現在・栞編
再び 平成23年 春
祖父の33回忌法要を終えた私(栞)は 凛子伯母さんに 思い出の古いアルバムを借りた。
「どうしても 見せたい人がいる。 大事にするから。」
と言うと 伯母は 何も聞かず、そっと貸してくれた。
私は どうしても、このアルバムを 前沢尊に見せなければ という気持ちに なった。
桜子伯母さんの 恋人が 尊に よく似ていた のもその理由だが、不思議と 誰かに 背中を 押されている気がした。
私は 主人の帰りが 遅くなる日、尊の 携帯に電話をした。 すごく 勇気をだして・・・
「もしもし、前沢くん?」
「美月・・・さん?」
「うん。今電話して 大丈夫?」
「ああ べつにいいけど。」
「あのさ、前沢くんにどうしても 見せたいものがあるの。」
「何?」
「まあ それは まだ言えない。」
「ふ〜ん。」
「いつか 会える?」
「ああ、今週土曜日とか休みだけど。」
旦那は仕事だ。子供たちは実家に 預けよう。
悪知恵が働く。
「わかった。土曜日ね。
こないだの喫茶店でどう?」
「あそこは 会社に近いから・・・。うち、来る?」
「うちって、奥さん・・・」
「ああ、一人で アパート借りてるから」
「え?」
「まあ いきさつは 今度。」
と、いうことで 約束の土曜日、 私は 尊の アパートの前にいた。ドキドキして 玄関のベルをならす。
尊が 出てきた。
「おっす。まあ入って。」
「おじゃまします。」
初めて入る 尊の部屋は 綺麗に片付けられていた。
昔から 綺麗好きではあったが・・・
部屋には 生活できる 最小限のものしかなかった。
その中に 高校の野球部の集合写真や 尊の子供と思われる 男の子の写真が飾ってあった。
「かわいい。」
「四歳になるんだ。結婚して六年目で やっと授かった子供。」
「奥さんと 子供さんは? 」
「今 むこうの実家にいるよ。・・・子供が生まれてから むこうの両親と同居したけど、オレが こんな性格だろ・・・。働いてた会社が こっちに新しく支店だすから 志願して単身赴任なんだ。嫁は実家から出る気なさそうだしね。」
なんだか切実な話・・・。
高校生の頃の 尊は そんな家庭のごたごたとは 全く無縁で 真っすぐ前を向いて 野球をがんばっていた。
そんな尊が好きだった。
これが 大人になるってことなんだろうか・・。
「まあ、オレの話はいいよ。で 見せたいものって?」
私は 何だか いまさらながら 少し恥ずかしくなった。
私は 『沢村学思』ってひとが 尊に よくにているから 感動したけど 彼の反応が 「ふうん」だったらと思うと そのアルバムを見せる勇気がなくなった。
「やっぱ いい。」
「えっ?」
「前沢くんさあ、 夕ごはんとか どうしてるの?」
「何か適当に済ましてるけど。 ラーメン食いに行ったり コンビニだったり・・。たまに 親が実家に来いって呼ばれるけど 兄貴の家族もいて 何かな・・・子供のこと思い出すし。」
「奥さん、こっちに来ないの?」
「一度、引っ越しのときに来たよ。向こうの親も一緒に。あいつも仕事してるしね。」
「そう・・・。ねぇ、私ご飯作って帰ろうか?」
「いいよ。一人で食べるのも 虚しいし。」
「でも そんなコンビニとか 外食ばっかりじゃ 偏っちゃうよ。」
「・・じゃあ お願い。」
「何が食べたい?」
「なんでも。あまりたくさんは作らないでね。食べきれないし。」
尊の 部屋の冷蔵庫には ビールとか おつまみとかその程度のものしかなかった。
「う〜ん。何か 材料買って来るね。」
「ごめんね。 ・・ねぇ、見せたかったものって これ?」
尊は 私の持ってきた バックの中の アルバムを指差した。
「え、あ、うん。買い物行ってる間 見てもいいよ。」
「わかった。ずいぶん古いね。」
彼は それを 手にとった。
私は それを尻目に 彼の部屋を出た。
買い物をしながら
私は 何をしているんだろう・・・
と 少し 憂鬱になった。
奥さんのいる 元カレの夕食を作る、私。
罪悪感。
あの頃に戻った気がして、自分の気持ちを 抑えられなかった。
バカな私。
一人分の夕食の材料なんて 買ったことのない私は結局、いつもと同じ量の買い物をして、尊の部屋に戻ることになった。
私が 一緒に 食べてあげられるといいのに・・・。
でも尊は そんなことなんて 望んでいないだろう。
ただ 尊に会えただけで いい。 これ以上深入りはしない。
そんな勇気もないし。
彼の部屋は ドアが 開いていた。
奥さん 来てたら どうしよう・・・。
帰ろうかと思った。
買い物袋のガサガサいう音に 気づいて 尊が ドアを開けた。
「おかえり。何で 入らないの?」
「え? 奥さん 来てるんじゃないかと。」
尊は フッと笑った。
その笑顔は あの頃のままだ。
「ずいぶん 大量に買ったね。」
「つい、いつものくせで・・」
「何作ってくれるの?」
「そうねえ、まあそのうち言うよ。」
私は キッチンに 立って 野菜を 刻み始めた。
「ねぇ、前沢くん、アルバムみた?」
「見たよ。美月さんがいたね。」
尊は ベッドに寝転んで 答えた。
「でしょう!似てたよね。」
「オレも いた。」
彼の その言葉に 私は 手を止めた。
「前沢くん、 沢村さんって 親戚いる?」
「オレの 母親の旧姓が『沢村』だよ。」
「じゃあ、『学思』って名前のひと・・」
「あの写真、オレ、昔見たことあるよ。じいちゃんの葬式のとき。」
私は アルバムを開いた。
「なんで 美月さんが 持ってるの?」
「じゃあ、この人は・・・ 」
「沢村学思なら オレのじいちゃん。 訳判らなくてさ、 なんで 持ってるの?」
私は 次の言葉が なかった。
背筋が 凍るほど 寒くなった。
私は 彼に 桜子伯母さんと 沢村学思さんの話をした。
「じいちゃんは 九州の生まれだと 思っていたよ。まさか オレの育った町で生まれたなんて・・。じいちゃんは 自分の故郷を隠したい訳でも あったのかな?」
尊の 母親は 北九州の生まれで 会社の同僚の 尊の父と職場結婚した。でも、尊の父は 間もなく転勤になり、わが町に来た。
これも 運命なのか・・・。学思さんは なぜか 故郷に 足を踏み入れることはなかったという。