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人生のエピローグ

初投稿です。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

 今年も平々凡々とした一年だった。


 一年が終わろうとしている。

 6時に目を覚まし、身支度をし、電車に揺られ、7時に出社し、仕事に忙殺され、22時に退社し、四畳半に寝に帰る。そんなことを繰り返した一年が。


 いまさら感傷はない。僕は死ぬまで、延々とこのような暮らしを続けていくのだろう。今年も、来年も、その次の年も。それも悪くはない。これでも生活には不自由していないし、衣食住が揃ってさえいれば何も文句はない。


 今日も今日とて、一日を終えた僕は、疲れた体を引きずるようにして帰路についていた。

 クリスマスだなんだと、世間は騒がしいようだ。クリスマスセールがどうの、プレゼントがどうのと、駅前にはさまざまな宣伝文句が自己主張をし、それに負けないくらいの人数の客で賑わっていた。そのようなイベントに興味のない人にとって、これほど苦痛なことはないだろう。それはきっと僕ひとりだけということはないはずだ。

 聖夜だからといって、何故こうもことごとく値上がりするのか。だというのに、何故こうも客は有り難がって群がるのか。そもそも、この群衆の中にキリスト教徒はどれだけいるのか。僕は早く家に帰りたいだけなのに、何故このような思いをしなければならないのか。

 こういうとき、職場近くが比較的栄えていると困るのだ。たまに何かイベント事があるといつもこれだ。やれハロウィンだ、やれゴールデンウィークだ、と普段はどこに隠れていやがるのかってくらいに人で溢れかえる。


 人混みは嫌いだ。

 まるで僕をどこかへ連れていくかのように、人の波は僕を押し流す。僕は波に浮かぶようにして流されるまま漂う。いっそのこと、本当にどこか知らないところへ連れていってはくれないだろうか。僕の知らないどこかへ。

 人の波に押し流されてたどり着いた先は、駅のホームである。発車のベルが鳴り、僕は我に返る。急がねば乗り損ねる。

 閉まるドアにご注意ください。言われなくても分かっている。閉まるドアにご注意しながら、僕は無感動に電車に乗り、家路を急ぐ。窓を眺めていると、駅に止まる毎に赤や黄色といった光が徐々に少なくなっていき、モノクロの景色が広がる。

 いくつかの駅に止まり、そのたびに車内からは人が消えていく。客が電車から漏れ出ているのか、電車が客を垂れ流しているのかが段々と分からなくなる。 座席が空き、やっと座れるかと思う頃に自宅からの最寄り駅につく。


 電車から吐き出されてそのまま改札を抜ける。先ほどまで波のように大勢居たはずの人々は、今ではせいぜい水たまりが良いところと言ったところだ。見れば、いつもと変わらずぱっとしない、ひっそりと静まった夜の景色が僕を迎えた。


 結局そういうことだ。華やかな場所にだけ集まって騒いで、地味な場所には目もくれない。お前にはそこがお似合いだ、と言われているように思えた。

 人混みは、嫌いだ。


 駅を出る。比較的大きな通りを十分ほど進んだところで、赤信号が僕を邪魔する。先に待っていた女性が僕をちらりと見る。警戒されているのだろうか。僕はただ我が家へ帰ろうとしているだけなのだが。もう五分ほど行ったところで角を数回曲がり、川を越えた辺りにある我が家へ。

 女性には目を向けないように、赤い光を眺める。

 僕はこの町は嫌いじゃない。ある程度交通の便がよく、静かで暮らしやすい。人は多くもなく、少なくもなく、娯楽を求めなければ何でも揃う。いわゆる、郊外というべき町だ。何か特筆する個性があるかと言われれば何もないのだが、住み良い町というのは得てしてそういうものだろう。

 きっと僕は、死ぬまでこの町に住み続けるのだろう。恋人も長いこと居なければ、これといった出会いも無い。つまり、結婚なんて望めるはずもない。現在勤めている会社も大企業とは呼べず、当然のように支社などない。転勤もないだろう。こうしてこの日常を続けるのも、悪くないのだ。

いつまでも変わらない赤信号に辟易としながら、僕はどうせ退職後も引っ越したりはしないだろうしなあ、と漫然と思っていた。


 その時だ。


 塾帰りと思しき男子高校生が、スマートホンを片手に、イヤホンを耳に、隣を通りすぎていくではないか。


 トラックが迫る。

 鳴り響くクラクション。

 硬直する高校生。

 女性の悲鳴とブレーキ音の区別がつかなくなる。

 気がつけば僕は声を出すより早く駆け出し、高校生を突き飛ばしていた。


 僕を振り返った高校生は、中央分離帯の辺りで驚愕した面持ちでいた。多少の擦り傷や制服の汚れは見られるが、生きている。無事だったのである。


 良かった。助けられたのか。僕がそう思うのと、トラックによって撥ね飛ばされるのは、ほぼ同時だった。



 僕の思ったものとは多少違ったが、「死ぬまでこの町で暮らすだろう」という予測は当たっていたのである。




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