主人公は、ヒロインの逆ハーレムに介入する。
思いつき三時間クオリティ。
詰め込みすぎっぽい。
「マリー」
「マリーさん」
「マリーちゃん」
「おねえちゃん」
四人の声が、唱和する。
「俺 (僕)達、お前 (貴様)(君)が大嫌いだよ」
おおおおお、やった逆ハーエンド失敗ですっ。
主人公補正でとっても可愛らしい容姿のヒロインちゃん、信じられないと言わんばかりに目を見開いてます。
「婚約者のいる俺達に色目を使う尻軽」
傲岸不遜、絵に描いたような鉄壁の俺様王子。
「婚約者に見え透いた嫌がらせを行う、空気より空っぽなお脳の持ち主」
銀縁眼鏡をクイっとする仕草が似合いそうなクールビューティーの、宰相令息。
「婚約者に整備を任せてた俺の武防具をぶっ壊した挙げ句に責任転嫁した、とんでもねぇ粗忽者」
陸軍元帥の孫にして、国王付き近衛騎士団長令息。
「賢しらな口をきけばきくほど程度の知れる、浅薄極まりない下賤の女」
建国以来最高の天才の名を欲しいままにし、最年少の若さで最高学府の教授を勤めるショタ魔導士。
全員が、ヒロインちゃんを嫌悪の眼差しで見つめています。
「まったくもう……長い忍耐期間だった」
「ええ。 婚約者を守るためと言えど、このような虫クズにも劣る女の戯れ言に陶酔するふりをせねばならないとは」
「差し入れが口が曲がりそうなくれえマズイのに美味いって言い続けにゃならんかったのはキツかった」
「耳が穢れるってさぁ、君の言葉のためにある表現だよ?」
動揺のあまり硬直しているヒロインちゃん、攻略対象達による言葉責めフルボッコを受けております。
ここは、ファンタジックな世界観に育成+恋愛シミュレーションを標榜した同人乙女ゲームに似た世界。
今日はゲームにおけるエンディング、学院の卒業式とヒロインちゃんへの告白の日でございます。
まあ攻略対象達のヒロインちゃんに対する好感度はご覧の通り最低で、彼らはそれぞれの婚約者とオンリーラブな感じになっておりますが。
このゲーム、攻略対象の初登場時には必ずヒロインちゃんよりハイスペックの婚約者がいます。
いわゆるライバルキャラ、という奴ですね。
で、訓練してパラメータアップをしつつ攻略対象にコナかけてデートしてイベント起こして好感度を上げて卒業式の日に告白を受け、ライバルキャラを捨てさせて自分が後釜におさまるのが目的なわけです。
無事に婚約者を蹴落とすハッピーエンドにそこまでできなかった悲恋エンドに友情エンド、更にはお互いの身の破滅に陥るバッドエンドが用意されています。
で、エンディングの種類を問わず全員一巡りしたら選べるシチュエーションの、逆ハーレムルート。
正直同人ゲームとは思えないほどの大ボリュームで、会社立ち上げてスマホアプリ化の話もあったとかないとか。
え、私ですか?
私はヒロインちゃんと攻略対象の架け橋、婚約者の令嬢その五です。
はい、話が噛み合ってませんね。
五人目の攻略対象はどこにいるとか、なんでファンタジックな世界観のお嬢様がこんな諸々を知っているのかとか。
テンプレで申し訳ないのですが、私は転生者なんです。
記憶が甦ったのは、学院入学当日。
とっくに攻略対象のイケメンと婚約を済ませ、そこそこ仲よくしていただいてしまった後でした。
傍観を決め込むには近くなりすぎてしまった距離に頭を抱えたのは、無理からぬ事ですね。
もっとも、介入しようと意気込むのに時間は必要なかったです。
私の立場は攻略対象の婚約者その五で、地位は男爵令嬢と一番低い。
けれど他の四人の婚約者様方は、私にとてもよくしてくださいました。
ご恩に報いたいと思うのは、当然じゃないですか。
こうなるとヒロインちゃんの事は、かつての自キャラとは言え順風満帆なカップルの間に割り込んで仲を引き裂く何もかも足りないビ『ピー!』としか思えません。
なので逆ハーレムルートを目指しているっぽいヒロインちゃんの邪魔をすべくあれこれ画策を始めた……まではよかったんですが。
一般市民に毛が生えた程度な、貴族としてはポンコツスペックの自分ではあれこれやってもうまくいかず落ち込んだ所に声をかけてくださったのが、私の婚約者様。
そこそこ仲よくしていた婚約者がある日いきなり自分に見向きもしなくなり、特定の女の子のお尻ばかり追い回し始めたらそりゃ普通に心配しますわな。
少し悩みましたが、私はある程度ぼかして打ち明けました。
全てをいきなり語って取り返しのつかない烙印捺されるよりは、その方がベターですから。
婚約者様は私の事を笑ったり怒ったりする事もなく、真摯に全てを聞いてくださいました。
そして、私を慰めてくださって。
この件は自分……ひいては父に、預けてくれないかと。
えらい大事になりそうな台詞に青ざめたのも、今ではいい思い出です。
婚約者のお父様は、国立図書館の館長を勤めてらっしゃいます。
表向きは昼行灯と呼ばれるほどノホホンとした方ですが、裏の顔は国王陛下直属の諜報部隊長。
息子である婚約者様も後を継ぐべく、今から昼行灯な雰囲気作りに勤しんでおられます。
それはともかく私の話の裏づけが取れたなら、それは国の中枢を担う貴族の令息達が一人の平民ちゃんに骨抜きにされて婚約者を捨て去ってしまう、何とも頭の痛い事態が近い将来に待ち受けている事になるわけです。
そんなグダグダな可能性を潰すため、諜報部隊が暗躍するのは無理のない事だと。
諜報部隊が知ったという事は、国王陛下のお耳にも掠っているかも知れないわけで……ヒロインちゃん、オワタ。
そこから、話は早かったです。
なにしろ諜報部隊の皆さん相手に、プライバシーの侵害なんて言葉は通用しません。
あっという間に個人情報剥き出しにされたヒロインちゃん、当然のように真っ黒でした。
今回明らかになった、ゲーム内では特に言及されなかったヒロインちゃんの背景はこの際どうでもいいです。
貴族令息を四人もたらしこもうとしたヒロインちゃんに対する制裁は必要ですが、四人の外聞も守らねばなりません。
なので彼らは騙された振りをし、ヒロインちゃんに甘言を囁いていい気分にさせてこのXデーまで騙し返していたと。
この場合のXデーとはヒロインちゃんに引導を渡し、ヒロインちゃん父のゲスい野望を末端に至るまで刈り取り叩き潰し未来の王がケーススタディとして利用できるようマニュアル化するまで、という事です念のため。
もちろん婚約者の皆様にはこの事を打ち明け、公然と二股かけてた事になるんですけど……それはいいのか?
なんて色々考えていましたら、我を取り戻したヒロインちゃんとバッツリ目が合ってしまいました。
「あんたね!?」
へ?
「あんたのせいで、あんたのせいで、あんたのせいでえええええっ!」
ぎゃああああ!?
突進してきたヒロインちゃんに胸ぐら掴まれる前に、婚約者様が立ちはだかってくださいました。
「あんた誰よ!?」
「……、だ」
昼行灯作りに成功して、外見的には割ともっさりした婚約者様です。
ヒロインちゃん、見かけに騙されて態度がつっけんどんですよ。
「はぁ、聞いた事ないわよそんな名前!」
目を三角にして怒っているヒロインちゃんの言葉で、疑念は確信に変わりました。
「あり得ないあり得ない聞いた事ない! ゲームじゃ攻略対象は攻略対象としか仲よくしてなかったじゃない!」
あー……ヒロインちゃんは現地主人公じゃなく、私と同じ転生枠でしたか。
そんでもってこの台詞……ヒロインちゃん、アレはご存じないと。
うん、そうでしょうねぇ。
積み荷を燃やして、じゃなくて積み荷が燃えちゃった、ですから。
でもさぁ、ヒロインちゃん。
いくら創作物がベースとは言え、生徒とか教師とか顔見知り以外の人から声かけられても黙殺する人って……普通に考えたら、駄目な人でしょう。
「ノベライズ」
唐突に私が発した言葉に、ヒロインちゃんが目をぱちくりさせます。
「私の姉がサークル主さんと懇意で、許可もらってあのゲームをノベライズしたんですよ」
私は、ヒロインちゃんにとっての破滅を紡ぐ。
「製本まで済んだんですけど、本積んだトラックがヨッパライの暴走車のせいで土手っ腹に風穴開けられましてねぇ。 燃えて日の目を見れなかったんです」
ここは、そのノベライズに似た世界。
私と婚約者様は、そのノベライズのオリジナルキャラクター。
だからあなたは、私と婚約者を知らない。
けれど私は、色々知っている。
姉が書くものの一番最初の読者だった私には、世界のからくりが見えてしまう。
そういう事なんです。
「は、あ、ぇ……」
事態についていけなくて目を白黒させているヒロインちゃんの事を、五人は穢らわしいモノを見る目で見ております。
「そろそろ、貴様の親狸も捕縛されている頃だろう。 おとなしくお縄につけ」
パキン、と王子が指を鳴らしますと。
どこからか現れた兵士の皆さんが、ヒロインちゃんを縛り上げ。
正気づいて叫び暴れるヒロインちゃんの存在が誰にも感じ取れなくなった所で、四人が私達の所にいらっしゃいました。
「よく知らせてくれた」
「ありがとうございます、おかげで恥を晒さずに済みました」
「助かったぜ」
「僕も知らなかった策略に勘づいたその知謀、悪くない。 どうだい、僕のラボに来ないか?」
は……あ、あは、あははははははははは。
買いかぶりすぎですよ、皆様ー。
ヒロインちゃんの逆ハーレムを阻止できたのは前世知識の賜物でしかなく、私個人はミソッカスで。
「もういいだろう」
つい、と婚約者様が私の肩に腕を回しました。
「アレの始末に追われて、ゆっくり語らう時間が削られていたんだ。 それに」
ひ。
伸ばした前髪の奥から覗く瞳が、ギラリと輝いてます。
「そのゲエムとやらの筋によると、婚約者同士ですべき事があるんだろう……確か、ここで?」
あ。
「は、はい。 攻略対象と、ここで婚姻の誓いを立ててキスをすると永遠の愛で終生結ばれるという伝説があって、二人でそれをしてフィナーレです」
ハッピーエンドが婚約者蹴落としての略奪婚ですから、これくらい強力な後押しが必須なんでしょう設定的に。
「では、我が婚約者殿」
……って、え?
「一生幸せにする。 結婚しよう」
ふわり、と唇をかすめる婚約者様の。
「ノオオオオオーーーーっ!?」
「なんだそれは」
叫んで腰抜かす私を抱き上げつつ、婚約者様が眉をひそめます。
「ふぅん、なるほど」
「くだらないと切り捨てたいですが、たった今解決した案件を鑑みると……やっておきましょうか」
「じゃ、俺が呼んでくるわ」
「僕もアンリエッタを連れてくる」
めいめいそれぞれ、三々五々に散っていって。
婚約者と誓いのキスをして。
最後ハッピーエンドなのはお約束、ですよね?