39
その後、僕は自分の納得のいく勉強ができた段階で、彼女の家に向かった。
彼女の家の玄関をあけるとカレーの匂いがした。
彼女の作るカレーは、本当に具がない。でも具がないのは、よく煮込んでいるからと彼女は胸を張る。僕は、その度に小さく切りすぎているのではないのかと思う。しかし、味は美味しいのだ。本当に。本当に美味しい。
僕は、彼女のカレーを綺麗に平らげた。彼女は嬉しそうに笑う。
「おいしかった?」
「とっても」
「それは、どうも」
「ごちそうさまでした」
僕は、両手を合わせて食事に感謝した。
それから、彼女の本棚を僕は物色したあと、帰ることにした。
彼女は、玄関まで見送りにくると、彼女は僕にキスを求めた。言葉ではない。ずっと僕の目を見てなにかを訴えていた。僕は、彼女の腰に手を回して、自分の方に近づけてキスをした。
彼女は、嬉しそうにして「またね」と手を振って見送ってくれた。
僕は、本当に可愛い子だと思った。あんなに落ち込んだり、怒ったりしていたのに、こんなに可愛らしく甘える女性とは思わなかった。彼女と付き合うようになってから彼女の新たな一面を僕は知った。
暗い夜道を一人歩いていると、目の前から誰かが歩いてくるのがわかった。
コツコツと革靴の底が気持ちの良い音を立てて前から僕の方に向かってきた。僕の進行方向としては、その音の鳴るほうだったから、僕は仕方なく向かっていった。
前を見ていると、電柱の明かりから歩いてくる人物チラチラと見えるのがわかった。
全身タキシードで、ステッキを持っている。頭にはシルクハットをかぶっており、なんだか夜道には似つかわしくない格好をしている。これが、夏であったら肝試しの一種かと思うくらい少々不気味な姿をしていた。
やはりというべきかなんというべきか。
僕の進行方向にそのシルクハットのタキシードはいるわけで、結局僕はその男とすれ違うことになった。また、最悪なことに男は僕に話をかけてきた。
「おや。おかえりですか」
「ええ、まあ」
お互いが一度立ち止まった。僕はどうして立ち止まったのかは知らないが、恐怖心とは反対に止まってしまった。
「ところで、君はこんなところで女の子と油を売って遊んでいていいのかな?君にはもっとやるべきことがあるんじゃないのかな」
タキシードの男は不思議なことを言った。たまたますれ違った男に付き合っている女性がいるとはどうしてわかるのだろうか。推測でものを言っているだけなのだろうか。
「女性というのは、とても恐ろしい。よく、恋人や奥さんができると「男は頑張れる」という。しかし、実際のところ男のやる気を引き出す能力がある女性なんて、少数派だ。大概はやる気のない女性ばかりだ。男はATMのようなものだと勘違いしている女性も多い。この男女平等の社会となりつつある社会の中で、進んで正社員ではなくパートを目指す女性など、正直理解が私にはできないな。女性も目標を持って生きて行くべきなのだ」
男は、持っていたステッキで、地面をこつんこつんと2回叩いて、ゆっくりと僕とは反対側に歩き始めた。
「君は、彼女のために何ができる。彼女は君のために何ができる。もっとお互いが努力しなさい。君たちはお互いがお互いに支え合っていきていくことによって、無限の可能性を発揮する相性の良い人物たちであると私は思っている。出会った頃の彼女は、シンプルでシンプルな感情や行動しか持ち合わせていなかった。君もそうだ。君もあんなに自分に自信がなかった。自信をつけるためにいろいろな努力をしていた。その気持ちを忘れてはいけない。変化を恐れてはいけない。彼女を助けた最初の感情を。」
僕は、この男とどこかで会ったのだろうか。
「止まるな。ボンクラ。君は、もっとデカイ男になれる。私の検索によればね」
僕は、ハッとした。そして、僕は自分の後ろを振り返ってみたが、そこにはチカチカと光る電灯が数個あっただけだった。
人は、平和であることが平和であると思いがちである。
平和で幸せというのは、実はまやかしだ。人は毎日沈みそうになる危うい船を危ういバランスを必死に保ちながら沈まないように毎日頑張って保っている。船が沈まなくなったら、それは陸地に流れ着いてしまったことを意味する。船は動かない。魚は釣れない。そもそもその場所から動けない。平和とはそういうものではないはずだ。
僕は、もっとやれることがある。
もっと、挑戦するよ。ありがとう。ブルー。




