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51、お茶のお誘い



「は、じめ、まして!」


あからさまに緊張している七緒を見て、栄人はこっそり笑ってしまった。


「ん、よろしく」


ふふ、と笑って見せたのは、もうひとりの三年生お茶部部員、落合だ。

中間テスト後、初めての部活に、半幽霊部員である彼はやってきた。

綺麗な黒髪を七三にわけて、銀縁メガネをかけている落合は、いかにもガリ勉、な見た目だが、その口調はとても柔らかい。

葵のような温かさあるひとだな、と七緒は思った。

栄人はテスト前に一度会っているので、黙々とドンジャラの準備をしている。


「葵に引き入れられたんだって? あいつお茶部大好きだからなあ」


無くしたくないんだろうなあ、と落合が言った瞬間、理科準備室の戸が開いて、ご本人さまが登場した。


「あー、落合だぁ。見たぜ見たぜ、成績優秀者の表。全国で20番代とかお前一回脳の検査受けた方がいいよ」


入ってくるなり、にやにやと葵が言った。

彼の言う「成績優秀者の表」とは、中間テストの結果ではなく、それを終えて燃え尽きた次の日、全校生徒が受けさせられた学力テスト――外部の試験――の結果である。定期考査の結果と違い、それらの成績優秀者がわかるような表が、張り出されるのだ。

落合は、眼鏡の奥の、もともと切れ長の瞳をさらに細めて、嫌そうな声で言う。


「やめろやー、そういうの言うの」

「英語だと9番なんだぜ」

「なんでそんながっつり覚えてんだって」

「えええ、学力テストでそんな順位なんですか?」

「さすが特進クラス……」


畏敬の眼差しを一年生から受けて、落合は「ほらなー!」と抗議する。


「こういうことになるだろって! やなんだってこーいうのお!」

「あーはいはいごめん。ところで落合、次はいつ校長くるのか知ってる?」


しれっと放たれた葵の言葉に、一瞬、七緒と栄人が固まる。


―――え? 何?

―――校長が……来る? どこに?


「―――……お茶部ここに、ですか!?」


いきなり一年生2人がハモったので、落合は驚き、葵は「あっ」という顔をした。


「……え、なに、言ってないの? この部の活動内容」


怪訝な表情の落合に、葵は肩をすくめてみせる。


「だって、あれはひと月に一回、あるかないかだろ?」

「おいおい、一応あれがメインなんじゃないの、ここ……」


だって、と言った葵は、七緒が今まで聞いたことがない、少し拗ねたような声だった。


「変に身構えて入部してくれなかったらヤだし」

「それもわかるけど、ちゃんと言っとけって。いきなり来たら驚くだろ」

「あのぅ……何の話ですか?」


3年生同士の軽い言い合いに、遠慮勝ちに栄人が入って行く。このままだと、いっこうに話が進みそうになかったからだ。

腹を決めたのか、葵がすまなそうな顔で、言った。


「一か月に一回くらいの頻度でさ、校長がお茶部来んの。で、一緒に食べたり遊んだりしながら、校長から聞かれることに答えんの。お茶会、って呼んでるんだけど。

もともと、校長が副校長だったときに顧問だったんだって、ここ。だから、生徒の意見を聞く場として、今もおがちゃんに引き継いで、校長自身も暇な時遊びにくるんだよ」


七緒と栄人は、顔を見合わせる。

つまり、部活で校長面談しなくてはならないということか。

引き攣った顔の後輩たちに気付いたのか、落合が慌ててフォローをいれる。


「いや、ね、校長すごく気さくなひとだから。おしゃべり好きのおじいちゃんだから」

「あ、それはわかりますけど……」


七緒は転校時に校長と喋っているので、そこに関しては心配していない。こっちから話題を見つけなくても大丈夫だろう。

しかし、彼が心配しているのはそこではない。


「もしかして……校長は……クッキーを持参されたり……しますか?」


ぴしり、と音をたてて、葵と落合が固まった。


「何故それを……あっ、そっか、ナナは転校してきたときとかに会ってんのか……」

「……持ってくるんですね、その反応だと……」


ひょうひょうとうすら寒い風を感じて、七緒は自分の肩を抱きしめる。

なんのことだかわからない栄人に、葵が陰気臭い口調で説明した。


「校長、お菓子作りにハマってて……何年もハマってるはずなのに一向に上達しなくて、未だに初歩のクッキーしか作れないみたいなんだけど……そのマズ…ごほんっ、あんまり出来がよろしいとは言えない自作クッキーを、わざわざ持ってきてくれるんだよ」

「はあ……」


校長のクッキーを知らない栄人には、いまいち事態の深刻性が伝わっていないようだが、もう少し経てば嫌でもわかるだろう、と放っておいた。


「……で、まあ最近だとどうやってそのクッキーをご遠慮するかっていうのを考えてるんだけど」

「部員全員虫歯っていう言い訳は、何回か使ったからもう無理なんだよな……」

「……たぶんそれ聞いてたらおれ、お茶部に入りませんでしたよ」


ほの暗い3人についていけない栄人は、校長もドンジャラとかやるんだろうか、とぼんやり考えた。




「なーんで教えてくんなかったんですか?」


部活を終えた、銀杏寮への帰り道。少し抗議するように、七緒は葵に問いかけた。


「や、だって……教えたら、入部してたか?」

「たられば、は聞きたくありませんよ。なんか、寮での勧誘だって禁止なくせにおれを誘ったり、アオさんっぽくないですね。お茶部に関しては」


勧誘されたときから、それが本当に疑問だったので、七緒は首を傾げて隣の先輩を見やる。

彼は、他人のすることにはおおらかだが、自分に対しては厳しい方だ。なのに、わざわざ寮則を破るなんて。

バツの悪そうな顔で、葵は言った。


「俺と落合の代が無事に終わったとしても、その後で廃部にはしたくないんだ。一応、先輩から託されてるからさ」

「せん、ぱい」


今となっては最上級生である彼からこの言葉が出ると、奇妙な違和感を感じる。


「(母さんたちにも子供時代があったんだって、知った時の気分)」

「ごめんなぁ、言わなくて……なあ、出て行ったり、しないよな?」


ぼんやりとしていた七緒は、心配そうな声音に、慌てて顔をあげた。

窺うような表情を見て、「お茶部から」出て行かないよな、と聞かれているのだとわかった。


「出て行きませんよ。あの、そんなに、心配しないで下さい。すっごく怒ってるわけでも、困ってるわけでもありませんから」


ただ、もう一度あのクッキーと再会しなくてはならないのかと思うと、胸やけしてくるが。


「ああ、良かった。本当に、うちの部は、失くしたくないんだ」


よっぽどお茶部に思い入れがあるのか、葵は心底ほっとした顔で、ため息をついた。


―――確かに、居心地の良い、雰囲気だけど。


「あ、そうだ、」


唐突に、葵が声をあげる。思い出したように言った。


「全然違う話なんだけど、最近、雪弥どうだ?」

「どうだ、って?」


話題の転換にもその内容にもついていけず、七緒は眉をよせた。


「えーと、何か気になることない? ちょっと今、心配なんだ」


何かあったんですか、と聞いても、教えてくれないことは目に見えていたので、素直に首を横に振る。

「いいえ、特には。あ、でも、テスト終わってからあんまり会ってないですね」


しかし、会えばいつものようにちょっかいを出してくるし、食事を残したりもしていない。そう言うと、葵は満足げに「そうか」と頷いた。


「ナナはさ、なんか寮生の様子見る機会が多いだろ。なんか変だな、と思ったら、とりあえず話かけてみてくれない? 雪弥だけでなくても」

「えっ。アオさんみたいに話聞くとかできませんよ、おれ」


慌てて言う。自分には、葵のような、誰かを安心させる話術や、厚い人望なんてない。

葵も慌てて、「別に無理にってわけでなくてさ」と笑う。


「俺だって本当に話を聞くだけだし、ナナはなんか向いてそうっていうか……あれ、何が言いたいんだっけ」


自分で言っててきょとんとした葵がおかしくて、七緒は小さく笑った。


「おれにできることなら、努力はしますよ。アオさん、気ぃ遣いだから、そのうちパンクしちゃうもの」


喋ってるうちに寮に着いて、玄関で別れる。

階段を上りながら、冗談混じりで自分が言ったことを反芻して、今更ながら「確かにそうだ」と思った。


―――アオさん、しんどくは、ならないのかしら


自分以外のことを、他の人以上に背負っていて、辛くなるときはないのだろうか。


「(きっとあるんじゃないかな……ゆーきゃん先輩より、アオさんの方見てなきゃだめなんじゃないかな……)」


それはあまりにもでしゃばりだろうかとも思いつつ、おせっかいな一年生は、同じくおせっかいな三年生を支えよう、と、こっそり心に決めた。





「新聞部からさあ、今月の新聞もらってきてくんね?」


めずらしく、北原と二人っきりになった。

アオさんを支えようと勝手に決めてから2日。木曜なので部活があるのだが、いつも一緒に来る栄人が後から来るため(彼はどうやら英単語を覚えるのが苦手なようで、5回連続で英単語テスト10点満点で3点以下をとって、居残りをさせられているのだ)1人で部室へやって来たところ、まだ北原しかいなかったのだ。


「え? 新聞?」


コーヒーの用意をしていた七緒は、きょとんと首を傾げた。北原が何も言わずに、窓の隣の壁を指す。

そこには、「倫葉新聞5月号」と書かれた紙が貼ってあった。


「毎月、新聞部がどの部にも配ってんだけど、お茶部はちょっと特殊だから、こっちから取りに行くの。新聞部の場所、わかるか?」

「わかりますけど……」


部活見学の時の光景が甦る。あの中に、入って行けるのだろうか。


「部長に、おがちゃんの分をもらいに来た、って言えばいいから」


いってら、と、後輩をパシることができるのが楽しいのか、北原は満面の笑みで手を振って見せる。一緒にきてくれる気はなさそうだ。

少しふてくされて、七緒は理科準備室を出た。



部室棟が見えてきた、と思ったら、ある一か所に目がいった。

開いた窓から、見覚えのある金髪が見えたのだ。


「(確か、茶道部、の……なかむら…まり、先輩)」


友人と同じ名字だから覚えていた。そういや、茶道部も木曜が活動日と聞いていた。

声をかけるのもおかしいか、と思ったが、じっと見ながら歩いていたら、彼女とばっちり目が合ってしまったので、寄っていく。


「こんにちは」


窓の外の男子生徒を見て、記憶を探っているのか、目を細める中村。

あれこれって忘れられてるんじゃなかろうかと七緒が思い始めた頃、ようやく彼女は「ああ」と声をあげた。


「あんたアレだ、中村って子と一緒に居た、茶道出来る子だ」


どうやら彼女も、自らと同じ名字が印象に残っていたようだ。おまけのような思い出され方だが、忘れられているよりマシかと笑う。


「はい、戸塚七緒です」

「そーいやあんた、どこの部に入ったの?」


言って通じるかしらと思いながら、お茶部ですと言うと、中村は目を細めた。


「……ああ、落合のいる、なんか怪しいとこね」


どういう印象なんだ、とつっこもうとしたが、確かにマイナーで怪しいので、七緒は苦笑するだけにとどめておいた。そしてふと、何故部長である葵の名ではなく落合なのかと怪訝に思った。


「もしかして、中村先輩は特進クラス……ですか?」

「そ、こうみえてもね。さすがに落合のレベルまではいかないけど」


落合はよっぽどすごいらしい。中村の淡々とした口調に、少し拗ねたような雰囲気が混じったので、七緒は緊張を解いた。


「おれ、一昨日初めて落合さんに会ったんですけど、なんか見た目と中身がそぐわないですよね」

「そうそう、冷酷な生徒会副会長キャラっぽい見た目の癖して、とんだボケ男なんだから。言っとくけどあいつ、超ドジっ子だから覚悟しときな」


知ってます、と苦笑した。一昨日やったドンジャラで、役が揃ったのか嬉しそうに「ドンジャラー!」とパイを見せようとした落合は、勢いが強過ぎて台ごとひっくり返したのだ。

その話をするとくすりと笑った中村は、「ねえ、」と窓から身を乗り出した。



「まだうちの奴ら来てないからさあ、ちょっとお茶飲んでかね?」




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