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61、冷戦



「ただいまー」


雪弥の声だ、と、食堂の空気がうっすら固まった。

それぞれ、台所にいる七緒がどういう反応なのか気になりながら、耳だけダンボにして、食事に戻る。


「……どうなると思う?」

「ここで言い争い始まったら、俺ら二年が止めなきゃいけないよなぁ」

「雪弥、妙なとこで頑固だしな」


周りの空気を気にせず、鞄を廊下に置きっぱなしにして、雪弥はへらへらと花岡の隣に座った。

あ、と思ったのは、花岡と、反対側の隣である虎哲だ。

そこには、今は台所に行っている七緒が、さっきまで座っていたのだ。


「なぁ、雪弥、そこ…」


花岡が声をあげたタイミングで、七緒が戻ってきた。彼は、ちらりと空席のなくなった食卓を見やると、自然にきびすを返し、自分と雪弥の分のご飯を持ってきた。


「どうぞ」

「どうも」


最低限のやり取りの後、何事もなかったかのように、七緒は虎哲の左隣に座った。


「テツくんごめん、ちょっと詰めて」

「ああ……」


何かいいたげな虎哲だったが、触らぬ神に祟りなしとでも思ったのか、大人しく従った。

花岡と、その左隣に座っていた蓮川は、顔を見合わせた。

これは、めんどくさいパターンだ。


「なあテツ、飯終わったらお前の部屋行くね。遊ぼーよ」

「はあ? いや、今日は……」


今日は、七緒と直哉がいつものように押し掛けてくる予定、と言おうとして、雪弥の向こうの七緒の瞳に、どきりとした―――そう、テツ君はそっちにつくんだね。なんて責められているような気がして。

咄嗟に向かいに座る直哉を見たが、彼も虎哲と同じ顔をしていた。助けを求められたのがわかったのか、声を絞り出す直哉。


「……あっ、ゆーきゃん先輩、きょうはテツ、」

「えっ? ナオ、テツと遊ぶの? ずるーい、テツぅお前最近ナオと遊んでばっかじゃん! オレも構えよなー」


雪弥はふざけるように虎哲にもたれかかったが、目だけが笑っておらず、意図的に七緒の名前を出さない。

仕方ない、と虎哲は腹を括った。


「すまん。こいつと話したいことがあるけぇ」


直哉に向けて言うと、視界の端で、雪弥と七緒が自分を見るのがわかった。直哉は心得たというふうに、一度だけ小さく頷くと、「ちぇっ、ずるいの! ゆーきゃん先輩のものじゃないんだからさあ」と文句を言いながらも、了承するように笑った。

直哉はぴりぴりした空気を回避するのが上手いなあ、と横に座る由良は思ったが、同時に虎哲が案外おせっかいだとわかって驚いていた。


「(ていうか、ゆーきゃん先輩とテツって仲良いよなぁ……学年違うのに)」


虎哲は何故だか上級生に対してもタメ口だが、方言のおかげか、あまり見咎められることはない。中でも、雪弥に対してはびっくりするくらいぞんざいな態度をとる。


「(でも、テツはテツで、それなりに先輩のこと気にいってそうだしなあ。先輩後輩でなく、同等の友達ぽい)」


虎哲は直哉や七緒、ラファエルなんかとも最近仲が良いが、どうにも保護者視点で彼らを見ているような気がする。

おそらく先程言った「話したいこと」というのも、雪弥への、友人としての忠告なのではないだろうか。

きっと本人たちは否定するだろうが、良い関係ではないか、なんて思ったりして。


「(……仲が良いよなぁ……)」


しみじみともう一度思った後、鰈の煮つけを頬張る。どうか巻き込まれませんように、と思うが、既に銀杏寮全体が巻き込まれている気がして、1人苦笑した。




「……七緒さん?」

「なあに?」

「何故405号室の君が、404号室にいるのでしょうか……」


皿洗い当番を終えて部屋に戻った由良は、自室に戻って顔を引き攣らせた。

ラファエルは既に諦めたようで、床に寝そべる七緒と同じ宿題を開いている。


「だってー、ナオが走りに行っちゃったから、寂しくて。……ホントならテツくんトコでやってたはずなんだけどね」


後半の冷めた口調に目を細める。直哉の野郎、お前がテツんとこ行かないように承諾しちまったんだからその事故処理もして行けよ! なんて思いながら、同じ部活なだけに体力をキープしなきゃいけないのもわかっているので、後でアイスでも奢らせようと思うに留めた。


「なんの宿題?」

「数学。もう終わる」

「え、うそ。ラファエルくん、問8出来たの?」


どうやら雪弥さえ絡まなければ七緒は普通のようなので、ほっとする。

一方で、見境なく攻撃してくれちゃった方が、面と向かって咎めることができるのになあとも思った。


「ねえ由良くん、これわかる? おれラファエルくんの説明だとわかんない」

「はあ!? ひとがせっかく……!」

「どうどう、ラフィ落ち着け」

「ラフィって言うなー!」




「…あのさ」

「余計なお世話」

「まだなんも言っとらんじゃろ」

「わかるよ「さっさと仲直りしろ」だろ?」


わかっているならそうしろよ、と思った虎哲だったが、拗ねたように丸まって横になる雪弥の背中が妙に可愛かったので、口には出さないでやった。

大きなうさぎのぬいぐるみをボフボフ叩きながら、雪弥は呟く。


「オレばっか悪いんじゃねーもん。あっちだって悪いんだもん」

「子供か! 埃たつけぇやめ」

「ねえテツ、オレの愚痴聞いてくれるう?」


相変わらずぬいぐるみを叩くように撫でながら、雪弥は振り返った。が、虎哲が黙って話を促したにも関わらず、彼は「やっぱりいい」と笑った。


「なんでえ、言えって」

「いい。やーめた秘密! ねえテツ、今日この部屋で寝ていい?」

「アホか」

「まーじでヤッタァ。着替えて来るー」

「了承した覚やぁないんじゃが。 ……当てこすりみたいなことやめぇよ。わしんとこ来てたら、七緒が機嫌悪くなるのわかっちょるじゃろ」

「だからやってんだよ」


馬鹿だこいつ、と呆れた虎哲は、諦めてベッドに潜り込んだ。途端に、雪弥が可哀そうな声をだす。


「え、もう寝ちゃうの」

「CDかけるけど……。お前どうすんの。ここで寝るんか」


びっくりしたような顔をしたあと、雪弥は笑った。


「なんだかんだ優しいから、お前って好かれるのな。今度ね、今度!」


そして軽い動きで部屋からあっという間に出て行った。

天の邪鬼め、と思いながら、虎哲は何事もなかったかのようにCDをくるりと回してラジカセの電源をいれた。




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