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75、不思議な面子



「ねえ、もう、やめよ」


彼女の家には、もう何度も来たことがあるが、いつでも彼女しかいなかった。

広い家に1人。見かけによらず寂しがりな彼女は、だから家に帰りたがらないのだなあと思っていた。そして可哀そうなことに、何日も帰らずにいる彼女を、心配するひとはいないようだった。

しかしまあ、年頃の娘なのだからと少年が言うと、彼女は苦笑して「あんたのが年下のくせに」と言った。それから、逢瀬に彼女の家を使うことが多くなった。


「……え? なに、やめよって」


服を着ないまま、ベッドでリンゴを齧っていた少年は、きょとんと聞きかえす。


「……こういうことすんの、やめよ」


少女は、彼のこういう表情が憎めないんだよなあと思った。酷くひねくれていて、大人ぶる生意気な年下の彼。しかし、たまに見せる、小さな子供のような一面が、彼を嫌うことを思いとどまらせるのだ。

無防備な彼を見てしまうと、決意が鈍る。そう思って、目をふせた。


「……こういうことって、なに。なにをやめるっていうの」


彼の声が、次第に固く、鋭くなってゆく。それを肌で感じながら、少女は一息に言った。


「2人で会うのとかセックスするのとか全部。やめよう」

「なんでいきなりそういうこと言うの?」


気付けば、彼女はすでに脱ぎ散らかしていたはずの服を、きちんと身につけていた。その行動の速さに、これは発作的な別れ話ではないのだ、と直感する。


「あんたにもあたしにも良くないの、こういう、セフレだか恋人だかわかんない関係って」

「なに、セフレだなんて、オレ思ったこと、」


不穏な単語に、言いかえそうとすると、彼女は悲しそうな瞳で少年を見つめた。


「じゃああんた、昨日誰と寝たの」

「え、」

「わかんないはずないでしょ」


自嘲気味な笑いとともに、彼女は自らの首の後ろに触れた。思い当たって、ベッドの隣にある棚から、鏡を取り出す。ほどいていた髪を、引っ張るように持ち上げると、丸くて赤い痕があった。小さく舌打ちをする。


「悪かったって、前の奴の痕残ってたのは。でも、オレの浮気癖って最初からじゃん、それでもいいて、気にしないって、」

「確かに言ったよ、あんたって呆れるくらいに快楽に弱いから。でもね、だからこそ」


彼女の口調は、諭させるような、とても柔らかいもので、なのに、


「感じてないってわかっててするのなんて、もうしんどいの。わかってるでしょ、雪弥」



殴られたような気分だった。




今日は活動日だから、当然いるだろうと思って訪ねた茶道室に、真理はいなかった。


「部長が一番に来てねぇのって珍しいんだよな。つか、雪弥、部長と知り合いなの?」


窓枠から顔をだした智が、不思議そうな顔で首を傾げた。雪弥はいつものようにニヤリと笑うと「ちょっとね」と意味ありげに言った。


「お前知り合い多いよなぁ。部長、来ねぇときはメールくっから、今日は来るはずなんだけど。ここで待つ?」

「んや、いい。急ぎの用でもないし」


さんきゅう、と礼を言って、部室棟から離れようとした瞬間、がらりと部室の扉が開く音がした。何秒もしないうちに、入口と部屋を仕切る襖が開く。


「あ、部長……と、ナナ?」


智は怪訝な表情で、入って来た2人を見た。あまりにも結び付かない2人だった。何故、うちの部長と、銀杏の七緒が一緒にいるのか。そして何故、一緒に茶道室に入ってくるのか。一番の謎は、彼女たちの浮かべる、驚きと困惑の入り混じった表情だ。

2人の視線は、真っ直ぐに窓の外へ向けられていた。追えば、2人と同じような表情の、雪弥がいる。

ほんの何秒かのうちに、智は状況を分析した。


まず七緒と真理だが、2人の関係は見えずとも、真理が部室にあげるくらいなので、どこかで仲良くなったか、もしくは七緒が智辺りに用事があって(用事の内容は思いつかないが、この部で彼と接点があるのは自分だけだ)一緒にいるに違いない。問題はない。

次に雪弥だが、真理に用があるといっていたし、真理も彼を見てあんな顔をするのだから、知り合いではあるんだろう。しかし雪弥の表情は、真理に向けたものか七緒に向けたものかで大きく意味合いが変わる。七緒と雪弥が喧嘩中なのは銀杏の住人なら知っているので、2人の表情は情報と合致する。しかし、あの表情が真理に向けられたものの場合、2人の関係が良いものとは思えない。真理の「なんでココに」という顔から察するに、恋愛関係にあるような気もしないでもない。

そして、雪弥の表情が「真理と七緒」両方に向けられたものだとしたら。「喧嘩してる

後輩と彼女が一緒にいる」ことに対しての驚きと困惑だとしたら―――修羅場、か?

空気を読むのは得意だが、なんだかすごく勘が冴えてる気がする。ほんの数秒、沈黙していた智は、これしかない、と思って口を開けた。


「ちょっくら俺、用事を思い出したんで出てきます!」


面倒事には関わらない、それがうちの家訓! とでっちあげながら、智はコマンド・逃げるを選択した。



「…………まあ落ちつこうか」


絞り出したのは、雪弥だった。

この空間で、現状を把握してるのは自分だけだ。

真理は、七緒と雪弥が冷戦状態にあることを知らない。七緒は、真理と雪弥の関係を知らない。

雪弥は、以前この場所で会ったので、彼らが「知り合い」くらいの仲だとは知っていた。動揺しなかったわけではないが、2人とも、自分が話をしたかった相手だ。


「落ちつくも何もないわよ……」


真理はひとつため息をこぼすと、困惑している七緒に「ちょっとごめん」と言うと、雪弥に指示を出した。


「あんた、そんなトコから喋られても困る。入ってきな、お茶点ててやるから。……向こうからまわんな!」


窓から入ろうとした雪弥にぴしゃりと一喝し、彼が部室棟の玄関に向かうのを見届けると、七緒を振り返る。


「あいつも一緒で良い?」

「良いも何も……ゆーきゃん先輩も、茶道部なんでしょう?」


きょとんとする後輩を見て、真理は「あっ」と呟いた。そういえば、この間雪弥がそんな嘘をついていた。


「ン……まぁ……あ、とりあえず、流しの掃除なんだけど」


真理は、七緒を連れてきたことを少し後悔していた。ついさっき、廊下ですれ違ったとき、ふと以前の約束を思い出したのだ。雑用を頼む代わりに、お菓子をあげる約束。ほんの口約束だったので、別に実行するつもりはなかったのだが、そろそろ流しを掃除しないとな、と思い、本当に気まぐれで連れてきたのだ。


「(雪弥は何のつもりなの? また部室にまで来てさぁ……まあこの前のでも納得はしてなかったみたいだけど。それはともかく、話をするんならこの子出て行ってもらった方がいいよな……)」


見るからに草食系の、純朴そうな後輩に、ドロドロした別れ話のもつれなんか聞かせたくない。そう思いながらも、雪弥がどういうつもりで来たのかわからないので、掃除の説明を続けた。


「まあフツーに、ステンレス部分は拭いて排水口もこうして外して……そんでこれがもう捨てて良い雑巾。あ、こっちのはまだ使えるから使わないどいて」

「はぁい」


一度の説明で頷く後輩を、理解の早い子だなぁと思いながら見つめる。どういおうか、迷った。


「……あのさ、今からこっちでさっきの……あ、同じ寮生だっけ? 雪弥とさ、ちょっと話するから……」

「真理さん、タンマ」


遮ったのは、玄関から回って来た雪弥だ。走ってきたのか、少し息を切らしている。


「あのね、真理さんが良ければなんだけど……そいつも、同席、させていい?」

「えっ……」


なんでだよ、とつっこみそうになったが、訝しげにこっちを見て来る後輩に、余裕のない顔は見せられなかった。


「……いいわよ。戸塚、掃除後でいいや。先にお茶しよ」

「……はい」


いきなり指名された七緒は困惑しながらも従った。

真理と七緒の両方から、「なに考えてんだこいつ」という目で見られ、雪弥はすでに心が折れそうだった。



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