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襲名披露 announcement of itoh’s succession

作者: tetsuzo

刈り入れも滞りなく終了。本年も大豊作。秋晴れの天長節(十一月三日)。表座敷、中座敷、奥座敷の間を隔てる襖は全て取り払われ、百二十畳敷きの大広間。後ろに座るものは前が良く見えない。伊藤家家族郎党、執事、家令、使用人、手伝い、女中、下働き等の奉公人達が集められた。皆精一杯の盛装である。総勢百名。皆畏まって正座している。暫くすると咳払いと共にお屋形様の大庄屋、伊藤弥ェ門、正妻和江、嫡男一弥が入場し上座についた。弥ェ門が高声で告げる。

「皆の衆。お忙しい処ご苦労さんでごわす。既に予想していた者もあろうが、本年末を持って、家督を此処に控える嫡男一弥に譲り渡す。ワシは隠居する」

静かだった座敷は忽ちゴウゴウという非難の声がアチラ此方から上がって騒然となる。

「静まれ!静まれイ!その方達が若年の一弥では、江釣子三千世帯、一万五千人を束ねていくのに不安が残ると言いたいのであろう。じゃやがノ、時代は常に移り変わっておる。現に本年、この一弥は超高級野菜果物米を一人で作り上げ、多大な利潤を農場に齎した。しかもフルキャストスタジアムを借り切っての収穫祭は東北だけでなく、全国津々浦々より膨大な若き美女が集まった。今や一弥通称カズ・イトオはセレブなカリスマ・ファーマーとして日本はおろか世界中で注目される超有名人である。この伊藤農場もカズに代替わりすることに拠って大いなるイメージチェンジを図る必要があるとワシは決心した」

「お、お屋形様。伊藤家は言わずと知れた寛政年間より続く屈指の旧家。しかも大元は今を遡ること千二百有余年、延暦の御世に生を受けたカズルイ様を遠祖と仰ぐ、誠に由緒ある家系。それをオランダかぶれの農法や奇怪な名前を名乗るなど言語道断。許せません」

「そうだ、そうだ。その通り」

「喧しい!静かにせいと申したであろう。頭取であるワシの決めたことである。口答えは一切無用である」

「お屋形様。肝心要めの若殿、一弥様は未だ妻を娶っておられず、独り身でごぜえます。それじゃあ、幾らカリスマだかスマスマだか知ンねえが、この伊藤の家督を継ぐ資格は御座ェません。若殿のお嫁様候補はいらっしゃるのでごぜえますか?」

「ふむ。一理あるノ。いかにも一弥は数多いいよる美女との縁談を断り続けている。しかし之には歴とした理由がある」

「一体それは何でガス?」

「うむ。絶対の秘匿事項じゃから、未だお前達に話す訳には参らぬ。然しながらこのままではお前達も納得出来ぬであろう。一弥。話して良いか?」

「ようございます。覚悟は出来て居り申す」

「では特別に話して聞かせよう。これから申すことは儂及び相続する一弥にある意味大変な恥辱となることであるからして、ここにいる関係者以外には死んでも漏らしてはならぬ。一昨年のことである。一弥はトアル美貌の女性と激しい恋に落ちた」

「絵里さんのことだべ?」

「そうだ。絵里ちゃんに決まっている」

「喧しい!その女性は何を隠そう、我が伊藤家の小作人の一人であった。儂は男爵家を受け継ぐ我が家との家格の違いから強く反対し、手切れ金を支払って二人の仲を強引に引き裂き別れさせた。其の後の一弥の行動は皆も知っておろう。悲嘆のあまり極度の引き篭もりとなり、心身の重篤な病に陥った」

「あん時はひどかったでゲス。何ヶ月も風呂にも入らず、大小便も垂れ流しの寝たきり。おらたち臭くて近寄れなかった」

「まあ、お前ェらは外で働いているからまだ良い。儂たち夫婦などは夜中中叫びつづける奇怪な声で眠ることも出来ず、オロオロ、やきもきするばかり。其の後南部伯爵家ご令嬢美咲様、秋山哲洲先生ご息女みさき様、CanCamモデル蛯原友里様、等々の美女達と見合いを繰り返したが、途中までは上手く行くのであるが、皆途中で頓挫してしまった」

「いやぁ、エビちゃんとはこのまま結ばれるのではないかと、俺達噂バしちょりました」

「左様。皆とは唇は合わせるものの、最後までやり通せず、不調に終わってしもうた」

「へ、変でげす。若殿はこと女となれば捨て身の姿勢で必ずニクタイを奪って居られた」

「それがノ、絵里との離別以降全くの自信喪失。キッスだけに至るまで数ヶ月を要する体たらく。儂は無理やり相思相愛の二人を引き裂いたことに激しい自責の念に囚われた。儂の行動自体時代離れで、内心忸怩たるものがござる。痛く反省しておる。一弥には絵里しか居らぬ。この際、絵里との復縁の為、儂は絵里母娘に頭を下げ、謝って許しを請う」

「駄目でごわす。落ちぶれたりと言えども元江釣子藩十万石領主、男爵位受勲、江釣子・和賀・稗貫・志和を束ね統括する大庄屋弥ェ門殿がたかが小作百姓風情に頭を下げるような事は絶対許されることで無ェでがんす」

「然しノ、鐡蔵。一弥が娶らねば伊藤の相続は不可能である。一弥が結婚したい相手は世界中で絵里しかおらん。儂は絵里母娘にひれ伏しても、復縁をお願い致す。伊藤の名誉、身分など復縁に比べれば取るにたらん」

再びゴウゴウと非難の声が上がり座は騒然とする。その時嫡男一弥が決然と立ち上がり、一喝する。

「お前達。皆が我が父弥ェ門殿の土下座する姿を見たくない、そのことは良ォく理解した。聞け。旧来の因習に囚われていたら江釣子の未来は無い。このことは個人個人の胸にしっかり叩き込んで欲しい。俺は人気取りのためカズ・イトオなどと名乗っているのでは無い。新規農業に抵抗していては、ジリ貧状態になるのは眼に見えている。俺はこの東北の一角で農業革命を起こしているのである。この革命は産業革命の先駆となる。聡明で世界一美貌な絵里を妻に娶ることにより、革命は一層輝きを増す。些事に捕らわれることなく前進しようではないか」

奉公人達の不満は一向に解消されなかったが、弥ェ門、一弥父子は翌朝、烏帽子、直垂の正装で馬車を仕立て、江釣子村宇南の絵里の家に向かった。

「頼もう。弥ェ門、嫡男一弥である。絵里様、母上様はご在宅であるか?」

早朝至急電報でこのあばら家に大庄屋親子が来駕されると聞いて、母娘は仰天、慌てふためいたが、美容院もエステも間に合わぬ。有り合せの服装で高貴な父子を出迎えざるを得ない。

「ど、ど、どうぞ、お通り下さいませ。斯くの如きみすぼらしい小作末端のボロ屋に殿様、若様をお迎え申しあげるのは甚だ恐れ多いことでございます。何卒ご勘弁の程宜しく願い奉ります」

烏帽子、直垂の勅使姿の父子は今にも潰れそうな傾いた藁葺きの侘び屋に入る。

「よい、よい。そのように畏まらずにして下され。本日は我ら父子が絵里殿母娘に許しを請いに参ったのでござる。上座に座す訳にはいかぬ。ワシ達はこの土間で良い」

「と、とんでもないこと。どうぞお上がり下さいませ」

絵里は薄い黄色のプラダ社のキャミワンピースを着て、以前にも増す非常な美しさ。膨らんだ胸が余すところなくむき出されて可愛らしさはこの上ない。

突如伊藤父子は汚れた土間に手をついて平伏した。

「絵里様、御母上様。先年私はとんでもないことをしでかしました。言うまでもなく、大した事由もなく、愛し合っていたこの若き二人の仲を引き裂いてしまったのは、この私でございます。民草を庇護する立場でありながら、過去の亡霊に取り付かれ嫌がる二人を無理やり離れさせたのでございます。この罪障に今日まで私自身悩み、眠れぬ夜を送って参りました。もとより別れた後、ここに控えます一弥はお嬢様への想いは消えるどころか、重度の恋煩いの状態。焦燥感でノイローゼに陥り何ヶ月も引き篭もっておりました。最近絵里様に対する思慕は変わらないものの、このままではいけぬと悟ったのか、新しい農業、即ち農業革命を志し、実行してきました」

「ど、どうか頭をお上げて下さいまし。お噂は伺っております。先日のカリスマモデルを招いての収穫祭や高級作物の育成はこのような僻村中の僻地にも評判が伝わってまいりました。お屋形様。若様。絵里は若様と別れざるを得なくなりましても、ずっと若様をお慕い申しあげてまいりました。別れたのはこの絵里の顔かたちや学問の浅さが原因だと思い、美容や学問を必死に続けて来たのでございます。絵里は若様のことが好きでございます。大好きでございます」

「え、え、絵里」

「お許し下さるのか、絵里殿」

「お許しを願わなければならぬのは私の方でございます。大して美しくも無く、無学な私が背伸びして若様の恋人になろうとしたのは、浅はかな行為でございました。東京に出、学問と美容に精を出しますと、私が井の中の蛙であったことがはっきりと解ったのです。今はかっての絵里では無いとの自負があります。蛯原友里などにひけを取らぬ美貌と菊川怜を遥かに凌駕する教養を獲得しました」

「な、なんという健気で優しき思し召し。忝く涙が零れます。私の身勝手な思い上がりから、一弥との離別をお願いしたのでありますから、これを反故にし再度一弥とお付き合いをお願いする資格など丸で無いのでございますが、只今の絵里様の温かいお言葉を承り、再び一弥とお付き合いお願いできませんか?」

「嬉しいワ。だってわたくし一弥様のこと世界で一番好きなんですもの」

「絵里ッ。キミのこと大好きです。逢いたくて逢いたくて、ずっとずっと泣いていたんだよ」

「私もよ。一弥さん」

二人は憚らずひしと抱き合い唇を合わせながら号泣した・・

「お屋形様。若様。とてもお口に合わぬと存じますが、ささやかな昼餉の膳を用意しました。仲直りの記念に召し上がって頂きたいと思います」

「うむ。丁度空腹を感じていました。遠慮なく頂戴しようではないか。ノオ一弥」

「はい。母上様、それと絵里ちゃんの手料理が食べられるなんて、この上無き幸せ。失礼して烏帽子、直垂を脱ぎ、上がらせてもらいましょう」

「そうだノ。この衣服は堅苦しくていかん」

母娘は台所に立ちいそいそと料理を作り出す。座敷中央には囲炉裏が切ってあり、串刺しの岩魚と豆腐、ばっけ、きじ肉が火の廻りに埋けてある。魚や肉の焼ける美味そうな匂いが漂う。野菜をきり鍋に入れ囲炉裏の自在鍵に吊るす。

「若様。実はこの野菜は若様がお作り遊ばされた里芋、じゃが芋、大根、人参、椎茸、しめじ等でございます。鐡蔵老人にお願いして特別に分けて頂きました。肉は我が家で飼育していた比内地鶏。勿論お米も伊藤農場のもの。いつも食べられておりますでしょうが、今日は絵里が三時に起床、腕によりを掛け拵えました。食べてくださいませ」

「そうでしたか。それはご造作掛けました。一弥。それでは早速食してみようか。緊張していたので腹が減りました」

二人は大椀に盛られた郷土料理の芋の子鍋や岩魚の塩焼きにむしゃぶりつく。

「う、う、うめッ。う、うめえっ」

「頗る美味である。農場の野菜が一番良い形で生かされている。先日の収穫祭で招聘した一流シェフの味など足元にも及ばん」

「ま、一弥さんたら、お世辞なんか仰らないで」

「決して世辞では御座りませぬ。私は世界各地の高名なリストランテを食べ歩いておりまするが、これほどの美味は空前絶後。絵里さんは鉄板少女アカネにも勝る名人です」

「恥ずかしいわ。でもこれでお嫁さんになる資格が一つ出来たと思います」

楽しい会話が続く。弥ェ門はふと座敷の隅に小さな仏壇があるのに気がついた。

「絵里様、母上様。私としたことが、トンダ失礼をしたようだ。先年亡くなられたご主人、深津殿の霊前にご挨拶することを忘れておりました。一弥、お前も参れ。線香を上げさせて貰おう」

「それは、それはご丁寧なことでございます。とても小さく汚い仏壇ですが、この度の目出度き会合に、深津も草葉の陰で喜んでおりましょう」

二人が仏壇の前に座り、扉を開ける。すると位牌の代わりに小さな銀の十字架が置かれている。

「こ、こ、これは!!ク、クルスでは無いか!!ご禁制の切支丹!その方ら隠れ切支丹であるのか!」

「父上。落ち着かれよ。うろたえてはなりませぬ。例え絵里殿が切支丹であろうとも、私はもう絶対離しませぬ」

「だ、黙れッ。一弥。我が伊藤は紛れも無き真言密教の信者である。平泉達谷窟毘沙門堂の檀家総代を務めている。邪宗の輩を大事な息子の嫁に迎えるなんてことは、金輪際あってはならぬ。今日の話は反故。無かったことにしてくれい」

「慮外である!そのような言動、如何に大庄屋と雖も到底許されることではありませぬ。バカバカしくて話になりません。大日本帝国憲法第二十八条にも『日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス 』と明記されております。二十一世紀の今、基督教理が日本人民の安寧を妨げる存在では無いのであります。民を統べる父上が斯様なこともご存知無きは情けなく涙が出ます」

「元より左様なこと知って居る。明治天皇がこのような定めをお創り遊ばされたるのは、開国し諸外国との交流を為さずば、近代国家への脱皮が出来ぬ為、建前として信教の自由を掲げたのである。明治初頭、長崎浦上地区の隠れ切支丹数千名が弾圧され、島流しにあった。明治、大正、昭和、平成の御世にあっても基督教は厳しい制限を受け、人民に広がることは無い。絵里殿が棄教し、考えを改めなければ決して嫁に迎えることは出来ぬ」

「邪宗とはオウム真理教等を差します。基督教は安全無害な教理です。斯様なことをグダグダと何時までも申すのであれば、親子の縁を切り、絵里様と一緒になる覚悟」

「お二人共、いい大人が口角泡を飛ばしての論議、見苦しく存じます。一昨年の春先のことでございます。バレンタインに愛する一弥様が食べて見たいと仰った、がとう・しょこらを何とかして自分の手で作り差し上げたいと思いました。カムイヘチリコに住む鐡蔵老人の知恵を借り、折からこの江釣子を訪れた阿蘭陀人宣教師、ヴァリヤーノ枢機卿に我が身を投げ出し、得たしょこら一片。それよりがとう・しょこらを作り、若様に差し上げました。若様は大層お喜びになられ、私に初めての口付けをして下さいました。それは枢機卿に頂いたしょこら一片が始まりでございます。一弥様とのご縁は基督教の他者を愛するの教理から導かれたのでございます。その時から私は基督教に帰依致しました」

「あのがとう・しょこらはそのようにご苦労され作り上げたものでしたか。ますます好きになりました。絵里ちゃん」

「むう、そうであったか・・阿蘭陀人宣教師のオ。一弥の進める新農法も又阿蘭陀式。阿蘭陀は西班牙や葡萄牙、伊太利亜とは異なり新教であり、幕府はその教理には寛大であったノ。そ、そうか。阿蘭陀新教であるか。其れなら許そう」

「父上。今後は斯様な軽はずみな言動は断じて避けてください。特に愛し合った二人の仲を裂くような」

「うむ。承知した。嫁入りして頂けるよう、儂は務めるぞ。早速将来二人の住まいとなる住居を建てると致そう。設計は我が家の家令を務める鐡蔵に依頼致す」

「それは良いお考え。鐡蔵は老いたりと雖も、無類の設計達人。絵里殿。共に希望を出し、鐡蔵に与件を伝えましょう」

「あら、手回しの宜しい事。絵里はまだ貴方と結婚すると決めた訳ではありませんよ」

「貴女の農地での服装計画に下案を作成してあります。一例を上げると上着はジューシークチュール社に特注したロゴ入りTシャツにヒューゴボス社のGジャン、パンツはジョセフ社、ブーツはマロノブラニク社の製品。エルメスのスカーフやプラダ社の帽子。バッグはクロエ社のもの。夫々を鐡蔵老人と相談し選び抜いたもの。ファッション雑誌から抜け出たような華麗なもので考えております。飛び切りのアクセサリーや手袋なども選択中です。勿論貴女の希望も十二分に取り入れ、より美しく着飾って田圃に出て頂きます」

「そのようなブランドファッションでは農作業など出来ませんよ」

「無論でございます。絵里様に作業をしていただく積りは毛頭ございません。ファームの花として時折姿を表し、その美しさで我ら農民を楽しませ、癒していただければ宜しいのです。手を携え共に慰労する私もパリっとしたファッションで我が身を包み、お洒落ファーマーカップルとして傘下一万五千の農民の頂点に立つノ所存でございます」

「おいッ。好い加減にせい。野良に出る人間が左様な格好をしていては、数多の小作人に示しがつかぬ。そのようなことでは土民達が貴様についてこまい」

「ご心配には及びませぬ。先の仙台フルキャストスタジアムで開催されたカズ・イトオ-ハーヴェスト・フェスティバルにおいて、私は金ラメ、真紅蝶タイの艶姿にて蛯原友里と共に会場に立ち、大喝采を浴びたのでございます。今や文化に遅れたる農民諸氏も華麗な服装に抵抗を抱かぬどころか、歓迎する傾向が見て取れるのでアリマス。尚日常乗車するマイカーはフェラーリ612スカエッティ、自家用機はボンバルディア・グローバル5000を使用する予定」

「まさか貴様、かって秋山鐡蔵シェフが嘆いたような、アルハンブラ宮似の宮殿やトプカピ宮並のハーレムを造営しようという魂胆ではあるまいな。百姓は王侯の如き生活をしてはならぬ」

「心得てございます。普段は地を這い、泥にまみれた原始的農業を行い、晴れの日に思いっきりお洒落をして街に出るのです。絵里様が着飾るのは国民の休日、五節句、薮入り、盆、正月、クリスマス、イースター等でござる。その他の日はミニワンピースか、キャミソール、ランジェリー等セクシーな服装でいていただきます」

「一弥様。わたくしを大切にしていただく心遣いは大層嬉しゅうございますが、それでは単なる人形か側女の如き存在になりかねませぬ。御母上和江様より杓子渡しの儀を受け、家刀自としての権利を確保したいと存じます」

仲直りの手打ちを行い目出度く一弥と絵里は復縁、人も羨む超仲良しカップルとなった。間も無く結婚の意志を固めた二人は、江釣子神社で挙式、披露となった。明けて平成十九年一月三日。伊藤家門前には黒づくめの正装で並んだ数千名の群集で溢れかえった。流石広大を誇る伊藤家でもこれだけの人数は収容しきれない。多くの人間は記帳を済ませ、新たに仮設された屋外の巨大スクリーンに見入る。選ばれた二百名のみが座敷に処狭しと畏まって正座する。座敷正面の床の間両脇には巨大な生け花。天皇陛下、内閣総理大臣安倍晋三からの祝賀だ。前男爵伊藤弥ェ門、正妻和江、嫡男一弥、同正妻絵里が着飾った姿で威儀を正して座している。名誉ある司会を務めるは家令安芸山鐡蔵である。新品のモーニング、襟には大輪の白薔薇を挿している。立ち上がった鐡蔵は一礼しマイクの前に立つ。百戦錬磨、老齢で様々な修羅場を掻い潜ってきた鐡蔵も、緊張のあまり震え、嗄れ声で喋り出す.

「み、皆様。お忙しいところ誠にご苦労様でございます。本日はこの催しを寿ぐが如き晴天でございます。お喜びください。本日を持ちまして、偉大であり皆様の慈父であらせられました伊藤弥ェ門様が、その莫大な家督を此処にあらせらるる御嫡男一弥様にお譲りなされます。一哉様は是より遠祖蝦夷王カズルイ様より数え実に百二十六代蝦夷大王にして、正史に記載されたる旧江釣子藩十万石領主、男爵、江釣子、和賀・稗貫・志和統括大庄屋、自衛隊東部方面師団長、第二十六代伊藤家当主、伊藤コンツェルン総裁、イトーズファームCEO等々にご就任遊ばされます。弥ェ門様より秘宝の御徴、蝦夷大王剣と花押印をお授けになり、名実共に江釣子郷頭領に君臨されるのでございます。弥ェ門様、ついで一弥様よりご挨拶が御座います。謹聴して頂きます」

ごうっと歓声が上がり、拍手が暫く鳴り止まない。暫時して座が静まると弥ェ門が立ち上がって一礼、マイクを取る。

「うほん。諸君、永きに渡り儂に良く仕えてくれた。礼を申す。今鐡蔵が申した通り、本日只今を持って、邸内三殿深く祀られた蝦夷大王の栄誉ある剣を嫡男一弥に譲り渡す。これは秘儀であるからして、皆様方にお見せすることは出来ぬ。儂から申すのは些か気が退け申すが、一弥は麒麟児にして鳶が鷹を産むがごとき、我が子乍、天賦の才と類稀な英明な行動力を持っておる。であるからして、鄙深い江釣子の里が世界最先端のファームとして脚光を浴びることが出来た。新世紀に高く羽ばたく、我が愛する江釣子が、全世界に向け古今未曾有のAgricultural Productsヲバ、発信する。このためにカズ・イトオを温かく見守って欲しい。従来に増してのご支援をお願い致す」

猛烈な拍手が巻き起こり、耳を聾する。

「続きまして、新大王一弥様より、ご就任のご挨拶が御座います」

じゃぁ〜んと銅鑼が鳴る。普段磊落を誇る一弥も緊張を隠せない。金色燦然と輝くタキシードに身を包んで、やおら立ち上がって一礼する。先ごろ婚礼を挙げたばかりの愛妻絵里も一緒に立つ。二人は手を繋いでいる。銀色の身体にピッタリしたキャミソールにミニスカートである。来客がドっと沸く。口笛を吹くものもある。

「皆、皆様。ミーがカズ・イトオです。此方はフラウのエリイ・イトオです。ファームのリボルーションを心掛け、漸う軌道に乗ってまいりました。本日、父の栄誉ある職責を引き継ぎ、皆様と共に歩んで参りたいと存じます。大王と呼ばれるは、些か面映い思いも致しまするが、エリイ姫と一緒に皆々様の健康と地域の発展を図るべく、微力乍全身全霊を捧げる覚悟でございます。ここでエールを上げさせていただきます。ものども俺と俺の妻について来い!」

「おうツ!グレートキング・カズ万歳!グレートクイーン・エリイ万歳!」

どよめきと歓声で豪壮な屋敷が揺れた。外でハイビジョン映像を眺めていた数千の群集からは地鳴りのようなゴウゴウたる大歓声。指笛を吹く者、鉦を打ち鳴らす者、太鼓を叩くもの、騒然としいつもの静かな村里が嬌声に包まれた。



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[一言] おもしろい。 これは、もっと評価されていい作品。 携帯からだと読みにくいとかもあるかもしれないが、秀作。 久しぶりに、すかっとしたお話でありました。 改行や台詞に若干改良の余地ありと思いまし…
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