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68、いつかの声の主



ロウは、あまり自分からは七緒に話しかけない。

七緒の生活が円滑に進んでいる以上、無駄に干渉しない方が良いと思っているからだ。


今現在、雪弥とのいさかいを除けば、七緒は特に問題を抱えているわけでもなかった。そのいさかいについては、彼自身がもう放っておいてくれと言ってきたので、余計なことは言わないようにしている。

ただでさえ、さきほど訪ねてきた先輩のように、「仲直りしたら?」とあちこちから言われて、七緒は苛立っている。


―――そりゃね、みんなが言ってることもわからなくはないよ、ゆーきゃん先輩はちょっと可哀そうなくらいプライド高くて馬鹿だけど、だからってみんな甘過ぎるよねあのチャラ男にね、わたしだって怒る時は怒るしそれを許されてもいいくらいのことされたはずだし、別に意地張ってるわけでなく本当に許してないからああいう態度とるわけで!!


そんなぐちゃぐちゃとした感情が、ロウにも流れ込んでくる。

周りがなんとなく雪弥に甘いのはわかったので、こうなれば自分の天使としての役割は、とことん七緒に甘くなることだろうと思った。だから、何も言わない。


そして、問題というよりは、近いうちに起こるだろうと予想していた出来ごと。

もうひとりの被害者との出会い。

七緒と同じ境遇の木吉マリオ――改め木吉マリアが、同じ高校に通っていることは、なんとなくわかっていた。

先輩天使の気配もうっすら感じていたので、まあ一年の間には気がつくかな、と思っていた。

被害者同士の間には、天使との絆とはまた違う絆が結ばれるだろうとカイナが言っていたのだ。予想でしかなかったが、優秀なカイナのそれは当たった。

七緒とマリアは、性別は異なるものの、同じ境遇の仲間意識からかすぐにある程度親しくなった。それは天使たちにとっても好ましいことで、所詮自分たちの人間の知識は付け焼刃で習ったものでしかなく、それよりも同じ立場同士で相談し合えた方が有効なのだった。


そんなこんなで、今のところロウから七緒に話しかけなければいけないことは起きていないのだけれど、それ・・を感じた瞬間、これは伝えておいた方が良い、と直感的に思った。


「……七緒」


虎哲が去り、追うように昴も去ってから、ロウは人間の姿になった。


「ロウ? ……どしたの?」


ロウが自ら人間の姿になるときは、割と大事な話がある時だ、と、うっすらわかり始めていた七緒は、きちんと椅子から降りて向き合った。


「……七緒、あいつだ。あのときの声はあいつだ」

「え?」


きょとん、とする。「声って何、」そう七緒が問いかけるよりも前に、彼の頭の中を映像が駆け抜けた。




―――……相打ちになって、どっちもそこでのびてるみたい。誰かが警察呼んだみたいだから、そろそろくるんじゃないかしら」


おばさんが七緒に向かって喋っている。七緒の隣に立っているのは緒方先生だ。

商店街のざわざわとした喧騒に異色なものを感じて、なにかが起こっていたのだとわかる。しかし、事態は既に収束に向かっているらしい。

この場面はどこかで見たな、と七緒が思っていると、ほっとしている七緒が小声で言った。


「…ロウ? どうしたの」


どうやらポケットの中の天使に話しかけているようだと理解して、七緒は、自分が酷く近い、けれど遠い場所からその光景を眺めているのだと気付いた。

これは過去の記憶だ。

七緒のポケットからロウの声が聞こえる。それを七緒は他人事として、眺めていた。


―――「……お前には…関係ないことなんだけど」


それでもいいから言って、と七緒がせっつくと、天使は居心地悪そうに呟く。


―――「俺は…天使は、ひとの心の声が聞こえる。お前とたまに成功する、以心伝心みたいのではなくて。

    ……助けを呼ぶ声が、救いを求める声が、聞こえるんだ」


それは、すごく一方的なものだと彼は言った。多かれ少なかれ、人間は誰しもそれを発しているのだと。


―――「精神的なものか肉体的なものかまでは判断がつかないが……ものすごい強さだった。今にも、折れてしまいそうな……それが、こっちの方向から、聞こえたんだ」


血の気が引く。拙い説明ではあったが、ロウの言葉の足りなさに慣れていて、読解力もある七緒は、彼の言わんとするところがわかってしまった。


「(もし、肉体的なものだったら…今の喧嘩で負傷したひとのものだったら…大変な怪我、ってこと?)」


ロウがわざわざ伝えて来るからには、よっぽどの状態なのだろう。

七緒は、先生に袋を押しつけると、人をかきわけはじめた。


「おい、戸塚…」


驚いている緒方に、おばちゃんは思い出したように言う。


「そういえば、どっちもまだ若かったみたい。高校生、くらいかしら―――……




「あの、時の、」

「そう、あのときの」


テレビの電源を切ったかのように、頭の中の映像が止む。とても懐かしい気がしたが、よく考えればあの出来ごとはそんなに昔のことではなく、ひと月ほど前のことのはずだった。


「口で言うの下手だから、そのまま記憶を七緒に引っ張りだしたんだけど」

「そんなこと出来るの? ていうか頑張って口で説明してみようよ……」


まあ確かに、短時間で鮮明に思い出せる効率的な方法のようだけれど、そんなことに魔法使って良いのかな。

呆れながらも話を戻す。


「で、ええと、あの声がなんだって?」

「虎哲だ。あの声を発したのは虎哲」

「……沖田君とか、柳井君ではなく? それ以外でもなく?」


確信をもってロウは頷く。


「普段は、救いの声は聞かないでいるんだ、俺。俺だけでなく、カイナもそう、ほかに役目があるから。救いのために人間界に降りてきてる奴らだって、小さい声は聞かないようにしている。すべて聞くことになると、俺たちの容量を軽く超えてしまうから。でも、強過ぎる声は、距離が近いと、俺らみたく他の任務で耳をふさいでる奴にも届いてしまうんだ」

「ええとちょっと待って」


七緒は慌てて待ったを出す。そんな、ぽんぽん話を進められるとついていけない。


「えっと、ロウがその、声? を聞かないでいるのは、わたしの補佐っていう役目があるからなのね?」

「そう。その分、お前の心の声は誰よりも聞こえやすくなる」

「それもなんだかな……。そんで、容量を超えるってのは?」

「天使は小さな奇跡しか起こせない。奇跡を起こすこと自体が奇跡なんだ、その人間の想いと、天使がそれに目を向けるその一瞬が重なって、初めて奇跡は起こる。それでも、人間はそれだけで救えはしないから、すべての声に耳を傾けようとすると、天使自身の精神が壊れるんだ。救えない者の多さに押しつぶされてしまう」

「……うーん、よくはわからないけど、なんとなくわかった」


理解は出来ないけれど、もう色々と不思議なことに慣れていたので、七緒は続きを促す。


「今まで、あんなに強い声は聞こえなかったんだ。近くにいたにも関わらず。でも、さっきあいつから聞こえた声は、あの時の声と同じだった」

「―――えっ? てことは、テツくん、今凄く何か悩んでるってこと?」


救いを求める声、とロウは言ったはずだ。となると、虎哲がその声を発しているならそういうことになる。

けれど、先程の虎哲は、特に何かを思い悩んでいるようでもなかった。

ロウも困った顔で首を振る。


「いや―――ええと、あれだけ強い想いなんだから、なにか悩むことがあったのは確実なんだけど……前の声より、なんていうか、清々しいんだ」


以前の声は、本当に悲痛で―――だからこそ、酷い怪我でもしてるんじゃないかとロウは思ったのだ。

でも今度のは違ったという。同じような悲しみと痛みは感じ取れたが、どこかふっきれたような、でもやっぱり苦しそうな。


「強いって言っても、この前の比じゃなくて、多分一回聴いてた声だから聞こえたんだけど……直感なんだ、七緒に言っておいた方がいいんじゃないかなって」


七緒の困惑した表情をみて、ロウは申し訳なさそうに首を振った。


「ごめん、混乱させたな」

「いいんだよ、天使の直感なんて、そりゃ、信じるしかないでしょうよ!」


落ち込むロウを励ましながらも、珍しく「遅くなる」なんて言いに来た虎哲が、とても心配になってきた。

認めたくはないが、虎哲の懐に入るのが上手いのは雪弥だ。


「……テツくんが……何か言ってくれたら……なんかさ、わたしが踏みこんでいくのも違うと思うし……でも……」


悩んでいるなら助けたいと思う、しかし出会ってそれほど経っていない自分が、勝手に踏み込んでいって良い領域ではないとも思う。


―――もし、ゆーきゃん先輩とぎくしゃくしてなかったら……わたし、きっと先輩にテツくんのこと聞いた……


このとき初めて、七緒は雪弥に謝って仲直りしてしまおうかという思いが頭をよぎった。しかし、やはり自分に非があったとは思えないし、許してしまいたくなかった。それに、虎哲のことで雪弥と仲直りするなんて、なんだか雪弥を軽んじているようになってしまうと思ったのだ。


なんだかんだで、本当に嫌うことが出来ない―――それが雪弥だった。




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