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65、相談会とデバガメ



「おい、やめようぜ、こんなん……」


栄人は、弱弱しい声で圭介のシャツを引っ張った。

今まさに、喫茶・アルマジロンの扉を開けようとしていた圭介は、振り返って堂々と言い放つ。


「バカ野郎、こんな面白い現場、見逃せるかよ」

「だからって悪趣味だよ、こっそりつけるなんて」


身体ごと向き直った圭介は、栄人の両肩に芝居がかった仕草で手を置いた。


「ハチ、お前の言うことは正論だ。しかしオレの言うことだって間違ってない。

噂の天才美少女と、オレらの友人のナナ。その2人が、密会してるんだ。見逃せるか!?」

「密会て……」

「だってそうだろ、七緒の様子から見て、この前まであいつは木吉さんの存在を知らなかった。ってことは、彼女を見に行ったあの日以降に、お近づきになったってことだ。そんで、彼女の存在を教えたのは誰だ? オレだ! そのオレになんの報告もなく、放課後2人で喫茶店に入るまでの関係になっている。これ如何に!?」

「如何に!? じゃねえよ! だからって尾行して盗み聞きとかしていい理由には」

「なるね! 気になるから・・・・・・!! それに盗み聞きなんてしないよ、ちょっと遠くから様子見るだけだもん」



富士介がお冷やを持ってやってきた。


「メニューは決まりましたか」

「店長、まかない食べたいな」

「言うと思いました。今回だけですよ、あなたはもううちのバイトじゃないんですから。七緒くんはどうしますか?」

「あの、おれも出来ればマリアさんと同じもの……あ、えっとちなみにおいくらですか?」

「メニューにないような軽いものですからね、300円もあれば食べられますよ」

「あー良かった、じゃあおれもそれでお願いします!」


あからさまに安心した顔の七緒を見て、富士介はくすくすと笑いながら去って行った。


「なんかすごい笑われたんだけど」

「いや、お前すごい笑顔だったから……ケチなの? 金がないの?」

「しいて言えば両方。マリオくんはお金あるの? バイトしてる?」

「まあな……って、そんな話をしにきたんじゃなくて」


危うく世間話一直線になるところだった、とマリアが顔をしかめ、七緒もそうだったと背筋を伸ばす。


「えっと、マリオくん、女の子の友達が出来ないって」


内容が内容なので、自然と申し訳なさそうな顔になる七緒。しかし、そう言っていた張本人は、けろりとした顔で頷いた。


「そうなんだよ、まあ話しかけたら応えるし、無視されてるとかでもねーと思うんだけど。なーんか、溝を感じるっていうか、棘を感じるっていうか。

オレ、割と昔から社交的だから、男も女も友達多い方だったんだけど、マリオだったときより、女子が遠い気がするんだよね」


やっぱりオレが転校生だからかな、タイミングがあわないのか、と推論を披露するマリオを、七緒は困ったような顔で、遮る。


「……マリオくんさ、モテてたでしょう、前。そんで今も」


今度は、マリアが困った顔になる番だった。


「モテてた……ん、まあ、今の姿になってからも、何回か告白はされたかな」


男子からコクられるってなんか妙な気分、とマリアは苦笑し、七緒も同じように笑った。


「……私はさ、あんまり考えたことないタイプなんだけどさ、友達が言ってたの。「女の男友達」と「女の女友達」っていうのは、圧倒的に違うものだって」

「どういうこと?」

「女の子ってさ、男の子より、圧倒的に同性に厳しいんだよね。恋愛とか、容姿とか地位とか、あとは好感度とか、そういうもののために、無意識に、同性は自分との比較対象なわけ。だからさ、女子同士の友情は脆いだとか、女子は陰険だとか、よく言われるじゃない。多かれ少なかれ、そういう、比べたがるところがあるからじゃないかなと思うの」

「男同士でだって、背とか、まあ色々……比べたりするぜ?」

「ベクトルが違うんだよね、比べた結果の。男子は相手を上回ろうとするけど、女の子は、相手を蹴落とそうとするの」


わかるかな、と首を傾げると、マリアは怪訝な顔で頷いた。


「なんとなくだけど、わかるかも……でもそれって、なんか今のに関係あるの?」

「多分だよ。多分だけどさ、あなたのこと、一番上・・・にしたくないんだと思うの」


念入りに推測であることを述べてから、一息で七緒は言った。


「マリアは、男の子にモテて、綺麗な髪で、可愛い顔で、頭良くって、ねえ、きっと運動神経も良いでしょう? それでさ、女の子にもたくさん友達いたら、あっという間にクラスの、もしかしたら学年の一番上でしょ。それがきっと嫌なのよ。

あなたの弱みは、私から見れば、元・男の子だということ。そして他のひとから見れば、転校生だということ。あなたは女の子同士の付き合い方を知らないし、この学校に女の子の知り合いもいない。だったら、その点において、あなたを出来る限りおとしめようとしてるの。」


少し早口で、長々と推論を話した七緒を、マリアはぽかんと見つめるしかなかった。

彼の言った「一番上」という表現は、わからないようで、わかる。人が集まれば、ヒエラルキーが出来る。特に進学校でない限り、成績がいいだけでは上の階層に行くことはできない。

マリアは、一番上に行くための要素を揃えていることを、自覚はしていた。マリオであったときも、思い返せば、「上の方」にいた。それが昔から当たり前で、そうであることは特に意識したことはなかった。しかし、この、女子の行動や言葉に棘が見える状態になって、初めて、自分が「上の方」だったことに気がついたのだ。


「……まあ、私が思っただけのことだからさ。話半分にね、聞いてよ」

「……聞けねえよ。なにそれ、女子、超怖いんだけど」


さすがに口には出さなかったが、それを推測する七緒も、少し怖い。自分が全く欠片も持っていない感情というのは、ここまで想像できないものだ。


「……私はさ、出来る限りトラブル避けてきたから、そういう女の子同士のごたごたって、割と外から眺めてたの。でもさ、女の子って少なからずそういうとこあるよ、私含めて」


マリアの思考を読んだかのように、七緒は苦笑して言い訳じみた口調で言った。


「例えばだけど、クラスの女の子の誰かの好きな子が、あなたを好きになっちゃったとか。成績とかもあるかもだけど、そういう感じのが可能性高そうだなぁ。とにかくあなたは、普通にしてても女の子の不興を買う要素を持っちゃってるわけ」


それは決してあなたが悪いわけではないけれど、それを知った上で、あなたから歩み寄らないといけないと思う、なんて言われて、マリアは絶句した。

自分に非がないのに、なぜご機嫌とりみたいな真似をしなくてはならないのか。

ひとくち水を啜って、七緒は続けた。


「ふふ……マリアってさ、意外に顔に出るよね、考えていること。でもそういう妥協とか、なあなあな部分は、女の子に限定しなくたって、必要なことだと思う」

「納得いかないな、そんなこと考えてる奴らと仲良くしたいとは思わない」


マリアの声が相当に固かったので、七緒は黙って引き下がった。

アドバイスはした。これ以上のことは、具体的なことは知らない自分からは言えない。実際、そういう部分を嫌って、一匹狼になるクラスメイトもいた。自分は、卑怯にも無邪気なフリをしてごたごたに巻き込まれないようにしていただけだから、何も言えない。


「(そりゃ私だって悪口とか嫌いだけど、愚痴とかで言っちゃうこともあったし、変にため込むよりは良いと思うんだ。別に言ったところで相手が変わるわけでもないけど、なにも結果はでないけど、それでもたいていの女の子は構わない。けど、多分男の子は、結果をだしたがる、決着をつけたがる)」


男になって、改めて思う。男女というのは、同じ動物だと考えない方が良いんじゃないかってときがある程、考え方が違うのだ。

恐らくマリアは、「なあなあな部分」を許せないわけではない。自分がクラスの女子に屈した形になるのが嫌なのだろう。きっと奈々子なら、こだわらなかった部分。それに立ち向かおうとしている彼女は、強いけれど世間知らずだ。何をしなくとも人が集まって来るカリスマ性を持つ故の自信と傲慢さである。


「(まあでも、ずっとこのままでもないだろうし、近いうちに女の子も近づいてくると思うなあ……)」



一方マリアは、黙り込んだ七緒を見て、ため息をついた。

彼は予想以上に真剣に考えて、答えてくれた。けれど、その答えが気にいらない。八つ当たりだとわかっていながらも、眉間の皺は消えなかった。彼のくれた答えが、おそらく合っているからだ。

根拠はないけれど、妙にすとんと胸に落ちる言葉だった。そうしてそれにこっそりと納得してしまっている自分も嫌だ。

そんな微妙なタイミングで、富士介が料理を持って現れた。


「さあ、お待ちどおさま……どうかしましたか?」


変な空気に気がついたのか、訝しげに首を傾げる富士介に、2人はなんでもないと笑ってみせた。


「うわーっ、これで300円ですか!? 学食より安いですよ!」


出されたサンドイッチとスープに、七緒が大げさな反応をする。

サンドイッチには耳をつけたままだし、中の具も、普通に出すときには使わない余った部分らしい。スープも然り。


「いただきまーす! ……んっ、美味しいですー」


一口食べて感想を言う七緒に対して、マリアは口いっぱいに詰め込んでから、思い出したように「もふひぃ」と唸った。


「あ、あの、美味しいって言ってます……」


そういや弟や寮のみんなも、作った人おかまいなしにばくばく食べるよなぁと思いだして、これも男女の違いかしら、そうでもないかなぁ、と苦笑した。


「ありがとうございます。マリアくん、お水のおかわりいれておきますからね」


すでに空になっていたマリアのコップに水を足してから、富士介は優雅にカウンターへ戻っていった。


「本当に素敵なひとねえ」

「なに、ああいうのが好み?」

「好みっていうか、憧れはするよね。かっこいいもの」

「ふーん」


適当に相槌をうちながら、そういや七緒も方も聞きたいことがあると言っていたのを思い出し、マリアは考えた。富士介にあっという間に認められ、普通に男として友達もいる七緒は、何を悩んでいるのだろう。


「……で? ナナが聞きたいことって何?」

「あ……えっとね」


七緒はちらりと辺りを見回すと、真顔で、囁いた。



「―――どうしたら、ムセイしないかな?」



3秒後、意味を理解したマリアがスープを噴き出したのは言うまでもない。



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