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78、仲直り


茶室から飛び出した七緒は、無意識に胸をおさえていた。


「(……わたしは余計なことを言ったかな。言わない方が良かったかな)」


動悸がとまらない。ひどく震えながらはや歩きしていたら、下駄箱に寄っ掛かる智を見つけて驚いた。


「サト、さん。どして」

「いや、なんか大事な用っぽかったからさ、他の部員に今日はナシってメールしたんだけど、一応ここにいたの」


何も知らずにあの空間に誰か入っていったらまたこじれそうだろ、と当たり前のようにいう。

逃げ出したくせに、なんだかんだ面倒見がよくて、七緒は笑ってしまった。

けれど、それは泣きそうに顔を歪めたようにしかみえなかった。智は首を傾げた。


「……だいじけ?」

「え?」

「あー、いや、ダイジョウブけ? 話、終わったんじゃねぇのか?」

「終わりました、大丈、」

「ダイジョウブに見えねぇよ。なんかあったんか?」


心配してくれる先輩を無下には出来なくて、首を横に振る。


「ゆーきゃん先輩と、仲直りしました」

「なんだぁ! 良かったでねぇかあ!」


智は喜んだ。これで、寮内でピリピリした空気を感じなくて良いのだ。

なのに、七緒の表情は晴れない。


「……変なこと、聞きますけど」


遠慮がちな七緒に、頷いて先を促す。


「サトさんは、好きな人いますか」

「え!? 何いきなり……」


脈絡のない問いに驚いたが、後輩が真顔のままなので、背筋を伸ばす。


「いねぇよ。今は。わいわいやってんのが、一番好き」


そうですか、と頷く七緒は、それなら、とばかりに前のめりになった。


「じゃあ前はいたんですね?」

「お、おおう……まあな、地元おったときは。なに、何を聞きてぇ?」

「サトさんは女の人が好きですかっ? 触りたいと思いますか? そう思わなければ恋ではないですか? ていうか好きってなんですか!?」

「おう、おうおう、ちょっと落ち着こうかナナ!」


必死な表情で近づいてくる七緒の肩を押し、もとの体勢もどる。

頭をかいて、それから、困ったように言った。


「うんと、俺の恋愛対象は女の子だな。今まで好きになったのは女の子だけだし、多分これからもそうだよ。ええと……触りたいっていうのはさ、つまり性欲ってことでいいの? そういう方向のってこと?」


七緒が頷くと、智は少し頬を染めた。


「……まあ、なあ。俺は、そういうこともしたいと、思うよ。女はわかんないけど、男なら大多数がそうだろ? ええと、でも……」


後輩が明らかに泣きそうになっているので、智は慌てて付け足した。


「でもさ、それは俺たちが今、そういう時期にあるからってのもあるべ? 小さいころの、小学校低学年くらいまでの恋はさ、知識も性欲もないし、ただその子が可愛くて、好きだなーって思うよな。そういう、こと、け?」


っていうかなんでこんな話を後輩にしてるんだ、と思いながら、ここまで付き合ってから、突き放すわけにもいかない。智は、気になっていたことを聞いてみた。


「あー……答えたくねぇならいいけど、ナナは、その、男が好きとか? そういうこと?」


七緒は俯いた。


「わからないです、おれ、まだ人を好きになったことがなくて……」

「ああ、だから、好きってなんですかってことになるんか」


困った顔で、智は困ったなぁ、と言った。


「それはやっぱり、友達が好きなのとどう違うかって話だべ? その違いはさ、キスしたいと思うかとか、俺はそう思ってたけども、それは違うんでねぇかって話だべ?」


少ない言葉で、彼は七緒の問いを正しく受け止めている。


「つまり、ええと、性欲の含まれない好きは、恋愛じゃないのかってことが、聞きたいんだべ、な?」


―――そうだ、つまりそこだ。


もしも、性欲が含まれないものは恋愛でないとしたら、今の七緒にそれができるとは思わなかった。

雪弥と真理をみて、酷く悲しくなったのだ。

恋をしたい。誰かに愛されたい。結婚して家庭を持って、幸せに生きたい。

漠然とした、小さいころからの夢が、当たり前に持てるはずの夢が、崩れ始めていた。


―――お願い、お願い、それだけじゃないと、言って!


例え性欲を伴わなくても。

友愛でも家族愛でもなく、恋愛だと。そうなりうるのだと。


「……おれ、変ですか」

「変じゃねぇよ。さっきも言ったけど、小さいころの恋愛はそういうのないし、別にずっと無くてもおかしいものじゃねぇべ? 珍しいとは思うけど、相手と円満にいってるなら些細なことなんじゃねぇ、かな?」


上手く言えないけど、と唸る先輩に、首を横に振ってみせる。

彼は欲しい言葉をくれた。けれど、欲しかったくせに、それだけでは納得できなかっただけなのだ。


「ありがとうございます……ちょっと悩んでました。焦らなくてもいいですよね」

「おお……」


七緒が納得出来ていないのはわかるけれど、智にアレ以上の答えは思い浮かばなかった。実際正論だと思うけど、正論はイコール人を納得させるものではない。


「……なにがあった?」

「ああ、その辺はシュヒギムです」

「相談にのった先輩にむかって、おめぇ」


茶化してくれた先輩に感謝しながら、ずっと下駄箱にいるのもアレだし、と並んで銀杏寮へ帰った。

寮の入り口まで来たときに、智が唐突に呟いた。


「……おめぇがどんな性癖でもさ、銀杏の奴等は、言っちゃえば雪弥で慣れてるから、きっと大丈夫だと思うよ。俺だって恋愛経験なんてほとんどねぇけどさ、性愛は愛の中のひとつだろ? だから、うーん、他で補えば、いいんでねぇの?」


七緒はきょとんとして、それから笑顔になった。

性癖がどうなんて大仰なことは考えていなかったけれど、確かに七緒の特殊な事情を知らない人が聞けば、そういう話に聞こえるのだろう。

それを、不器用に励まそうとしてくれていることが、なにより嬉しかった。


―――そうか、他の気持ちで補う事も、できるのか。


「ありがとうございます、サトさん」

「ふふ、俺に惚れた?」

「いーえ、色白の子は好みじゃないです!」

「子って!」


冗談めかしてくれたことも、笑ってくれたことも。


―――なんか、救われた、気分だ。


「尊敬は、しましたよ!」


言って恥ずかしくなったので、七緒は先に立って寮へ入った。

先程の泣きそうな顔とうってかわってすっきりした様子の後輩を見て、智はほっとした。


「(アオさんのようには、出来ねぇけど)」


それでも、人を励ますことは出来るのだなぁと、安心した。安心して、なんだか嬉しくなった。


「良かったなぁ!」


背後から大声で言われて、七緒は振り返る。

智が笑っていた。


「仲直りできて、良かったな!」


―――そうか、そうだった。


なんだか自分の考え事で精いっぱいだったけれど、雪弥と仲直り出来たのだった。

思い返せば、2週間も冷戦状態だった。学生の2週間は、長い。


―――良かった、あのままじゃなくて。良かった、仲直り出来て。


出会ったばかりで積み重ねたものがないから、本当にこのままだった可能性だってあったのだ。

銀杏のみんなが心配してくれなければ、動かなければ、強情な二人は関係を修復できなかっただろう。


「―――はい!」


みんなに謝らなきゃ、と七緒は笑った。



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