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76、吐露



静かな静かな音。真理の手がよどみなく動き、薄茶を点てるための準備を始める。

隣では七緒が背筋を伸ばしてきちんと正座をしているが、雪弥の方は「あんた正座できないでしょ」と真理に指摘され、胡坐をかいていた。

しびれさせて醜態さらすよりいいじゃないか、と自分自身に言い聞かせながら、真理の動作をながめる。相変わらず優雅だ。

金髪で、化粧は派手目、スカートも学内で一二を争うくらい短い。言葉使いも丁寧ではないし、噂の恋愛遍歴もなかなかのものだ。雪弥だってあまり人のことを言える立場ではないが、真理はチャラいと思う。


「(オレこういうひと苦手なんだけどな……)」


友人としては良いと思う。けれど、恋人として刺激と安寧を求めるには、刺激が強すぎるだろう、と。

しかし何故か、今まで付き合った中で、一年以上続いたのは彼女だけだった。理由は簡単で、彼女は周りが思う以上に、面倒見がよく懐が深い。


「(ギャップ萌え、っていうかさ……普通に、吃驚したんだ)」


彼女の見た目に騙されて、近づかない人々は大変損をしている、なんて思うくらい、彼女の側は心地好かった。



初めて会ったのは、雪弥が中等部の2年生の時。真理は高等部への入学を考えて、単身で倫葉学園に乗り込んできていた。

よくあるオープンスクールで、雪弥はそれによって授業が短縮されたので、その日はご機嫌だった。

だから、少し戸惑いがちにさ迷う真理に、親切に話しかけることが出来た。

これが案外難しいことで、倫葉学園は中等部までが男子校だ。同じ校舎に高等部の女生徒もいるわけだから、完全な男子校生よりは女の子に対して耐性があるが、それ以上でも以下でもない。ましてや、真理の着ていた制服は、少し有名なお嬢様学校のもので、さらに言えば、染めてあるのであろう明るい髪は、少年たちが声をかけるには、ハードルにしかならなかった。

真理は、校内案内中の集団から、はぐれたのだと言っていた。途中に挟まれた休憩でトイレに行ったら、置いていかれたそうなのだ。


「友達とか、親は?」


同情しながらも、問いかける。集団の中に知り合いがいたのなら、出発時点で足りない人がいる、待ってくれと言うだろう。オープンスクールは、大抵の人が親会社と一緒か、友達同士でやってくることを知っていたのだ。


「あたし一人で来たの。友達は大体うちの高等部進むし、親は忙しいからね」


寂しそうでも、恥ずかしそうでも、なかった。ただ事実を言って、それならば受験する気のない友人を誘うより、一人で来た方が気楽だと言ったのだ。

妙に達観したひとだなぁ、と。その時は、それだけだった。

毎年案内の順路はそう変わらないので、雪弥はすぐに彼女がはぐれた集団を見つけた。真理は年下の彼に気安く「ありがと」といい、けれど意外なくらい丁寧な礼をして、駆けていく。

思わず、声をあげた。


「……ねえ! うち、来る?」


すると、少ない言葉から意味を理解した真理は、悪戯っぽく笑った。


「多分ね」

そうして、茶髪は集団の中へ紛れ込んでいった。

半年後、春。高等部の入学式の日、彼女を見つけて、雪弥は嬉しかった。

中等部と高等部は校舎が同じなので、会えば話をしたし、真理が特進クラスだと知って勉強を教えてもらったりもした。

真理が何人めかの彼氏と上手くいかず、珍しく落ち込んでいたときには、柄にもなく背中をさすってやったりもした。ガキが調子のんな、と一蹴されたが、それでも真理が元気になったのが嬉しかった。


―――好きだった。


告白は真理からで、雪弥はすぐに付き合うことを了承したのだ。


「(真理さんは真面目だった、オレが高等部に上がるまでは、告白してこなかったし、オレにもさせようとしなかった)」


お互いいいなと思っている雰囲気はわかるもので、雪弥からも何度か言おうとした。しかし、真理は笑顔で言ったのだ。


「立場わかってんの、受験生さん?」


受験期に発展する恋愛は逃げだ、というのは、実は彼女の体験談らしかったのだけれど。

そうしてお付き合いを始める頃には、真理も雪弥の性癖と性格をわかっていた。彼は、15歳にして、浮気性の遊び人として有名だったのだ。

お付き合いを了承されたときも、雪弥本人から、「オレ、バイで遊び人だけど」と断りを入れられた程だ。

ここで心の折れる真理ではなかった。普通の女の子なら、浮気はやめて、せめて女の子とはしないで、と言うはずだが、彼女は変わっていた。


「別にセックスは誰としてもいいよ。あんた気持ちいいの好きだもんね。けど私の時にまでその跡つけてるのは無しね。気分悪いから。

……あと、いくらセフレがいてもいいけど、恋人は私以外作ったら承知しねーから」


寛大すぎる。これには当の雪弥も驚いて、実は真理にもそういう相手がいるんじゃないかと質問したことがあった。

真理はあっからかんといい放った。


「あたしにはあんたしかいないよ。そんな尻軽に見える? ……見えるか。あたしこう見えて一途よ? 自分が浮気する奴なら死ぬわ。


でもあんたが何人もいなくちゃ寂しい人なんだから、あたしが一番ってことで手を打っただけよ」

それで充分でしょ、と言いたげに。


「(だから……だから、)」


だからきっと、駄目になった。寛大に譲歩した先の線を、雪弥は自分でもわからないうちに越えていたのだ。

それを、真理がすぐに感じ取ってしまった。


「(多分、あのときの言い様からして、少し待っててくれたんだ……オレが自分で気づくのに)」


それは無駄に終わったわけだが、その優しさが嬉しくて、辛い。

そんな優しい彼女を、傷付けてしまったことが、辛い。

ふと、隣からの視線に気が付いて、雪弥はちらりと目を向けた。七緒だ。酷く純粋な瞳で、こちらを見ている。

見透かされてる気がして、前向けよ、とジェスチャーで促す。特に何を言うでもなく従った七緒だが、それでも雪弥の居心地の悪さは、静まらなかった。


「はい。戸塚、わかるね?」

「あ、多分」


七緒は茶道の心得があるのか、多少緊張した様子だったが、どうやら間違うこともなく手順を終わらせたらしい。三口かけて茶を飲み干すと、ぺこりと頭を下げた。


「けっこうなおてまえで」

「はい、どーも。ふふ、発音ひらがなじゃん」


からかうように指摘されて、後輩は頬を染めた。


「うそうそ、よくできてた。じゃあ次雪弥、見てたからわかるね?」

「えっ?」


ひたすら考え事をしていた雪弥は、そこでようやく気が付いた。七緒に先にやらせたのは、雪弥にお手本を見せてあげていたのだ。

口をパクパクさせている雪弥をみて、真理は苦笑した。七緒まで、困ったように微笑む。


「だろうと思った。普通に受け取って飲んでいいから」

「はい……」


お茶を飲んでいる間も、二人の視線が気になって、落ち着かなかった。自分が話がある、と言ったのだから仕方ないけれど、全く茶道というものはなかなか理解できない。窮屈だ。


「……ゴチソウサマデシタ」

「はい、どーも。……それで?」


話って何、と真正面から問われて、雪弥は少したじろいだ。慌てて背筋を伸ばす。


「えっと、別れる話だけど!」

「…………すいません、これ、おれは聞いてて良い話ですか?」


七緒の当然の疑問に、真理は肩をすくめた。


「私は別に……補足するとね、ちょっと前まで私たち付き合ってたのよ」

「あ、はい……別れ話なんですか?」

「いや、もう私としては別れたつもりの終わった話だから」


よくも本人の前でそういうこと喋るなぁ、と思いつつ、咳払いをして注意をひく。


「オレのけじめなの。真理さん、聞いて?」


そういうと、さすがに二人も黙りこんだ。七緒の方のフォローは、後ですればいい。


「……オレさ、やっとわかったんだよね。一番性別に拘って、がんがらじめになってたの、自分だって」


真理は、探るような目でこちらをみてくる。当たり前だ、こういう話を真面目にすることを、雪弥はずっと避けていた。


「ずっと自分のこと、バイだと思ってた。……けど、違うね。オレ、オレは、」


吐き出す、ように。

決して大きな声ではなかったけれど、静かなお茶室に、その声は響き渡った。




「―――オレは、ゲイだ。おんなのひとは、愛せない」




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