閑話 観察、あるいは監視
我が主が私に話しかけてくださるときは、いつも唐突だ。
『そういえば、彼、どうなってる?』
こんな風に。
『彼、とは……?』
『ああ、ごめんごめん。彼だよ。あのー、若い子の身代わりになってトラックに突っ込んだお人好しの』
それを聞いて思い出す。先日もこんな風に唐突に話しかけられ、〈イドの吹き溜り〉まで、私が出向いたのだった。仕事が残っていても、上司の命令とあらば雑務もこなさなければならないのだ。そんなに気になるならご自身でいらっしゃればいいのに、と少し思う。
『ああ、あの転生者の方ですね。今は、魔物のタマゴとして順調に成長中でいらっしゃいます』
『そっかそっか。まだ頑張ってるんだね。よかったよかった。様子はどうかな?』
『はい。転生先に驚いてはいらっしゃいましたが、今は順応しているようです。やはりタマゴということで、若干ではありますが、精神年齢の低下の傾向がみられます。また、なぜか元人間としての意識が強く残っているようで、人間としての倫理観を気にしているようです』
『あれ?転生処理したときには何もおかしいところはなかったよねえ?』
その一言に冷や汗がでる。私も確認したが、確かにどこにも変なところはなかったはずなのだ。
急いで言葉を取り繕う。
『ええ、私も確認いたしました。おかしいところはどこにも見当たりませんでした。ですが……もともとの自我が現在の体と波長があっているというだけではここまで強く前世の意識が残るとは思えません。〈イドの吹き溜り〉からの転生ということが影響している可能性も考えられます』
『あー。それが原因かなあ。正規の手続き踏んだ訳じゃないからねえ。ま、多少は仕方ないか。それによってなにか不都合があるってわけじゃないんだろう?』
『不都合、というほどではないかと』
『何?気になる言い方するね』
またやってしまった。どうして私はこうも言葉の選び方が下手なのだろう。
なんとか穏便に済ませなければ。
『申し訳ございません。ただ、彼が将来的に目標としているのが、人間になる、ということらしく……』
『……人間になる? 魔物のタマゴから?』
『……はい』
『あっはっはっはっは! そうか! 彼もか! おもしろいじゃないか。彼、なかなか見所あるよ。ねえ、俺、彼のこと気に入ったからさ、今後も彼のこと見ててよ。お仕事はいいから。そんで、何かあったら俺に教えて。なるべく詳しくね』
『よろしいのですか?他の転生者の方も……』
『いいのいいの。てきとーになんとかしとくから。それとも、俺の言うことが聞けないって言うの?』
私が断れないと分かっていてこういう言い方をする。が、それに逆らえるはずもない。転生業務は他の者に回ることになる。私の分のしわ寄せがいくのだろう。気の毒である。私はその分仕事が減って楽にはなるが。気まぐれに雑務を回される心配はなくなったのである。それ自体は喜ばしいことだった。
『我が主のご命令とあらば、喜んでお受けいたします』
『んー。おねがいねー。』
『かしこまりました』
そこで、新しく設定された私の業務を果たすべく、彼の動向に目を向ける。すると、我が主の喜びそうな展開になっていた。
『……さっそくですが、進化可能になったようです。』
『お、いいねえ……さて。彼はどういう運命を辿ることになるのかな? 先のことを考えると、今から楽しみだね。』
そういって一頻り笑い、我が主は彼を注視するのだった。
山積みの仕事を放棄して、である。
最初は会話文だけで閑話とする、という不親切なものにしようとしたのですが、読み返してみると不親切すぎたので、地の文を挿入しました。
もっと文章力があれば、実現できたのでしょうが、、、精進します。




