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閑話 父と娘

 お久しぶりです。長らくお待たせして申し訳ありません。

 次回は今月中には更新できると思いますが、その後しばらくまた更新が滞ってしまうかと思います。どうかご容赦ください。


 緊張していた。

 はじめての狩り。狙いはレッドボア。

 最初の獲物としては大物すぎるんじゃないかなあ、と怯える私に向かって、お父さんは子どもをあやすような声で言った。


 「心配いらねえよ。初めのうちは俺もついて行くし、ザックのやつが作った弓は俺も母さんも認める一級品だ。食料だって多めに十日分持って行こう。そうすりゃあ獲物を確実に追い詰められるだろ? 絶対によ」


 「でも……」


 「わかった。そんなら、荷物も全部俺が持ってやる。どうだ? こんなに頼りになる親父がいりゃあ安心できるじゃねえか」


 そうはいっても、心配なものは心配だった。相手はあのレッドボア。私よりも何倍も大きいし、きっと力も強い。牙だってある。毎年とは言わないけれど、死人が出てもおかしくない相手。アントンさんだってレッドボアにやられてしまったのだと聞いた。

 

 ありがとう、とだけ告げて会話を切り上げ、用具の確認を行うために席を立った。

 私の村では、若者と呼べる人は少ない。少なく「なった」ってほうが正しいかな? もともとただの農村で、傭兵団の詰め所もない小さな村。夢見るどこぞのお馬鹿さんが幼馴染みを根こそぎ引き連れて街へと出て行ったせいで、働き手が居なくなって困っている。食い扶持も減ったけど、損害のほうがずっと大きい。だって、「どこぞのお馬鹿さん」が居なくなって、アントンさんも亡くなった今、この村では猟師はお父さんしか居なくなっちゃったんだから。

 そんなの、私が手伝うしか無いじゃない……。

 決心は固めたつもりでも、やっぱりあいつへのいらだちは捨てきれない。何が「弓は俺が居るから、お前は要らないな!」なのよ。あんたの身勝手のおかげでこっちは迷惑してるのに。ちょっとは村のことも考えなさいよ。それに、言い方ってもんがあるでしょうが。要らないってどういうこと? ほんとに。失礼なやつ。

 思い出して腹を立てていると、お父さんから声が掛かった。


 「おい、そろそろ行くぞ。なるべく日が高いうちに進みてえんだ」


 「あ、うん」


 昨日、お父さんに確認してもらった用具を、自分自身の目も使ってしっかりと見る。傷んではいないか。問題なく使用できるか。忘れている物はないか。

 こうして作業していると、狩りに行くんだという実感がわいてくる。命がけで、命を獲りに行くんだ。

 全てを確認し終えたころ、お父さんから再度声がかかる。


 「山を二つ越えた辺りから、やつらの縄張りだ。それまでの道では、たいした獲物は出てこねえ。俺らが近づいたらすぐに逃げちまうようなのばっかりだ。」


 「うん」


 「だからよ、はじめはそんなに気負うことはねえんだよ。一日目はちょっとしたお散歩ってところだ。気楽にいこうぜ」


 「うん」


 「レッドボアはいいぞ? いいもん食ってるから冷やせば案外日持ちするし、味も良い。何より、量が半端じゃねえ。村のみんなも喜ぶさ」


 「うん」


 「……ま、じゃあ、行くとするか」


 私が生返事しか出来ないでいると、お父さんは困ったように出発を告げた。

 私たちが近づいたら逃げていく。つまり、こちらは常に見張られているということ。一日目はお散歩。つまり、二日目以降は山奥に入るから、簡単には戻ってこられないということ。量が半端じゃない。つまり、相手はそれほどの巨体の持ち主ということ。自信のなさからか、励ましも全て後ろ向きに捉えてしまう。どうしても不安が募る。



 家を出てから森に入るまで、ほんの数秒。すぐだ。猟師の家ということもあって、村の中心部からは離れた場所にあるのだ。その方が狩りの時に都合がいいし、川に近い方がその後の作業もしやすい。

 それに、魔物を食肉へと変える行為は、あんまり気持ちの良いものじゃない。なるべく目の触れないところで、自分から遠いところでやってほしいっていうのは、私も理解できる感情だ。ただ、ちょっと身勝手に思える。

 村の人々は危険を冒さず、命を殺めることもなく、ただ肉を食べる。その代わりに農作業をしていたり鍛冶をしていたり、いろいろ仕事はしているんだけど。今から命をかける私としては納得しにくいことだった。

 そうは言っても、私も今までは狩りをしてこなかったんだし、とやかく言う権利がないことはわかってる。村の人にはよくしてもらっているし、猟師の家に生まれてしまったし。私が働かなければいけないということはわかってはいるのだ。


 単に、怖じ気付いているだけ。


 そんな私の感情を知ってか知らずか、お父さんは黙って、淡々と山道を進んだ。その歩調はとても速かった。自分の荷物と私の荷物の両方を持っているのに。しかも、食料も水も随分と多めに入っているはずなのに。あまりの速度に、私はついて行くだけで精一杯だった。

 後ろから肩越しに見えた横顔は、何かに憤っているようで、少し怖かった。私がいつまでも煮え切らないから、怒ってるのかなあ……?

 日中は、そのまま会話もなく時間が過ぎた。



 暗くなって、野営の準備をした。お父さんが野菜のスープを作ってくれた。


 「おいしいね」


 と私が言うと、お父さんはやっと微笑んで


 「食えるだけ食っとけ」


 と言った。


 明日からも、頑張れるような気がした。

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