火山、四州の長たちもことごとく我が志に賛じた。雷州の長たる貴様が加われば、六州皆すべて手を取り合い、平和に向けて進み出すことができるのだ。その貴重さが理解できぬ貴様ではあるまい。余のものとなれユキムラ!!」
「俺はひねくれ者でね。『正しい』と言うヤツが多ければ多いほど、それに抗いたくなる」
この業は。
「死なん限りは改まらんだろうよ」
「貴様の命、貴様一人のものだと思うてか!?」
敵将は吠えた。
天下の隅々まで響き渡るほどの大喝だった。
「貴様は雷州の長だ! それ以上に、天下に並ぶ者なき英雄だ! それほど大いなる者の命、持ち主一人の気ままにできると思ってか!? 長の命は州の民すべてのもの、英雄の命は天下の民すべてのものだ! 貴様は貴様の命を、天下のために役立てねばならんのだ!!」
「知っているさ、そんなことは」
しかし天下を震わせる大喝をもってしても、ユキムラの冷えた心まで震わせることはできなかった。
「俺は死ぬ間際までやってきて、ようやく自分の命を自分の好きにできるのだ」
元々ユキムラにとっての天下とは、彼の生まれた雷州だけが天下。
その雷州が消える今、彼の命はやっと存在する義務を失ったのである。
「影公ヤスユキ。影の州の長にして新しい世界の王よ」
ユキムラはここでやっと、相対する敵将の名を呼んだ。
敵の総大将。
「冥途への土産に、アンタの首級を貰っていく」
「この大たわけがァァーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
影公ヤスユキ。
今日より天下の覇者となるその武士は、齢二十。影州始まって以来の桀物と称された父親から覇業を受け継ぎ、今まさにその締めくくりを行おうとしている。
ヤスユキの父親となる先代影公を殺したのは、ユキムラだった。
いくさ場でのことだった。
影州およびヤスユキにとって、雷公ユキムラこそ覇業の道に何度も何度も立ちふさがった最強の敵。その敵を殺す今この時、影公ヤスユキの完全勝利を決定づけるに相応しい瞬間はない。
つまり、ユキムラは今日ここで死ぬ。
「雷剣『オオモノヌシ』!!」
「影剣『マハーカーラ』!!」
乱世を締めくくる最後の戦いは、覇者当人たちの手によって始められた。
さらに、四方からユキムラ目掛けて四人の勇者が、刃を振るって飛びかかる。
「風剣『スサノオ』!!」
「火剣『オオグチマ』!!」
「林剣『オオトノベ』!!」
「山剣『オオヤマツミ』!!」
それら四振りの『命剣』を振り下ろしてくる四人の顔、ユキムラはいずれも見覚えがあった。
ユキムラは、旧知の友に会うような気やすさで言った。
「四州の大公どもではないか……!! 元気そうだな!」
* * *
こうして雷公ユキムラは死んだ。
新たなる天下の覇者――、影公ヤスユキと、彼に屈し従うこととなった六州のうちの四州――、風、林、火、山の州の長たち。
計五人に囲まれて、ユキムラは臆することなく袋叩きにされ、ズタズタに斬り刻まれて死んだ。
ユキムラの死後、主なき雷州を版図に組み込んだヤスユキ。もはや天下に逆らう者なしと号令を発し、天下の主になったことを宣言した。
風、林、火、山、影、雷の六州はまとまって一つの国となり、初代国王シンマ=ヤスユキによってシンマ王国と名付けられた。
王歴元年。
その年はユキムラの死とともに始まった。