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僕は、図書館の机の上に広げていた文房具類をカバンの中にしまい、電卓を専用カバーに入れて、電卓もカバンにしまった。
僕は、彼女についていった。図書館の二階から、階段をスタスタと降りながら図書館の出口にむかった。
彼女は無言だった。いつもだったら、なにかしらの言葉を発しながら歩いている。大抵は、世間に対する愚痴だ。【どうしてまだ硬貨が存在しているのか。お役所ってなんて不便なのかしら。公務員になりたがる連中ってなんなのかしら。別に楽じゃないわよ、公僕なんて】
こんな感じの話を終始しており、数え始めたら枚挙にいとまがない。
無言であっても僕は特段話しかけようとは思わなかった。特に不便はなかった。周りの風景を僕は一人で楽しんでいた。猫が大きなあくびをして丸くなってる。カラスが飛んでる。高そうな服を着た量産機のような男子大学生が、可愛い量産機のような女の子と楽しく会話している。靴紐を必死に結んでいる小学生。
意外と周りを見回してみると面白い景色が広がっているものだと僕は思った。これが意識が高いと言われる人々が見ている景色なのかもしれないとなぜだか納得した。
「ここよ」
不意に彼女は、僕に話をかけてきた。意識の高い妄想に浸っていた僕は、不意を突かれたため変な笑みを浮かべながら「あ。そうなんだ」と意味不明な言葉を彼女に返した。
目の前には、灰色の建物が建っていた。縦に長く、横に短い。【都会の建物】を象徴するような建物だった。余っている土地がないため、上に伸ばすしかない。都会とはそういうものだ。
彼女に言われるままに、扉を開けて部屋に入った。中は、真っ白い壁と明るい茶色の木を使った床が広がったワンルームの部屋だ。
「ここは、いったいなんなの?」
僕は、彼女に尋ねた。
「あたし、来週からここに住むの」
「はぁ」
僕は、特に意味のない返事をした。そうか。彼女は引越しをしたということか。僕は、引っ越し先を彼女に紹介されたのか。しかし、日光の入りがよく部屋全体がいい感じに明るい部屋だ。僕もこんな部屋に住んでみたい。僕はお金がないから、となりは韓国人が住んでるし、ゴキブリはたくさん出る。あそこもあそこで都会を象徴するアパートであると言える。
「あんた鈍いわね」
「何が」
「女の子が、住む部屋を紹介しているってどういう意味かわかってるの?」
「そうだね……お腹が空いた時はご飯でも食べにおいでってこと?」
「違うわよ馬鹿」
彼女は、僕のすねを蹴った。いい感じヒットしたため、僕はしばらく床にころがり悶絶した。演技ではない悶絶がしばらく続いて、痛みが引いてきた時、床で寝転んでいる僕の上に彼女がまたがって座ってきた。
「あなたが好きなの」
僕は、思わず、左右に首を振って周りの景色を確認した。どうやら、この空間には僕以外の男はいないらしかった。
「わたしと付き合わない?」
僕は、急に心臓の鼓動が大きくなるのがわかった。僕は驚いた。急に現実が目の前に現れ、僕はどうしようもなかった。僕はどうしようもなかった。なぜか二回同じ感情が頭をめぐった。
「いいよ」
僕は、小さい声で返事をした。というか、彼女が僕のお腹の上に座るものだから声が出なかったのだ。
彼女は、いきなり僕のほほを持って、自分の唇と僕の唇を重ねた。その瞬間、開いていた目は自然と閉じた。
僕に、友達ができる前に彼女ができた瞬間だった。




