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81、テスト一日目



「はぁ~っ、終わった~! 終わった!」


思い切り伸びをする七緒の隣で、虎徹が冷静に言った。


「一日目が、の」

「テツくん! 何をお言いでいらっしゃいますか!」


七緒が詰め寄る。


「今日はねー、英語と数学があるというね! とても意地の悪い日だったんですよ!」

「ほうかほうか」


さすがにひと月も暮らしていれば、扱いも慣れてくる。近づいた顔を押し戻して、虎徹は帰り支度を始めた。


「テツくん冷たいー」

「おめえ、昨日ずっとドタバタしとったじゃろ。おかげで寝不足じゃ」

「だってナオがさぁ」


苦手科目の集まる一日目が終わった解放感からか、七緒のテンションは高い。

しかし、視界の端に、帰ろうとする優子を見つけて、思いだしたように声を上げた。


「あっ、優子ちゃん」


振り返った優子の元へ駆けてゆくと、七緒はにっこり笑った。


「おかげで単語と問3完璧だったよ! 名詞変わってただけだもんね!」

「あ、本当? 良かった。あと問4はひとつ、」


例文そのまま! と二人が声を合わせて、それからにこにこ笑う。


「役に立ったみたいで良かった」

「本当ありがとうねぇ。そんで、あのね、もうやってたらあれなんだけど」


そういうと、七緒は、制服のポケットを探って、それから「待ってて!」と自分の席に戻り、机の中を探った。そして、一枚紙を見つけ出すと、ばたばたと優子の元へ行く。


「あのね、これ、去年の家庭科の問題なんだって。銀杏の先輩にもらったの。答えも写してあるから、よければ使って」


田ノ上先生、あんまり問題変えないらしいよ、と仕入れたての情報を得意げに披露する七緒に、優子は驚いて問い返した。


「え、これ、戸塚くんは」

「あ、おれのはもう他に写してあるから大丈夫」

「え、助かるけど……いいの……?」

「いいよぉ。優子ちゃんのノートに比べれば、全然手間とかかかってないんだけど」


優子がよくよくその紙を見てみれば、問題も答えもルーズリーフに手書きである。

実は、昨晩七緒がもらった答え付き問題用紙は、じゃんけんで勝った直哉の手元にある。負けた七緒は、消灯時間も過ぎているのでコンビニにコピーしに行くわけにもいかず、地道に手書きで写したのだ。


「えっと、もしかして、わざわざ写したの?」

「うん。これもらったの昨日の夜でさぁ、もう外出られなくて。でも、家庭科三日目でしょ? 前日に渡すよりいいかなって」


―――その分、今日の英語や数学を勉強すれば良かったのに


わざわざ自分に渡すために、と思うと、そんな正論を言う事は出来なかった。

おそらく七緒は、これを渡すことで恩返し出来るわーという一心で、そんな当たり前のことも思い至らなかったのだろう。

そう考えると、なんだか笑いがこみあげてきた。


「ふふ、ふふふ……」

「え? ど、どうしたの……」

「な、なんでもないの……ありがとう、戸塚くん」


くすくす笑う優子に戸惑ったものの、七緒は深く考えず、喜んでもらえたならいいや、と笑った。



「……あれ、どう思う……」

「……」

「……いやぁ……」


テスト終わった帰ろうぜ、と窓際の後ろに寄ったものの七緒が立ち去ってしまってその姿を目で追うしかなかった圭介が、七緒と一瞬前まで喋っていた虎徹と、七緒に一瞬前まで話しかけようとしていた栄人に、小声で問いかける。

二人とも微妙な表情で、にこにこ笑う合う七緒と優子を眺めている。

ぼそりと呟いたのは、栄人の隣の席の茜だ。


「なんかあの二人良い雰囲気だよねー」

「うわっ。誰も言えなかったこと言いやがった」

「聞いたのあんたじゃん」


流れで、虎徹までも含めた4人が、額を突き合わせるようなカタチになって、二人を観察する。


「いや、なんかそこまで行ってない感じもするっつーか。なんか柔らかい二人が揃った感じ?」


栄人の意見に、圭介も頷く。


「そうだな、まだそんな感じ。でもさあ、武本ちゃんが話す男子ってナナだけじゃね? オレとか全然目ぇ合わないもん」

「や、あんたみたいなチャライのはあかんわ。優子ちゃんは」


ざっくりと切り捨てられた圭介は放置して、茜が唸る。


「でも実際そうなのよね。優子ちゃん、もちろん男子もだし、女子にも遠慮するけど、ナナくんとだと笑顔多いもん」

「ナナも、武本相手だと妙に優しいよな」

「ナナくん元々女子に優しいっていうか、あんま気負いなく話してくるけど……そうだよね? 中村もそう思うよね? 優子ちゃんに特に優しいよね??」


そわそわしてる栄人と茜の横で、落ち込む圭介の肩を適当に叩いてやりながら、虎徹は遠くの二人を見つめる。

優子が、七緒の渡した紙を指して、何か問いかける。すると、七緒がよく見ようと、目を細めて顔を近づけた。その瞬間、優子が固まって、みるみるうちに赤面しだす。


「(七緒はともかく、武本の方は本当にそうかもしれないな……)」


あまりクラスメイトのそういう話題には立ち入らない虎徹だけれど、別に鈍いわけではない。直接話したことはないが、仲のいい七緒が仲が良いので、武本のことを知らないわけではないので、おどおどして人見知りの緊張しい、という認識くらいは持っている。ちょっと赤面症なのかなとも。

しかし、教師に当てられたときや、前で発表しなきゃいけないときの赤面と、七緒といるときの赤面は違うもののように思えるのだ。


「(男子苦手そうじゃがなあ、七緒のこたぁ嫌いにゃ見えんし。……七緒も七緒でな)」


もう高校生なのだし、彼女くらい作ればいいのだ。守るべき対象がいれば、自然とひとは強くなる。


「(あいつちぃと泣き虫すぎるからなぁ。彼女でもできたら変わるじゃろ)」


男としてというか、高校生としてどーなのレベルの涙腺の弱さだ。

弟分のその性質を少しばかり心配している虎哲はそんなことを考えていた。


「でもさー、ナナ、木吉さんとはどうなのかな」


圭介の言葉に、茜と虎哲がきょとんとする。なので、栄人は軽い補足をした。


「ナナと同時期に転校してきた、特進の女子だよ。なんか知り合い? ぽいっつーか」

「あー、昼飯食ったっちゅう子か?」

「知ってんの?」

「銀杏で七緒が新しい友達出来たって言うとったけぇ。特進の子って」


友達、かぁ……と圭介と栄人が顔を見合わせる。結局、あのあとすぐにテスト期間に入ってしまったし、タイミングがはかれずに事情をきくことが出来なかったのだ。

寮で喋ってしまうなら後ろめたいことはないだろうし、友達と言い切ったなら多分本当にそうなのだろう。

話についていけてなかった茜が、思い出したように声をあげた。


「あ、木吉さんって、マショーのキヨシさんのことか…」


男子三人は「マショーのキヨシさん?」と声を揃えて怪訝な表情になる。

茜は少し「言うんじゃなかったかな」という顔になったが、集まる視線に観念して説明した。


「知らないけど、私も。他クラスの子たちが「マショーのキヨシさん」で通してんのよ。多分「魔性」のことであってるけど、詳しくは知らない」


ただ、女子が集まる場所で出てくる名前がソレなので、うっかり言ってしまったらしい。


「多分蔑称よね。ごめん」

「いや、いいけど。オレらも知らんし」


変な空気になったところへ、七緒がちょうど戻ってきて首をかしげた。


「どうしたのー? 明日もテストだよ、早く帰ろう」


おめぇを待っとったんじゃボケ、と虎徹が七緒を小突く。帰ってから一緒に勉強する約束をしていたのだ。

先を行く虎徹と文句を言いつつ何故か嬉しそうについていく七緒に続く栄人と、圭介、茜たち。


「やめてくんないかなー、テスト中にこういう気になることとか。勉強できね」

「あんたもともとやる気ないじゃない」

「茜ってもしかしてオレのこと嫌い?」

「うーん、普通」

「それって一番微妙だよなー!」


後ろを歩く圭介と茜の会話を聞きながら、栄人は「こいつらは仲良い割にそういう匂いしねーな」とふと思うのだった。



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