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77、余計なお世話



悲しそうな顔をしたのは誰だったか、真理か、雪弥か、それとも七緒だったかもしれない。

ともかく、酷く重苦しい空気だったのは間違えようもなかった。


「……真理さんは、気付いてたんだよね」


絞り出された声に、真理は一瞬ためらって、頷いた。


「あんたが、気持ちよくなさそうなのは、わかってた」


雪弥の身体は正常で、刺激を与えられれば反応はする。―――けれど、違う(・・)

何かが違うのを、真理はわかっていたのだ。

笑って言う。


「女の勘っていうの? わかっちゃったら、もう、しょうがないじゃない」


もう一緒にいても、辛いことしかない。だってわかってしまったのだから。


「―――あんたは、あたしを好きじゃない」


雪弥は今にも泣きそうな顔で笑った。

それは違うと言いたくて、でも言えない。

彼女を好きだった気持ちは偽物ではなかったと思いたい。けれど、駄目になってしまったのは自分のせいなのだとわかっていて、だから何も言わなかった。

真理もほとんど同じ表情をしていて、唯一違うのは、少し安心したように眉を下げたことだった。

雪弥はこれからも気付かないで、認めないで生きて行くのだろうかと心配に思っていたのだ。

沈黙を破ったのは、七緒だった。


「―――じゃあ、八つ当たり、だったわけですね」


真理はきょとんとし、雪弥ははっとした。

後輩は、すっかり呆れ顔だった。


「つまりゆーきゃん先輩は、真理先輩にフラれてむしゃくしゃしてたところに真理先輩と喋ってるおれを見てイライラして、そんで八つ当たりの嫌がらせにキスしたんですね?」


―――その通り、なんだけれども。


冷静に言葉にされると、とても情けない。真理も「あんたそんなことしてたのこの純情な後輩に」という視線を向けてくるので、ひどくいたたまれなかった。


「いや、あの…………ソウデス」

「元カレながら、本当のアホねぇ雪弥は」


真理の言葉が、ぐっさぐっさ刺さる。


「……ごめんね、戸塚。なんか巻き込んだみたいで」


ダメージにグラグラしている雪弥を放っておいて、真理は謝った。七緒は首を横にふる。


「いいえ……真理先輩が謝ることじゃ、ないんです」


真理ではなく自分に向けられた言葉に、雪弥は両手を勢いよく畳につけて頭を下げた。


「ほんっっとごめん! オレ自分でも八つ当たりだってわかってなかった! まじごめん許して!」


土下座に近い格好で謝る雪弥をみて、真理は七緒を上目遣いに見上げた。

わかってますよというふうな苦笑をした後輩に、小さく両手を合わせた。


「それ!! それですよ待ってたんです本気の謝罪! この際だから言いますけどゆーきゃん先輩ほんと良くないですよああいう人を馬鹿にしたような謝り方! すっごくムカついたんだから!」


許しはしたものの言いたいことはたくさんあるようで、七緒は喋り続けた。


「あとね、本当にセクハラよくないですよ、びっくりするんだから。次やったら絶対許しませんからね、キスは好きな相手にするもんでしょ! あとおれファーストキスだったんで! 責任とって今度なんか奢ってくださいあと銀杏のみんなに迷惑かけてごめんて一緒に謝って下さいあと!!」


次から次へのマシンガントークに怯んでいた雪弥と真理は、いきなり俯いて小声になった七緒に驚いた。


「……殴って、ごめんなさい」



ぱし、と真理が両手を打った。


「はいこれで喧嘩両成敗。困った後輩達だね」


長いこと正座していたにも関わらず、颯爽と立ち上がった真理は、冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出してきた。


「内緒だからね、ずっと抹茶じゃ飽きるの」


そういって注いでもらった麦茶を飲んで、七緒はフーッと息をついた。


「ごちそうさまです……」

「……ごちそーさま」

「はい。じゃーこれにて一件落着! 戸塚ももう掃除はいいから帰りな」

「いえ、」


首を横に振った七緒に、二人の視線が集まる。


「掃除はゆーきゃん先輩がやればいいです」

「えっ? ちょ、ナナ……」

「余計なお世話だと思うんですけど」


七緒は自信なさげに、けれど背筋を伸ばして、言った。


「性的嗜好が一致しないと、恋愛ではないんですか? おれはその、そういうのしたことはないけど、大事に思うこととか、一緒にいて楽しいのは、きっと、―――きっと、恋だと思います」


言うだけ言うと、七緒は勢いよく立ち上がった。


「ご馳走さまでしたお邪魔しました、では!!」


ふすまが閉まり、部屋の扉が閉まる。逃げるように出ていった後輩の余韻を感じながら、元恋人たちは顔を見合わせた。


―――きっと、恋だと思う、だなんて


その言葉に、殴られたような、救われたような、不思議な気持ちだった。


―――そうだよ、きっと恋だ


好きだった。だけどそれだけじゃ上手くはいかない。

大部分の人にとってそうであるように、二人にとっても、好きな人と身体を繋げることは、大切で必要なコミュニケーションだった。

それが出来ない以上、お互いに縛り合うことはできない。

真理が言ったように、二人にとって良くないことなのだ。


「(ナナはそれをまだ知らない。全くほんとに、余計なお世話だ)」


彼は子供だ。年だけでなく、精神的にも。

だからこそ、ではあるけれど、ああまで真っすぐ言われると、心に突き刺さる。


「……あんたの後輩は、純粋で優しくて真っ直ぐだね?」


後でもう一度謝るのよ、込み入った話に同席させちゃったんだから。保護者みたいに言う真理に、雪弥も照れ臭そうに笑ってみせた。

そして、彼女に手を伸ばそうと身をのりだし―――倒れた。


「うおわぁっ、……っ!? あしっ、感覚が、」

「あーあー! いきなり動くからよ、馬鹿」


這いつくばって悶える雪弥に、笑いながら近づく。


「良い後輩だ。良かったね、許してもらえて」

「……うん、良かった」


本当に余計なお世話だったけれど、それだけではなかった。

七緒の言葉は、最初の気持ちを思い出させた。


「(冷たいものだけしか残らないとこだった。思い出せて、良かった)」


寝そべったまま、元恋人の手を握る。

もうだめになってしまったけれど、戻れないけれど、それでも。


「……真理さん、今までアリガト。あのね、好きだよ」

「そうだね、私もあんたが好きだよ」


喧嘩別れしないで良かった、と、真理は静かに泣いた。



あたたかいなぁ。―――あたたかかった、なあ。



  

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