閑話
「あー終わった終わった」
「またひと月後に期末とかまじ勘弁」
食事を終えた食堂で、横になりながら喋るのは、テストを終えた2・3年生たちだ。
「睡眠をとりたい」
力のない声で呟くのは大輔で、隣に寝転ぶ健太の腹に、ぽんと手を乗っけた。
「やーめーろーよー。吐くよー」
「健ちゃんはどうだったのよぅ、テーストー」
オカマ口調で健太にひっつくのは、彼と同室である新一だ。彼らはケンカも多いが、仲は良い。
「きーもーいー。暑いしぃ。つーか全滅に決まってんだろお。とりあえず現国の赤点は決定だな」
「…お前、なんで文系いったんだよ……」
「古典だけが得意だからだよ……」
ぐてりと顔を伏せる健太を、新一が引きずって部屋に戻ろうとしたときだった。
「うわっ、新一先輩が東條先輩いじめてるっ」
食堂に駆け込んできた七緒が、驚いて声をあげた。
「いじめてねーよ、こいつこのまま寝ちゃうから!」
「ていうかなんでこんなに屍が……」
死屍類類、というべき食堂の惨状に、七緒は顔をひきつらせる。
「テストが終わったのー」
比較的能天気な彰人がそう言うと、彼は納得したのか「お疲れ様でした」と苦笑した。
1年生は、2・3年よりも1日早く終わっていたのだ。
「ところで、テツくん知りませんか?」
「あっち」
晴登が台所を指差すと、礼を言ってぽてぽて駆けて行く。
「ねえテツくん、一緒に宿題やろー」
「はあ? なんの?」
「数学の! 覚えてないの、数学んときはいたじゃん」
「寝とった」
「堂々と言うね! まあいいや、やろうよー。テツくんちょくちょくサボったりするから、提出物くらいしっかりやんなきゃ」
「んー」
「それ、いいよ? いやだ? どっち?」
台所から聞こえてくる会話に、大輔が呟いた。
「あいつすっかりテツに……懐いたよなぁ」
懐いた、という表現に、全員が頷く。
まるで子犬が遊んでくれた人間に懐くように、七緒は、虎哲の姿を見ると寄って行って、なにかに理由をつけて構ってもらいたがるようになっていた。テスト中も、勉強やろうよなどと言って、直哉と共に虎哲の部屋に押しかけていたりした。
「そんで、テツは案外、押しに弱いよなぁ」
ふふふ、と嬉しそうに赤城が言うと、彼にもたれていた藤枝が同意した。
「そうそう。ナナ坊はアレだな、彰人タイプだな。好き好きオーラ出しまくりの」
ええ、オレそんなん出してねーよぉ、という彰人も、妙に笑顔だ。
いや出してるだろ、と3年生たちが一斉に突っ込んだあと、また台所から声が聞こえた。
「あ、ラファエルくんも一緒にやる?」
ずっと無言だったが、虎哲と一緒に皿洗いをしていたのはラファエルだ。
彼を誘う七緒の声のあと、ぼそぼそと小さな声がした。
聞き取れはしなかったが、なんとなく内容は推測出来る。
「シュタイネルもさぁ、随分ナナに懐いたよな」
「あれは餌付けだろ」
「なんにしろ、良かったよ。近頃はラファエルもちゃんと食堂で食べるしさ」
銀杏寮でラファエルを名前で呼ぶのは、今のところ七緒と赤城だけだ。けれど最近の様子を見ていると、直哉辺りから名前で呼び始めるんじゃないかと赤城は思っている。そしてラファエル本人も、それを嫌がりはしないのだろう。
「別に、俺は……」
「あ、ラファエルくんトコは出てない?」
「いやっ、出てる。けど、も……」
「よし、じゃあ、三人でやろう! 終わるまで待ってるからねぇ」
予想通り、ラファエルは誘いに乗ってあげてもいいよ的な、ツンデレな返答をしたのだろう。不安げな七緒の確認に、食い気味に答えた。
三人って俺入れて三人なのかオイという虎哲に、七緒は笑う。代わりにラファエルが噛みついた。
「なんだよ、お前なんか、部屋にパンダのぬいぐるみ置いてるくせに」
「なして知っちょるんだ!」
「名前つけて可愛がってるって言ってた。あんたと仲良い某二年生が」
「今後一切、雪弥からの情報は信じるな! ていうか名前つけてねーし!」
「ええ、名前つけてないの? おれが沖田くんからもらった奴は、宗次郎って名前にしたんだけど」
「……」
「……七緒が入るとややこしくなる」
「ラファエルくんてちょいちょいひどいよね!」
なんだかんだと虎哲もラファエルも楽しそうなので、赤城と彰人は顔を見合わせた。
「あれ、お前飯のとき居た?」
唐突な、誰に向けられたのかわからない晴登の声に振り向くと、廊下に雪弥の姿があった。
赤城は首を傾げる。確か雪弥は、おっかさんに外泊届けを出してはいなかったか。
「(テストおわったその日に外泊なんて、どんだけはしゃいでんだって言われてた気が)」
赤城の困惑が伝わったのか、顔をあげた雪弥は皮肉めいた笑みを返した。そうしてそのまま、ふいと廊下を進んで消える。
大輔が、あーあーとため息のような声をだす。
「すいません、なんかあいつ機嫌悪そう」
「みたいだなぁ」
友人の代わりに謝る大輔に、いいよと手を振ってみせる晴登。赤城も笑いながら言った。
「雪弥の行くところはわかってるし」
彼は、自分の部屋に戻るわけでなく、葵を訪ねるのだろう。
そうしたらきっと雪弥の機嫌は直る。
「あいつマジ金魚のフンだよな、昔から」
光流が言うと、初等部からの持ち上がりである深見は深く頷き、高校からの外部組は苦笑した。
「中学んときからあんなに懐いとったの?」
「いや、むしろ初等部の後半からじゃなかったかな。オレ覚えてるもん、雪弥が休み時間とか上級生のとこ行ってたの」
「逆にさ、あんましクラスで遊んだ覚えがないんだよなぁ…」
光流は中等部からの持ち上がりだが、2回同じクラスだったにも関わらず、喋るようになったのは寮に入ってから……つまり高等部からだ。それまでは、上級生と仲が良すぎて、どうにも近づきにくい奴だなぁと思っていたのだ。
「ま、とにかく、葵がなんとかするだろ」
この話は終わり、とでも言うように、晴登が呟いたので、それもそうだなぁと皆して頷く。
台所から聞こえる、楽しげな話し声をBGMに、それぞれうつらうつらし始めるのだった。
「……うわっ、ちょっと、ここで寝たらだめですよ、みんな!」
「ほうっておきゃあ」
「おっかさんに怒られればいいんだ。……あ、主将、風邪をひきますよ」
「ふたりとも先輩を先輩と思ってないよね。ってかラファエルくん、赤城さんに対する優しさを他の皆にもわけてあげて!」