003:食糧事情
食べ物を求めて歩く。
まず、最初に足下の草を食べてみようとした。しかし、芝生のような草は硬すぎて舌では千切れなかった。僕の舌にはそれほどの力は無いということか。周囲を見渡せば、柔らかい菜っ葉のような植物も生えてはいたが、こちらは千切ることはできたものの、苦くて食べられたものではない。苦い思いをしたことは嫌だが、味覚は今まで通りあるらしい事が判明し、すこし安心した。
この体のサイズで食べられるものといったら、後は虫が思いつく。しかし、さすがについさっきまで日本人だったのだ。簡単に割り切って食べられるものでもなかった。いきなり虫を食えといわれて、はい分かりましたとぱくぱく食べられる人が居たら、それはかなりの剛胆かもしくは変態だ。
僕は剛胆でも変態でもない。断じて。なので、目下の標的は植物の実や果物であった。
幸い、他の動物にはまだ出くわしていない。
こんな大きさで他の動物に見つかってしまったら、丸呑みにされておしまいだろう。ネズミやらウサギやら、小さい動物ならまだいいが、ちょっと大きいキツネだとかヘビだとかに出会ったらあっという間に食べられてしまうことが容易に想像できた。ここは森。大自然の中だ。僕を食べようとする捕食者は、きっと大勢居ることだろう。それを警戒して、慎重に行動しすぎた結果だろうか。池を出発してから暫く時間が経っているが、収穫らしい収穫は未だに無い。
ちらほらと実を結んでいる木を見つけはするのだが、当然ながら、僕の背丈では実まで届かない。舌を限界まで伸ばしたが、それでも全く届かなかった。
木登りを試みもしたが、何しろ手が無いのだ。二本の足と非力な舌だけでほぼ垂直な木を登ろうとしても土台無理な話だろう。木登りは諦める他なかった。
食べ物が見つからなかったら、餓死することもあり得る。この体がどれだけ空腹に耐えられるかは分からないが、全く栄養をとらなくて良いなんてことはあり得ないだろう。先ほどから空腹感がひどい。栄養をとる必要がないなら、空腹感なんて感じる必要は無いのだ。つまり、栄養を補給しないと不味いと体が訴えているのだ。
せっかく繋いだ命だ。精一杯生きたい。生きなければいけないのだ。こんなところで飢え死んでいる場合ではないのだ。
そうして焦り始めたところに、地面に落ちている木の実を見つけた。
僕はその木の実に飛びついた。それほどに空腹だったのだ。しかし、毒があったりしたらまずい。僕は今すぐにでも食べたい衝動に駆られたが、冷静に実を観察した。
見た目は、緑色のドングリのように見える。ドングリに毒があるなんて聞いたことはないし、大丈夫なんじゃないか?そういえば、日本でもドングリは食べられると聞いたことがある。実際に食べたこともあったはずだ。そう、あれは小学生のころだ。校庭に落ちていたドングリをかじり、パサパサした食感にげんなりした。
それでも良い。食べられないほどでは無いだろう。毒がないなら何でもいい。僕は舌でドングリをつまみ、口の中に放り込んだ。
ドングリを味わう。歯が無いので噛むことはできないが、口の中で押しつぶせるほどに柔らかい木の実だった。ほんのりと甘く、それでいてナッツのような香ばしさが感じられる。十分に食べられる味だ。悪くないぞ。むしろ美味しい。食感や味などは、昔食べたドングリとはほど遠い。この実はドングリでは無いのかもしれない。僕の元居た世界とは違う世界に来たわけだし、まったく同じ植物が存在するとも考えにくい。ドングリでは無いのだろう。……といっても、他に呼びようがないしドングリで通すけど。
ドングリを飲み込む。存外に美味しかった。もしかしたら僕の味覚が変わってるだけかもしれないけど。とりあえず、他の食べ物を見つけるまではこれが主食になるかもなあ。
だが、僕の身体は小さいのにドングリ一つでは胃袋が満足しなかった。胃袋があるかどうか分からないが、空腹感がまだ残っている。ドングリの大きさは僕の体の十分の一くらいだ。人間だった頃は、そんなにたくさん食べたら満腹になっていることだろうに。少なくとももう三つ四つは食べたいところだ。
と、この辺りはドングリの木の群生地だったようだ。上を見ると、緑のドングリがいっぱい実っている。
と、いうことは、さっきみたいに落ちているドングリがあるはず。注意深く地面を見てみると、そこにも、あそこにも、案外すぐにドングリは見つけられた。やったぞ。当分は飢えて死ぬことはなさそうだ。
……その代わり太ってしまいそうだ。今度は別の心配が出てきてしまった。
しかし、栄養の補給は急務である。食欲の赴くままに、ドングリを拾っては食べ、拾っては食べ。そうしているうちに、どこからともなく声が聞こえてきた。
《称号 【採集家】を獲得しました。》
今度は何だ?




