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閑話



「あれ、ナナ、バンソコふにゃふにゃ」


風呂上がりの直哉に指摘されて、左手を見る。確かに、緒方先生に巻いてもらった絆創膏が、剥げかけていた。


「あー、お風呂普通に入っちゃったからなぁ……」

「なに、切ったの?」

「紙でね。大したことないんだけど。緒方先生がくれたの」

「おがちゃんなー。あのひとよく怪我気ぃつくよな! オレ中等部ん時、ちょーっと足首ひねったかなーと思ってたら、おがちゃんに病院引っ張ってかれて、診察してもらったら二度の……うーんと、結構な捻挫でさあ」


七緒が、がばっと顔をあげたので、直哉は首を振った。


「いやいや、そんな心配そうな顔すんなよ。中1んときだし、全治3カ月とか言われたけど2カ月未満で治ったしね。最初気づいてなかったけど後から腫れるタイプだったみたいでさ」

「……よく生徒のこと見てるんだね?」


配布物を忘れたり出席簿を忘れたり時間割を忘れたり、と、普段はどうしようもない先生なのに。

そう思ったのが表情に表れていたのか、直哉は苦笑した。


「いっやぁ、どーかな。あのひと超めんどくさがりじゃん。多分さぁ、噂なんだけどさぁ、保健室の先生になりたかったみたいよ?」

「うっそ。似合わなっ……いや、アリかもだけど……」

「そうお? 男の養護教諭ってキモチワリくね?」

「あー、そうかもね。女子としては行きにくいかも」

「つーかナナ女子じゃなくね」

「あっそうだった」

「どういうことだ、ははははは」


405号室はいつもこんな感じだ。

2人のやることが全て終わると、なんとなく部屋の中でお喋りを楽しむ。たまに七緒が読書していたりゲームしていると、直哉が寂しい寂しいとごねるので、結局お喋りをする。

女子か! とか言いながら、直哉の相手をする七緒は、けれどその時間が好きだ。


「ナナー、肩もんで」

「はいはいお父さんこっちおいで」

「いつも悪いねえ」

「それは言わない約束でしょ」


小芝居をしながら直哉の肩をもんでいると、ドアがノックされた。返事をすると、顔を覗かせたのは二年の花岡だ。


「お前ら本当仲良いね……点呼ー」

「オレいまーす、ナナいまーす」

「はいオッケ」


持っていたチェック用紙に、なにやら書きこむ。

花岡大輔は、面倒見の良い、先輩らしい先輩だ。種目は違えど陸上部なので、直哉とは仲が良い。

中等部からの持ち上がり組でもあり、雪弥とも仲良しで、何故か寮長(雪弥)の役目である点呼を引きうけている。寮長の仕事なんて、点呼とイベント時の仕切りや代表くらいのものだから、彼が寮長と言ってもいいくらいだ。たまに雪弥が点呼にくることもあるが、圧倒的に花岡の方が多い。


「大輔先輩も大変っすねー、いちいち点呼とんの。てゆうか、なんで大輔先輩が点呼とってんの?」

「……敬語」

「あっ、すいません。なんで、大輔先輩が、点呼をとってるん、ですか?」


花岡はため息をついた。この後輩は、いつまで経っても敬語が身に着かない。陸上部も、体育会系の集まる部活である以上、それなりに上下関係には厳しい。花岡はあまり気にしないが、気にする奴だっている。直哉のこれからのためにも、きちんと注意しなければならない。


「賭けだよ、賭け。3日分の点呼と課題の代行賭けてる」

「何でですか?」

「主にトランプ」

「……だから大輔先輩の方が来る率高いのか」


直哉と七緒は、納得したらしい。花岡は顔に出やすいのだ。一度食堂で2年生たちがババ抜きをしているのを見かけたが、花岡はババが回ってくるとわかりやすく挙動不審になっていて、当然のように大敗していた。


「……うるさいなぁ、俺だって頑張ってるんです。雪弥のポーカーフェイスを見習おうとね?」

「良いカモじゃないですか……」


一年生ふたりに同情の視線を向けられるので、花岡は話題を変えるべく、持っていたボードをぱしんと叩いた。


「そんなことより、ナナ、雪弥と仲直りしてよ。もうあいつから謝るわけないんだしさ―――」

「先輩ッ」


直哉の焦ったような声に、花岡はハッとした。二年の間ではそれは言わないようにしよう、という暗黙の了解ができていた。鹿取がそれを言って、七緒を泣かせそうになったというのを聞いたから、というのもある。

同じ男なのに、妙に庇護欲を誘う奴がいる。そういう奴は無意識に甘やかしてしまうし、泣かれたりすると困る。直哉のように後輩として可愛がるというよりは、マスコット、みたいな。それが一年では、加賀健斗と七緒だ。

そういうわけで、七緒に泣かれたりしたら困る。ものすごい罪悪感で、恐る恐る七緒の様子をうかがう。

七緒は黙って、花岡を見つめていた。あなたまでそんなこというの、という、悲しげな表情だ。


「(うわっ、その顔ヤメロ! い、いたい痛い、良心が痛い)」


黙り込んだ七緒と、胸をさする花岡を気遣うように、直哉が明るい声をだした。


「先輩さっ、他のとこまわんなくていいの? もう消灯時間なっちゃうよ?」

「ああうん、そうだね、じゃあおやすみ!」


さすがにこの時ばかりは敬語がどうとか言える雰囲気でもないので、花岡は405号室から出た。


「(ああもう、心臓に悪いわ……小さい子泣かせちゃった、みたいな、そんな……)」


ただでさえ、雪弥にトランプで負けてテンションが低かったのに、さらに下がってしまったなぁと、肩を落として歩いていくのだった。




「……ナオ、気ぃ使わせてごめんね」

「えっ? いやいやううん、別に!」


しょんぼりしている七緒に、直哉は慌てて首を振って見せた。しかし、七緒のしょんぼりはとまらない。うさぎのぬいぐるみに、ぽふりと突っ伏した。


「もうさぁ、周りに迷惑かけてるんだよなあ……」


完全にぬいぐるみに顔をうずめているので、彼の表情は見えない。

直哉が何も言えずにいると、七緒はぱっと顔をあげた。


「寝よっか。電気消すけどいい?」

「あ、うん……」


てきぱきと寝支度をする七緒に、直哉は遠慮がちに言った。


「大丈夫か?」


七緒は何も言わずに、剥がれかけた絆創膏を捨てた。




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