62、それはまるで運命の
「行こうよー!」
子供のように駄々をこねる圭介に、七緒は苦笑した。
彼は、ついこの間話題にでていたらしい転校生を、見に行きたいと言っているのだ。
しかし、同じく転校生である七緒は、物珍しそうに見られるのがあまり気持良くはないことを知っているので、「行ってきたら?」と断っていた。
「ハチと一緒にさ」
「あいつ、ナナが来るっていわないと来ないもん! ねえ、行こうよー、ちょうど教室移動で近く通るしさ!」
「うーん」
七緒が渋っていると、トイレに行っていた栄人が帰って来た。彼の分の教科書を渡し、自分の分も持つ。
「まあ、通り道なら行かないでもないけど……」
「まじかよ」
「まじかよ!」
一応朝から言われていたことなので話を理解している栄人は、呆れたように。圭介は嬉しそうに、同じ言葉を吐きだした。
「さすがナナ! わかってるね」
「わかってないよー。でも、おれと一緒のときに転校してきた子なんでしょ? だったらちょっとは興味あるかもだし……ね、ハチ」
「……仕方ないなぁ」
友人の、この流されやすいところは場合によっては危険じゃなかろうかと思いながらも、栄人はなんだかんだとついて行くのだった。
「あっ、あの子、だと、思う!」
圭介が小声で2人に耳打ちする。本来の目的地である視聴覚室をわざわざ少し通り過ぎたところで、どうやら一組も教室移動だったらしく、廊下でお目当ての女生徒とすれ違うことになった。
「え、どの子どの子」
「あの黒髪ロング」
ああ、と七緒は呟いた。さらり、艶やかな黒髪が風になびくのが、遠目からでもわかる。ロングヘアーの代表みたいな、美しい髪だ。
彼女の周りには楽しげに喋る生徒たちがいて、廊下を塞ぐように歩いていた。小柄な彼女は、その中心に埋もれていて、見えるのはかろうじて髪だけだ。
「ち、顔見えねーな」
「うわ、髪キレー」
「思ったことまんま口に出すのやめぃ」
そのうちセクハラとかで訴えられるぞ、と栄人に小突かれ、七緒はぺろりと舌を出してみせた。
「てへっ」
「米粒ほども可愛くねえからやめなさい。ほら、端に寄って」
最近栄人の言動に遠慮がなくなってきた気がして、嬉しいと同時に、正直少し照れくさい。
目の前の一団とすれ違うために、3人はもちょもちょと端に寄った。一団のなかの何人かも3人に気付き、道をあける。
それによって、埋もれていた少女への視界が開けた。
「(―――うわ、本当に、綺麗な、こ……)」
見とれていると、ふと少女がこちらを見た。
目が、合った瞬間、
ぱちんっ、
「――――アッ、」
静電気のようなものが、体中を走った。
「どした? なんか踏んだか?」
心配するような栄人の声も、耳を通り抜けるばかり。
ただただ、七緒は見つめていた。
自分と全く同時に、声をあげた少女を。
信じられないものをみるように、こちらを凝視してくる明るい茶色の瞳を。
「ナナ、今日学食じゃないの?」
昼休みになった途端、教室を出ようとする七緒に、栄人は声をかけた。
振り向いた友人は、固い笑顔だった。
「ごめん、ハチ。今日、ちょっと用事があって。五限ギリギリになると思うから、先食べちゃって!」
「あ、ああ、うん……」
栄人が頷くなり、七緒は駆けていってしまった。
「(どう、しよっかなぁ…)」
キョロキョロと辺りを見渡す。圭介は四時間目に派手な居眠りをし、英語教師から課題を直々に出されるため、職員室に行っている。いつ帰ってくるかわからない。
たまには一人で食べるかな、と立ち上がったとき、ぱちり、青木と目が合った。
あの、と零れた言葉が被り、2人して黙り込む。言葉を続けたのは、青木の方だ。
「あのさ、戸塚たちいないんだろ? 一緒に学食行かない?」
「え、いいの?」
「全然おっけー。他のバスケ部もいるけど」
そういえば彼はバスケ部だ、と思いだしながら、栄人は大きく頷いた。
「行く行く。何食べる?」
「俺うどん。今ハマってるの、大盛、温泉卵、ネギなしで!」
青木は、笑うと左頬にえくぼが出来た。
「あ、のぅ……」
びくびくとドアから教室を覗き込む。
七緒は、普段の学校生活では来ることのない、特進クラスが集まる棟にきていた。叩くドアは、一年一組だ。
出入り口に一番近かった男子生徒が、七緒に「誰呼ぶの?」と聞いてきた。
しかし、七緒はウッカリ彼女の名前を知らなかった。圭介が言っていたような気もするが、きちんと聞いてなかったのだ。
「ええと、ええとぉ……」
「……何?」
一向に用件を言い出さない七緒に、男子生徒が怪訝に眉をしかめた、そのとき。
「あたし、だろ?」
背後から声をかけられ、七緒は飛び上がった。
振り向けば、探していた女の子がいて、ぱちぱちとまばたきを繰り返してしまった。
少女は、きょとんとしている七緒の向こうの男子生徒に、「あたしが呼んだの」と言った。
「藤岡たちに言っといてくんない、あたし今日、こいつと一緒に食べるから」
誰の返事も聞かず、少々強すぎる力で七緒の腕を掴むと、ずんずん進み始める。
「えっと、あの……」
「いいから、黙って」
「食べ物持ってない……」
「外の自販機で買えばいーだろ! ほら、さっさと歩いて!」
少女は七緒にパンをひとつ買わせると―――「あっ、財布教室……」「もう、奢ってやるから」―――誰もいない体育館裏に滑り込んだ。
「ここならあんまり人来ないから」
「う、うん…」
「オレもあんたのこと探してたんだ」
可憐な少女からでた、似つかわしくない一人称に、七緒は目を細める。
ああ、やっぱり。
「あなたも―――そう、なの?」
少しの疑いを揺らめかせていた、少女の明るい瞳が、確信に染まった。
―――彼女は、いや、彼は
自分と同じ境遇の人間だ。