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閑話



その日の夕飯後、七緒は部屋で大変気まずい思いをしていた。


夕飯のときに、雪弥と一緒に寮生に謝罪をした。

声を揃えて、「さわがせてごめんなさい!」と言う二人を、皆それぞれに受け止めた。

健斗や鹿取なんかは「仲直り出来て良かったなぁ」と素直に喜んでくれたし、虎徹や藤枝あたりは「やっとかよ」という呆れたような口調で、ついでに言えば葵は仏さんのように微笑んでいた。

全員に一致するのは、安心した、という空気をだしていたことだった。

一番七緒が泣きそうになったのはおっかさんの対応で、一切口を挟んでこなかった彼は、一言だけ「良かった」と言って二人の頭を軽く叩いたのだ。


「俺は何も言えないからね。良かった」


彼だって口を挟みたかったのだろう。銀杏寮内で七緒といる時間は、ルームメイトである直哉と同じくらい、おっかさんも長い。気づかないわけがないし、口を出したい気持ちもあっただろう。それでも、唯一何も言わないでいてくれた人。

さすがに雪弥も申し訳なさそうになっていた。


「ところで、茶室のお掃除やったんですか?」

「や、真理さんが「あんたがやると仕事増えるから」つって」

「さーすが真理先輩! わかってますねえ」

「どういう意味? なあ、どういう意味!?」

「そのままですよ。ゆーきゃん先輩掃除下手じゃないですか」

「下手なんじゃねーよ。やらないだけだよ」

「やってくださいよ! 寮長でしょ!」

「こういうときばっか寮長扱いしやがって。普段から敬えっつーの」


すっかり元通りな二人を見て、やれやれと言いつつ嬉しそうな寮生たち。

その中のたった一人だけ、納得のいかない顔で、二人を眺めていた。



「ナオもごめんね、迷惑かけてさ」


連れだって部屋に戻ったあと、七緒はルームメイトにもう一度謝った。

の、だが。


「…………うん」


いつも明るい直哉の反応が、芳しくない。


「……ナオ? あの、ほんとにごめんね? ナオ、ゆーきゃん先輩とも仲良しだし、いっちばん迷惑かけたなって、思ってるんだ」


無言。無言である。珍しく机に向かって座ったまま、こちらを見ようともしない。

その後も七緒は謝り続けたが、一向に直哉は受け入れてくれなかった。

とうとう七緒も黙り込み、色々考えてるうちに、元々緩い涙腺がわなわな震え始めた。


「……ナオ。ねえ、ごめんね。おれそれしか言えないよぉ……怒んないで……」


さすがに、声が泣きそうになっていることに気がついたのか、直哉はハッとして振り返った。


「違う、違うよナナ! オレ怒ってないから! すぐ泣くの悪い癖だぞ!?」

「うえぇ……ごめん……」


ひとつ落ちたのをきっかけに、次々涙が溢れだしてくる。

直哉は隣に座り込んで、椅子にかけてあったスポーツタオルでその涙を拭いてやった。


「あのさ、今のはオレが悪い、無視したの、ごめんな。考えてたんだよ」


たどたどしく、直哉が言う。


「えっと、謝られるの、いやなんだ。……いや、謝るのが悪いってわけでなくて、そういうとこちゃんとしてるの、良いと思うんだけど。なんていうの……。オレに、そんなに、謝るなよ」


言ってる意味がわからなくて、七緒は首を傾げる。


「なんていうの、わかんねんだけどさ! なんか、ナナ、よく言うじゃん。迷惑かけてごめんねーって。それ、やだ。先輩とかさ、皆にはさ、言えば良いよ。っていうか言わなきゃだめだと思うよ。けどさあ、なんかさあ、オレにまでさ、そんなに謝らなくていいじゃん。

あのさ、迷惑かけられるくらい、なんともないんだよ。オレだってナナにいっぱい面倒見てもらってるし、お互い様だろ。だから、そんなに謝るなよ―――遠慮するなよ」



―――あ、これ、あかん



「うわあああ、だから泣くなよぉっ!」


一度は止まりかけた涙が、またも勢いよく溢れ出た。


「そんなっ、ことゆわれてっ、な、なかないはず、ないじゃああああん」

「なんでだよ!?」


今度は感動で泣くルームメイトを宥めるのに、直哉はかなりの精神力を使った。

落ち着いたころには、すっかり七緒のまぶたは腫れあがっていた。


「はあ……ナナはさ、その涙腺緩いのなおしなー?」

「申し訳ないけどこればっかりはなおそうとしてもなおらない……」


二日連続で号泣してしまったので、頭痛までしてきた。力なく床に寝ころびながらも、同じようにぐったりしている直哉の手に触れた。


「あのねぇ、ナオ。……ありがと」


照れくさそうに言われて、直哉もなんだかむずがゆいような気持ちになった。


「その方がいいな。お礼の方がいい」

「アリガトー」

「棒読み禁止! 愛は込めて!」


なんだかあまりにも照れくさくて、思わず茶化してしまったけれど。

嬉しいなあ、と思った。

彼と同室で、よかったなあと。


「まあでも、これでオレもようやく勉強に集中できるわ―――って、こりゃ言い訳か」

「ん?」


直哉が笑顔で言うので、七緒も笑顔で首を傾げた。

あれ、という表情になって、それから直哉は顔をしかめた。


「……ナナ、わかる? 今日で期末テスト一週間前だぜ」



―――なにこのデジャヴ





大慌てでテスト範囲の確認を始める七緒を、ぬいぐるみ姿のロウは部屋の隅で眺めていた。

おぼろげな不安は感じるが、もう昨日までのような負の感情は流れてこない。

相棒が立ち直ったのは嬉しいけれど、なんだかもやもやする。


―――俺が(・・)、慰めたかったの、かなあ


「こっ、これはもうだめだ! 範囲広い! おれ、む、無理だよ!」

「おっ、オレに言われても無理だよ! オレも無理だよ! わかんないよ!」

「だ、誰に泣きつこうか!?」

「と、とりあえず隣行こうぜ!!」


パニック状態の二人が、404号室に飛び込む20秒前。


「くしゅっ」

「なに、シュタイネル風邪……へくしょっ! ……やべ、二人して風邪かな」


静かにそれぞれテスト勉強していた二人の平安は、騒がしいお隣さんによって、すぐに崩されることになる。




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